一言進言

新駅ビルへの不安

~果たして効果は出るか~
周南市の徳山駅を周南駅と改名するとしたら10億円かかるそうだ。駅ビルから徳山が消えて、議会でも問題になった。知らない人が徳山駅に降り立ち、突然「周ニャン市」の看板が目に入ってくるから、ここは一体どこなのかと戸惑うらしい。鉄道の歴史が始まって以来、徳山駅が浸透し、全国の人々は徳山駅なら知っている。新幹線で数少ないのぞみが停車する駅だから余計だ。周南市の主たる駅が徳山駅だと喧伝するのか、徳山駅は周南市の駅だと喧伝するのか、難しいテーマだ。
大体地名と駅名はほとんどがリンクしている。違うので代表的なのが博多駅だ。福岡市と呼ぶ人もいれば、福岡市を博多と言う人も多い。著名な都市なので多くの国民は理解している。最近の悩みは外国人への説明らしい。駅名と地域の名称が違うのはさように厄介だ。
そんな混乱の中、周ニャン市が飛び出したから余計複雑になった。果たして徳山駅に着いて、ここは徳山ではなく、周南市でなく、周ニャン市なのか、と戸惑うのだ。周ニャン市騒動の中、いっそ徳山市にした方が、の声も聞く。旧新南陽地域の声に多い。若者は、周ニャン市の名称でイベントを開いたりしているが、年配諸氏には総じて不評だ。そこまでノリは良くない。
長い間、徳山駅ビルの名称で親しんだだけに、来年2月オープンの新ビルは、どう呼べば良いのだろう。ツタヤ図書館か、スタバビルか、駅前図書館か。行政が決めるとろくなことがないので、ここは一般公募するか。名称は結構大切だ。誰にもすぐわかることが肝心だ。とりあえず駅ビルとしておこう。
新駅ビルオープンで、当初はすさまじい人が訪れるだろうが、あくまで新駅ビルは人寄せパンダだ。駅ビルに人が満ちても、周南市には何のメリットもない。駅ビルから外にどれだけの人が出てくるかが勝負だ。駅ビルにこれだけ人が集まった、と行政は胸を張るだろうが、55億円かけ、毎年1億6,000万円ものお金を注ぐ施設だ。集まって当然だ。
残念だが、昔からの商店主たちに、多くの人出を迎え撃つ意欲も体力もない。ゆめタウン徳山ができた途端、土曜日の集客が激減した。若者たちがパンマルシェなど次から次へとイベントを打って、中心市街地へ人を集めるが、旧来の商店にそれを利用する姿勢はさほどない。このままだと、食べ物屋さんが少し潤うぐらいの効果しか出ない恐れが強い。
1時間200円の駐車料金を払っても行きたくなる街にするのは至難の技だ。商店主の強烈な意気込みがまずは大切だが、行政は街中にちょっとしたイベントができるスペースを確保することが最優先課題だろう。通路しか利用できないのは、どだい無茶だ。高齢化が進む旧来の商店主への働きかけも難題だ。華々しい新駅ビルのオープンセレモニーを想像すればするほど不安は増す。(中島 進)

「総理の一言で終わる」

さすがの小泉流
最近の郵便局はかなり不便になった。民営化後、企業の論理、経営の論理が優先、急激な合理化が進んだ。翌日配達もおぼつかなくなり、揚げ句にどう見てもわかりそうな配達先の郵便物も、あて先不明で帰ってくることさえある。「自民党をぶっ壊す」と言って総理大臣になった小泉純一郎氏が推し進めたのが、郵政民営化だった。反対議員には刺客まで送り込んでの強行突破で実現した。国民には、民営化でよくなった実感はないだろう。その小泉元総理が反原発を訴える講演会が周南市であった。
会場の市文化会館は超満員。もちろん反原発の思いで来た人が多かったが、あの小泉進次郎氏のお父さんで、一世を風靡した元総理を一目見たいと思った人もいただろう。最初はちょっと聞き取りにくく、年齢を感じさせたが、次第に人をひきつける魅力を全開させていった。話は具体的でわかりやすく、論理的でもあった。派閥もなく、一匹狼的な1人の政治家が、国全体を動かしたパワーの源を垣間見た。
核再処理工場も失敗、処分する手立てもないまま増え続ける核のゴミ問題。ミサイル一つで放射能の海になることまで言及。現在の原発政策の矛盾を的確に語った。原発政策を推し進めてきた自民党のトップに立っていた人物だけに、最初から反対を言う人の話と違って、説得力がある。安倍総理のおひざ元の山口県、現自民党副総裁の地元で、原発政策にここまで言い切れることに感心した。囲み取材でも、上関原発は絶対できないと断言していた。
我が国は10社足らずの電力会社が電気を独占してきた。赤字が見込まれれば電力料金を値上げすればよかった。しかし、産業界にとって高い電気はもってのほかだ。結局、原発で料金を抑える道を選んだ。結果、福島で立証されたように、一度放射能に侵されると、取り返しのつかない事態になることがわかった。広島、長崎で放射能の恐ろしさを知った日本人も、月日とともに、その恐怖は体験者だけのものになった。中学時代、同級生が白血病で亡くなった。母親がお棺にしがみつき「私が殺した!」と泣き叫んでいたことを忘れることはできない。母親は被爆者だった。
小泉元総理が言うように、北朝鮮が核を持つ恐怖より、原発にミサイルを撃ち込まれる方が現実的で、怖い。何しろ狭い国土に50基を超える原発がある。アメリカの力を借りて、すべて防げるとは到底思えない。圧力だけで屈服する北朝鮮とは思えない。小泉元総理が、総理に返り咲いたら、どうするのだろうか。拉致被害者を取り返した実績のある元総理だ。できれば北朝鮮問題への対処法を聞いてみたかった。政府は顧問としてアドバイスを受けないのだろうか。小泉元総理は言った。「総理が原発をやめると一言言えば、原発はなくなる。簡単だ」。(中島 進)

なぜ下がる投票率

~生活が大変でも選挙に参加しないのは?~
衆議院総選挙の総括をと思ったが、しようがない。小池、前原氏を悪者にした総括など意味もない。比例区では野党の合計の方が得票が多かったし、妥当な結果だった。自民、公明はしっかりした地方組織を持っている。一方、希望の党も立憲民主党もほとんど地方では組織らしい組織はない。それにも関わらず、圧倒的な票の差がなかったのは健全なのかもしれない。これでは安倍総理が思うような改憲案も通らないだろう。
やはり一番問題なのは投票率だろう。国民の2人に1人は棄権している。理由はどうあれ、自分たちの将来の命運を決める国政選挙に、どうしたことか。国民の学力は世界でもトップクラスだ。現状の満足度が高いからか。ここは与野党関係なく、真剣に投票率低下阻止に取り組むべきだ。
周南地区でも毎回投票率が下がる。20年前とは雲泥の差だ。なぜ投票に行かないのか。調べるが統計がない。事前の世論調査では70%の人が投票に行くと答えている。あきらめ、関心がない、忙しすぎる、理由はさまざまだろうが、結局は大切と思わないからだ。私の周囲ではさほどお金持ちでない人ほど関心が低い。
日本はまだまだ男性社会だ。たとえば母子家庭で子どもを大学まで行かせるのは大変だ。社会への不満は相当あるはずだ。しかし、政治に関心を示す人は知る限り少ない。上場企業で働く人と、孫請け会社で働く人との格差は膨大だ。圧倒的に後者で働く人の方が多いはずだ。それでも投票に行かないのはなぜか。大店法が改正され、地域の小売店は壊滅的になった。それでも商店主たちは不満を叫ばなかった。規制緩和で町の米屋や酒屋もことごとくなくなった。それでも自公を応援する人が多い。なぜだ。
1963~72年の国公立大学の授業料は年間1万2,000円だった。貧乏人でも奨学金を受けアルバイトをすれば大学に行けた。私を含め周囲にそうした仲間が随分いた。塾はほとんどなく、教育無償化の論議は必要なかった。それでも国に不満がいっぱいあった。国民の4人に1人が今の自公政権を支持しているが、それで圧倒的多数な政権を維持できる。感覚で申し訳ないが、投票に行かない人の多くが、十分な生活ができていない人たちではないかと感じる。
すべての人が満足できる政治は不可能だ。しかし、これだけ投票率が下がると、国家の危機だと感じざるを得ない。1億総ミーハーになったのだろうか?(中島 進)