一言進言

劣化した大人たち

~児玉源太郎ならどう言うか~
近ごろの政治の劣化を子どもたちはどう感じているのだろうか。大の大人たちが都合の悪いことは隠し、隠した人が出世して、ばれても悪びれる風でもない。製造業でも、流れるニュースは大人たちが深々と頭を下げ、隠していてごめんと言っている。指導する立場の偉い人たちが、自分を守るために平気でうそをつく。そんな大人たちを子どもはどう見るのだろうか。
立法府と行政府が一体になってうそを作る。教科書には、日本は三権分立の民主国家だと書いてある。あれはうそなのか。うそを教えているのか。国を守る大人たちが、集団でうそをつく。それでもいいじゃないかと、大人たちは平気な顔だ。国会議員や官僚たちが教壇に立つなら、何を子どもたちに教えるのだろうか。しっかり勉強して、立派な大人になるんだよと、言って聞かせるのだろうか。
大人たちが劣化している。立場を守るために政治家も企業人も何か欠けてきた。考えの違いはあって当然だし、対立を躊躇(ちゅうちょ)することはない。しかし、ごまかしはいけない。東大出の超エリートたちが記憶にないとうそぶく。担当したノンキャリアの職員を自殺にまで追い詰めても、知らないと言う。国を守る気概や、良い国を作りたいという思いなど、微塵(みじん)も感じられない。しかも厚労省、その前は文科省、防衛省などあらゆる省庁で不祥事が続出している。
超エリート集団と言われる官僚たちの姑息な振る舞いに貧しい心根を感じて、ある種、可哀そうになってくる。劣化した政治家たちの言動に振りまわされ、プライドもかなぐり捨てたのだろうか。劣化の代表作がカジノ法案だ。安倍総理は日本の伝統と文化を守ると宣言、教育基本法まで改正した。和食が世界遺産に認定されるなど、生活習慣を含め日本文化が世界に誇れるものと期待した。しかし、カジノで人を集めることに躍起になっている国会議員たちを見ると愕然(がくぜん)とする。国を挙げてカジノ建設に走る国家に将来像は見えない。
なぜこんな国になったのだろうか。立派な大人になぜなれない。児玉源太郎顕彰会の西崎博史さんから3月2日の日経新聞のコピーが送られてきた。「児玉源太郎に学ぶ」と題したコラム「大機小機」だ。児玉が唱えた「立憲主義の立場から~」など三つの事柄について書かれ、実に先見性と、見識の高さを的確にとらえていて素晴らしかった。
詳細は後日にするが、山県有朋らの権力の恣意(しい)的な拡張に反対し、天皇に上奏する前に閣議でのしっかりした議論をと訴えたとある。チェック機能、抑止力を持とうとした。軍部の独走を止めた児玉だからできたことだ。もし、児玉源太郎が生きて、今の国家運営を見ていたら、なんと言うだろうか。( 中島 進)