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[インタビュー]この人に聞く

「基幹工場であり続ける」環境に優しいワックス一筋
 周南市大島に基幹工場を置く日本精蝋は創業以来、ワックス一筋に歩み、主力のパラフィンワックスは燃やしてもダイオキシンが発生せず、土に埋めれば分解される、環境に優しい製品で、海外でも高い評価を得ている。同社は1929年に南満州鉄道(満鉄)の子会社として設立され、30年に徳山工場が操業。戦後、GHQの管理下に置かれて閉鎖されたが、51年に現在の形で設立された。1月に就任した、旧徳山市育ちの安藤司社長に現状や今後の徳山工場のあり方などを聞いた。(聞き手・中島進新周南新聞社社長)

170509an 日本精蝋社長 安藤 司さん(57)

―徳山と縁があるそうですね。
 安藤 私はほぼ徳山の人間で、生まれは大分県ですが、徳山には小学生の時に来て、高校まで過ごしました。家も戸田に持っていまして、日本精蝋に入って30数年になるうち3分の1が徳山、3分の2が東京勤務で、単身が長く、子どもら家族は徳山にいて、私は1人で東京という期間が多かったです。
―日本精蝋といえばろうそくというイメージで、パラフィンワックスと言っても一般的には馴染みがないように思います。
 安藤 ワックス、日本語で言えばロウです。石油精製する会社では、基本的にはワックスが出てくるんですが、それを日本精蝋のように精製して販売する会社はだんだん減っていきました。需要も減ってはきましたが、日本精蝋のシェアはおのずと高くなり、現在、国内では7、8割のシェアを持っています。
―どんなところで使われるんですか。
 安藤 今はろうそくのシェアは落ちていまして、1番大きいのはゴムのタイヤです。伸びている分野だとトナー、インク、あとは口紅、クリームなど化粧品関係。またチューインガムなどの食品関係もあり、数量は少ないですが、用途的には幅広いです。
―ほかのコンビナート企業がいろいろなものを扱う中、ワックス一筋で、ずっと単品でやってこられた秘訣、要因はありますか。
 安藤 1つの商品でこれだけ長く、というのはなかなかないと思います。ワックスの需要は日本ではろうそくの需要が減って落ちていますが、世界的にはずっと伸びています。1番需要が大きいのはアメリカで、キャンドル文化のため、それだけの量が需要としてはあります。また段ボールをワックスでコーティングするなどの用途も多く、国内だけでなく海外でも苦しいながら進めてきました。ワックス以外に能力がなかったところがよかったのかもしれません。
―特化したことで世界に出られたということですね。
 安藤 今までよりも用途の構造変化も含めて変わってきつつありますし、専門性もあって、日本精蝋が海外も含め、以前より評価を受けつつあるんじゃないかと思います。
―世の中が変わる中、ワックスの世界はどう生き延び、需要を喚起できると思いますか。
 安藤 今、我々も原料の多様化を図っていますが、そういう中でお客様のニーズの変化に対応でき、ご提案できるかどうかが課題です。我々自身がワックスを市場価値のあるものとして、お客さんとの協力関係含め、よりいいものをと継続していくことが重要です。古い用途のキャンドルは世界的にはおそらくなくならないですが、例えばプレミアムがついた、いいキャンドルには日本精蝋のものを使うなど、差別化で生き残る方向性としていきたいです。
―かなり前からグローバル化を図っておられるんですね。
 安藤 輸出は早くからしています。こういうメーカーでは珍しく、直接海外とやり取りをすることに相当エネルギーを入れて取り組み、継続しています。私も国際関係の仕事に携わってきた中で、例えばアメリカ市場など、大きな枠を見ることができました。そういう意味では、日本の小さい市場だけでなく、世界のことを見やすくなっていると思います。
―海外を見てきた中で感じた日本のよさはありますか。
 安藤 海外は量が多く、アメリカには日本精蝋の製品の約半分がいっています。ただ、国内は用途の幅広さがあり、小さな数量を含めると相当いろんな用途が開拓されています。おそらく世界の中でも珍しく、日本の強さだと思います。世界レベルの仕事をしているお客さんもおり、そういうところに提供させていただくことは素晴らしいという感じもします。
―徳山工場は今、何人いるんですか。今後、投資の計画などはありますか。

徳山工場に建設中のプラント

徳山工場に建設中のプラント

 安藤 220~230人です。私が入ったころは400人いました。現在、ワックスとしては特殊品を製造するための設備を建設中です。現在、3つの工場がありますが、徳山以外は約10年前にスタートした茨城県のつくば事業所、2014年に設立したタイの工場でそれぞれ特殊品を作っていますが小さく、大きいのはすべて基幹工場の徳山です。今作っているのもつくばにある設備の約1.5倍。今後も徳山が基幹工場であり続けます。
―社長として若い人へメッセージはありますか。
 安藤 今、言っているのがchange(変化)、conviction(信念)、challenge(挑戦)の“3C”です。自分自身が変われると信念を持ってチャレンジし続ける、という意識を私自身も持っていますし、やりがいのある仕事をして、若い人にもよかったということを味わってもらえるような会社にしたいです。
―徳山出身で新社長。地元の人間としてうれしく思います。地域とともに頑張っていただけたらと思います。

【安藤 司さんプロフィール】
 大分県臼杵市生まれ。旧徳山市で戸田小、桜田中、徳山高で学んだ。高知大学人文学部卒。1982年に日本精蝋に入社し、初任地をはじめ会社生活の3分の1は徳山工場。2001年に貿易部長、04年に国際部長、07年に執行役員国際部長、10年に取締役、15年に常務となり、今年1月から現職。最近の趣味はゴルフ。東京在住。