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“軍神”の心境映す

広瀬中佐の書状を山崎さんが大分の神社に寄贈へ

 明治期の海軍軍人で“軍神”と称された広瀬武夫中佐(1868―1904)が残したとされる書状が、長年保管してきた周南市四熊の山崎優さん(82)から大分県竹田市の広瀬中佐を祭る広瀬神社に寄贈されることになった。書状はその命を落とした日露戦争の旅順港閉塞作戦の際に記したものとみられ、当時の心境をうかがい知ることができる貴重な資料となっている。

書状と左から水井、山崎、岩本さん

書状と左から水井、山崎、岩本さん

 広瀬中佐は同作戦では港の入り口に沈める閉塞船、福井丸を指揮し、退船直前、杉野孫七兵曹長を探している時に戦死したエピソードで知られている。
 書状は「七生報国/一死心堅/再期成効/含笑上船」と書かれ、何度生まれ変わっても国のために尽くすという意味の「七生報国」や笑って船に上がる「含笑上船」などの言葉が記されていて成功への決意を書いたと見られる。
 見出しの部分は虫食いで文字がかすれているが、ほかに広瀬中佐が残した書も参考に調査した結果「指揮福井丸再赴旅順口閉塞」と書かれているものと推察されている。
 書状は福井丸に広瀬中佐の部下として乗船していたとみられる、四熊出身の山崎清助さんが戦地から持ち帰ったもの。清助さんは優さんの祖父の弟にあたり、同居していた優さんは「大切にしろ」と聞かされていたという。
 これまで額に入れて所蔵してきたが、高齢になって今後の保管が難しくなり、優さんから相談を受けた近所に住む水井賢二さん(72)が市文化スポーツ課や市美術博物館とも相談、境内に広瀬武夫記念館がある広瀬神社への寄贈が決まった。
 9日には優さん、水井さんと、郷土史に関心があり、書状の歴史的意義や重要性などをまとめた栗屋の岩本紀之さん(74)の3人で同神社を訪れて寄贈する予定。
 優さんは「保管がきっちりされることで、清助へのお礼となればいい」と話している。

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