一言進言

生きものとの共存はできるか?

~知恵比べに勝とう!~
10年以上前だが、ベトナムで犬料理の店に行った。川のそばで、店の下から犬の泣き声が聞こえる。出された犬の肉に、連れの仲間たちは手を出すことができなかった。辺りは犬料理の店が軒を連ねていた。興味本位で入ったが、後味の悪い経験になった。韓国でもそうだが、犬の肉を食べる国は世界にはある。一方、ネパールでは牛が道路の真ん中を歩いている。牛肉を食べるなどもってのほかで、車の事故で牛を殺すと人間のそれと同じ罪を背負う。
今度は牛の肉を食べる人たちが、鯨には異常な愛情を注ぐ。捕鯨船を襲い、体当たりまでしてくる。動物を愛護する心情は難解だ。野犬対策で、捕獲作戦を実施しようとすると、愛護団体系の人が激しく抗議に訪れる。エサをやらないでと看板を建て、チラシをまくが、効果は限定的だ。犬好きな人はどうやっても好きだ。大人が数十人参加して捕獲作戦をしても、2日間でわずか4匹しかつかまらない。
本気に捕獲する気なら、少々お金を払っても犬取り名人に頼むしかないのではないか。保護と捕獲はニュアンスが違う。殺処分をしないと宣言して、プロの保護作戦と称して実行すれば少しは抵抗感が薄らぐかもしれない。いずれにしても、このままだと、いつか子どもが襲われる事態が起きるかもしれない。先日、飼い犬のレトリバーが乳児をかんで殺した。犬は基本、獣なのだと思い知った。
何をしても反対する人は出てくる。知恵比べだ。「しゅうニャン市」と言えば言うほど野良犬対策への苦情が増える。悩ましい現実だ。
中山間地区では猿の被害の苦情が多い。根こそぎ畑を荒らされて農業をやめた人もいる。猟友会に懸賞金を付けて猿退治を図ったが、思うようにいかない。撃ち殺された猿を、仲間の猿たちが飛んできて囲み、涙を流す仕草をするらしい。一度その光景を見ると、さらに撃つ気にはなれない、と猟友会の人は語っていた。
生き物との共存は実に難しい。熊の出没も多くなった。元はと言えば人間が作り出した光景だ。開発し、追い出した。平気で捨てていったのも人間だ。多少の代価を払っても、共存の道を探らざるを得ない。動物愛護団体の行動も過激になる一方だ。抗議の仕方も尋常ではない。被害を受ける市民の感情もある。行政は、ここが知恵の出しどころだ。猿知恵に勝つ、人間の知恵のすごさを見せつけろ。いや、今はAI(人工知能)の時代か。いっそ、AIに考えさせるか。(中島 進)

「しゅうニャン市」騒動に幕

~周囲の声が届く市長に~ 
「日刊新周南」も「日刊新しゅうニャン」に変えるか。周南市の銀南街もこれからは銀ニャン街になる?ニャンとも奇妙な市になりそうだ。
「バカ息子を持った母親」さんから学校で子どもが東西ニャン北と読んで先生に叱られた、という声が届いた。中馬教育長もしゅうニャンバッジを付けて懸命に擁護している。子どもは素直に受け入れる。学校現場で先生たちが「なぜしゅうニャン市になったの」と聞かれてちゃんと答えられるだろうか。
先の児玉神社例祭で、小川元徳山市長が「頼むから“しゅうニャン市”はやめてほしい」と怒っていた。くまモンやひこにゃんなどゆるキャラで有名になったところは多いが、くまモン市とか、ひこにゃん市にはしない。固有名詞にしても、うどん県や温泉県など具体的だ。「あくまでエイプリルフール1日だからうけたのでは」と市議会で追及する声もあった。しゅうニャン市に賛成した議員からも苦渋の選択だとの声が多かった。賛同しかねるがしょうがないと思っている。
あまり追及されなかったが、発注先は木村市長の選挙を手伝った人物だ。クリーンさが売り物の市長らしからぬ、世話になった人へ2,500万円を随意契約で丸投げで頼むのは、いかにも情けない。もう少し配慮がほしかった。市長たる者、かけらでも疑惑をもたれる行為は慎むべきだ。せっかくの善意をあだで返すようにならなければいいが。
しゅうニャン市の事業費を予算案からはずすという市議会の修正案はわずか1人の差で否決され、原案通り通った。しゅうニャン市騒動、問題はこれからだろう。木村市長は現市議のアンチ島津幸男氏派が結集して誕生した。個人的な支援組織を持っていたわけではない。近ごろは人の意見を聞かないと、事あるごとに口の端に上る。支持基盤はもろい。2期目に入り、支えてくれた人たちへの配慮はもっと慎重になるべき時期だ。
大切な仕事は、まずは職員の目を市民に向けさせることだ。次にインフラ整備だ。大きな柱を置き去りにしたら、衰退するだけだ。木村市政の5年間で徳山駅と新庁舎に約200億円を投じた。道の駅を数億円減額したと胸を張ったが、駅ビルや新庁舎、動物園で当初予定金額よりどれだけ増額になったか。数10億円も予算が膨らんだ。
合併して8年目に市長になった。これから一体感を持ってもらう大事な時期だった。合併した全国の自治体の悩みは、中心地以外の住民の疎外感だ。それには何より職員の意識を徹底的に変えることが必要だ。市民に寄り添う姿勢を、より一層高めないと不満は増幅する。子育て支援など、担当者によっては良い施策もある。見識ある周囲の声を聞ける市長を渇望する。(中島 進)

教育勅語の復活が目的か

~逃げる政治家に、隠す役人~
今の時代に教育勅語を暗唱させる幼稚園があるなど知らなかった。安倍首相夫人など多くの政治家が素晴らしい教育だと絶賛していたという。国を大切に、親を大切にする素晴らしい教育だと、注目されていたようだ。安倍首相をたたえる運動会など異様な光景だ。教育基本法から逸脱するような教育に、多くの政治家が賛同していたのも異様だ。
日教組が戦後教育悪の根源だと主張する政治家にとっては、素晴らしい教育機関と思えたのだろう。最近は戦前に回帰する発想が増えてきた。病んでいる現代社会に対して、国民が一体になって国家を支えていたと、戦争時の姿を思い浮かべているのだろうか。国家はかくあるべきと思っているのだろうか。
森友学園の問題は、単なる国有地払下げ問題ではなく、現在の思想問題の病巣を表している。稲田防衛相は、教育勅語は素晴らしいと国会で語る。少し前では考えられないことだ。それを追及する勢力はごく少数派だ。文科省は教育基本法にのっとり、公立、私立関係なく補助金を支給している。あくまで政治的中立が原則だ。
なぜ売却の過程が書かれた書類が存在しないのか、思うに、時の権力者が講演するような学校に、公務員たちは敏感に反応したのではないか。過去にあり得ない現象が起こるのは、必ず裏に何かある。新保守主義と言われる人たちが、こぞって教育勅語を読む幼稚園を賛美する現象に、危機感を覚える。
人によって歴史認識が違うのは当然だ。大戦当時の世界は混とんとし、欧米諸国の植民地政策もひどかった。しかし、日本の軍部の暴走もひどかった。教育勅語を評価するのは自由だが、現職の大臣がそれを言うのなら、もっと説明が必要だろう。教育勅語を信じて死んでいった若者たちに説明すべき事象だ。権力者はあくまで謙虚でなくてはなるまい。
森友学園の経営者の傲慢でずるい人間性が表面化する度に、応援してきた政治家たちが逃げている姿を見たら情けない。こんなテーマで国会が紛糾するのも情けない。レベルが低すぎる。公明党までが同調しているのを見ると、税金の使い方に安直な今の政治に愛想がつく。徹底的な調査をすればすむことだ。親を大切に、弱者に優しい人間を育む教育は教育勅語からなのか。目指すものがわからない。(中島 進)

しゅうニャン市で大騒動

~下松市の鉄道車両運搬大成功~  

周南市の『しゅうニャン市』騒動は収まりそうにない。これほど意見が分かれる事案は珍しい。3,000万円もの市税を投入するのだから、もっと市民の声を聞いて進めるべきではなかったか。議会に出す前にある程度反応を確かめるのが常識だ。それをもとに修正を施すなりして提出する案件だった。市長側近たちの役目はそこにある。私の周囲では圧倒的に否定的な意見が多い。一方、若い人には抵抗感が薄いようだ。
シティプロモーションと木村市長は力説する。確かにこれまでそうした事業が苦手な自治体だった。そんなことをしなくても豊かで、近郊から人が集まっていた。しかし周南市と言っても知名度は低い。新幹線の駅名は徳山駅だ。必ず昔の徳山なんですよと説明が必要だ。昨春のエイプリルフールで「しゅうニャン市」と市長が尻尾を付けて登場したら、インターネットの動画サイト、ユーチューブへのアクセスが急増、面白いと評判になった。
ノリにのった木村市長は全国にしゅうニャン市を売り込むつもりだ。品がない、軽すぎる、何を訴えるのかわからない…反対する人たちの意見はこんな感じだ。もっとするべきことがあるだろうという人もいる。
猫のように自由に歩けることをイメージしたという説明。反して、新南陽地区の経営者から「何とかしてくれ、腹が立ってしょうがない」と怒りの電話が。長田団地では大量の野良猫の被害で大変だそうだ。
先日、下松市で日立製作所が製造した英国車両が日中に一般道路で運搬された。すごい見物人で驚いた。ニュースはもちろん、見物人がSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)で大拡散。日本中に『ものづくりのまち』をアピールした。新幹線の中でもニュースで流れたそうだ。大成功したシティプロモーションだった。市の出費はわずか370万円という。
イメージを売るのは難しい。周南市は金峰の連続放火殺人事件で全国に有名になった。知られることと、伝えることは違う。周南市が誇れるものは何か。多くの市民が共有できるコンセンサスを作ろうではないか。動物園か、コンビナートを抱えた工業都市か、おいしい食べ物に満ちあふれた地域なのか。光市は海や川など自然がある。下松市はものづくりがある。じゃあ周南市は?(中島 進)

散歩中の飼い犬襲われる

~野犬対策、看板倒れにならないように~

高校生の時、旧徳山市で犬獲りのアルバイトをした。犬獲り名人のおじさんのトラックに乗って、毎日、野犬を捕獲して歩いた。おじさんが犬を見つめると、犬は逃げることもできず、カチカチに体をこわばらせていたのを思い出す。大迫田の方だったか、処分場があったが、近くになると車の後ろに収容された犬たちが一斉に、キャイーン、キャイーンと泣いた。その声に耐えられず、1週間ほどで私は音を上げた。
周南市の遠石小の子どもたちは、こども議会で木村市長に野犬対策を訴えた。野犬に遭遇して怖かった経験があるかなどアンケートの結果も発表した。市長は「看板を設置しているので待って」と答えていた。「餌をやらないでください」の看板だ。効果はどれほどかわからない。ここ最近、遠石地区や周南団地付近をはじめ市内で野犬が異常に増えている。10匹単位で動くケースもあり、大人でも恐怖感がある。
知人は犬を散歩させていて野犬とけんかになり、愛犬が大けがをしたという。警察にも言えず泣き寝入りだそうだ。餌をやらないのもいいが、殺処分よりむしろ残酷かもしれない。動物愛護団体が発言力を増す中で、野犬対策は難しい課題だ。動物好きな人には、目の前に犬がいると放ってはおけないのだろう。しかし飢えた野犬は何をするかわからない。子どもを襲う事態も考えられる。
対策は、まず野犬を捕獲、どこかに収容施設を作って、去勢した上で、寿命をまっとうするまで飼育する以外にない。餌代は、ボランティアなどにも協力してもらい、人に飼われるよう訓練し、できるだけもらってもらえるようにすることだ。犬好きが遊びに行けるようになればそれでいい。ワンワンランドを作るのだ。
犬狩りが当たり前の時代は、はるか昔になった。たちまち処分場送りは論外だろう。先日の10時間かけた市と県の捕獲作戦で捕まえられたのはわずか2匹だった。先送りすればするほど子犬が産まれ、野犬は増えて行く。ネット上では、子猫を襲う野犬の姿までアップされている。しゅうニャン市としてはほっておけない映像だろう。市民の安全・安心を守る市政のはず。野犬対策が看板倒れにならないことを切に願う。(中島 進)