一言進言

今年もありがとうございました

~来年の周南市の漢字は「乱」?~
今年の漢字は「北」だった。北朝鮮のミサイルの脅威や九州北部豪雨など、穏やかでない話題が主流になった。世界を見ると、トランプ米大統領を筆頭に、ヨーロッパなど各地で右傾化が進んだ。排外的な感覚が広がり、不穏な雰囲気が漂っている。日本でも、政府に反対する意見を言うと、すぐに反日のレッテルを張る人たちが横行、ネット社会も乱れている。株価の上昇と裏腹に、人間社会も、自然社会も乱れが目立つ。
ここ、周南地域ではどうだっただろうか。光市は懸案の市民病院の方向が決まり、市民の中に安ど感が漂う。下松市も、英国向け列車の昼間の市内搬送で盛り上がり、こじんまりした地方都市として平穏な空気が流れる。来年4月に迫った市議会議員選挙の無投票が現実味を帯びるほどだ。もちろん両市にも、現体制に対する批判はある。しかし、堅実さに、対抗勢力の出番は作りにくい。
周南市はちょっと違う感じだ。来年2月には新徳山駅ビルがオープン。1年後には豪華な新庁舎も完成する。いかにも華々しい感じだが、市民の中には閉塞感が漂う。そこに市民が参加した実感はない。いくばくかの会議室はできるが、市民が主役になる場面は作れなかった。お役人主導の施策が目立ち過ぎた。極め付きはしゅうニャン市騒動だ。ノリにのった木村市長が、ニコニコして3,000万円も費やしてシティープロモーションとやらを展開している。
16,000人もの署名を集め願望した小ホールは露と消え、ザ・グラマシーは宴会を廃業、市民が集う施設が中心市街地から消えた。ゆめタウン徳山、イオンタウン周南久米と次々に大型店が出店、中心市街地からは人がさらに消えて行った。加えて、しゅうニャン市で調子良く笑いを取っていた木村市長は、防災行政無線工事、新駅ビルの看板で徳山駅を外すなど、失態を繰り返し、議会で陳謝する場面が続いた。町の活性化を願って多くのボランティアがイベントを展開、街中への誘導を試みているが、その活動の中に市職員の姿が少なすぎる。
島津前市長の箱物行政を痛烈に批判して市長になった木村市長だが、大層な箱物のオープンで胸を張る姿に、あれ!と思う市民も少なくない。しゅうニャン市騒動で大きく揺れた周南市。ますます自信満々の木村市政だが、ここらでちょっと立ち止まり、市民の声に耳を傾けないと、市民との間に大きな亀裂が生じる可能性がある。市長の第一の仕事は、行政マンがやりやすい仕事をこなすのではなく、市民が何をすれば喜ぶかを第一義に考える行政マンを育てることだ。私は来年の周南市の漢字は「乱」と予想する。 (中島 進)

今のいじめ、年寄りには理解不能

~学校現場だけでは処方箋は書けない~
周南市内の高校生が昨年、櫛ケ浜駅構内で列車に飛び込んで自殺した事件が問題になっている。県教育委員会の対応が不誠実だと遺族が怒っているようだ。県教委はいじめはあったが、それが自殺の原因とは断定できないと報告した。さらに、非開示を報告書提出の条件にした。生徒が通っていた高校の保護者からも話を聞いたが、状況はわからない。この種の自殺は全国で起こっている。子どもの自殺は大きな社会問題だ。
中学生になると不登校が増える。各市教委によると周南地域では周南市が小学生15人、中学生94人。光市が小学生5人、中学生32人。下松市は13人と48人。悩める子どもたちが増えている。不登校もいじめだけが原因ではなく、いろんなきっかけ、理由がある。しかし、いじめを感じる子は少なくない。
今のお年寄りの多くは、自分の時代にはいじめもいっぱいあったが不登校や自殺を考える子どもはいなかった、と理解に苦しむ。理解不能なのだ。だから、今の子どもは軟弱なのが多い、と一言で片づける人が多い。
確かに私でもそう思う時がある。中学校時代、父親が校則を見て、全員丸坊主はおかしい、髪を切るなと、1人だけ長髪で登校していた。1,500人中ただ1人だった。先輩からは髪を引っ張られ、ハゲじゃろうがといじめられ、先生からも再三注意された。それでも学校が嫌にはならなかった。
学校での悩みを親に打ち明けるのは圧倒的に少数派だ。想像するに、どれだけ支えてくれる友人がいるかだ。私の場合も常にかたわらに友人がいた。しかし、今の時代はよくわからない。スマートフォンでやり取りをする。あの短文で気持ちを伝えることが可能だろうか。
教育委員会で結論を明確に出せと言っても、土台無理だろう。解決を求めるなら、まずは遺族と真しに向き合い、一人々々の子どもたちと話し、いじめをした側にはいけなかったことを納得させ、謝罪する気持ちにさせることだ。随分な手間暇を要する作業になるだろう。
大事なのは原因の調査だけでなく、どうしたら不登校や、自殺まで追い込まないですむのか、再発の防止だ。学校現場で何が大切か、適切な指導が必要だ。一因となったであろう教師を叱責しただけでは解決にならない。子どものいじめや自殺は、家庭の親子関係まで踏み込まないと、本当は解明できまい。
たくましい防長っ子を育てるために、学校現場での具体的な指針、家庭への啓もう活動、多種多様な子どもたちへ何を大切にさせるか。個人主義が主流の時代、権利と義務の境目など難しく際限がない。不登校や自殺に向かう子どもたちへの処方箋は学校だけでは書けない。社会全体で書くことだ。(中島 進)