一言進言

「しゅうニャン市」プロモーション水泡に帰す

~議会はうみを出し切れ~

周南市のしゅうニャン全国キャラバン隊が帰って来た。市役所前で大勢の職員などが出迎えた。全国に市を宣伝できたと胸を張った3日後、全国のメディアに周南市で官製談合、幹部職員逮捕のニュースが流れた。キャラバン隊が訪れた自治体では、逆にこのニュースに関心を持っただろう。キャラバン隊で全国を駆け巡った若手職員の落胆が心配だ。市のイメージは地に落ちた。
木村市政2期目の最終コーナーでの不祥事に、多くの市民も落胆した。多額の税金を投入しての「しゅうニャン市」プロモーションは一瞬にして水泡に帰した。しかも、逮捕された福谷産業の福谷徳三郎社長は木村市長とは、旧来じっこんであったことは、周囲はみんな知っている。後援会事務所も長く福谷産業の建物内だった。私も足しげく通った。記者会見で、市長は節度ある付き合いを強調したが、後援会の人ではなかった、の言い訳はいただけなかった。田舎ではみんな知り合いだ。「親しかったけど残念だ」でよかった。
問題は職員に対するスタンスだ。旧新南陽市役所出身の某氏が人事を牛耳っていると、多くの職員がうわさしている。重要なポストはすべてその一派が握り、まるで傀儡(かいらい)政権みたいだと評する職員もいる。国民年金の個人情報が漏れても、防災行政無線工事でずさんな設計監理があっても、集中豪雨で死者が出て対策本部を作らなくても、責任を取る体質ではない。税金の無駄遣いなど気にしない。そんな体質に思えてならない。目が市民に向かっていないと感じるのは私1人ではない。
市民からの要望、批判を真しに受け止める体質は、市長が常に職員教育に熱心かどうかにかかわる。行政マンはかくあるべきだと指針を明確にすることだ。旧新南陽市は市長が1期で変わった時期もあり、一部の職員は政治家と組むことが恒常的にあった。その泥臭さは小さな町だから黙認された。批判する新聞にも敵対的だった。その職員たちは今でも日刊新周南を敵と思っている節がある。
それにしても兼重元市議会議員などは、この場面でも行政を擁護するような発言をしている。木村市政を支える最先鋒だから仕方ないが、身内が市の関係機関にいるからなのでは、と、うがった見方をする市民がいることを忘れないことだ。これからは市議会がしっかり原因究明に乗り出し、市政のうみを出し切ることが肝要だ。まじめに、懸命に仕事している大多数の職員のためにも、血税を払っている市民のためにもだ。(中島 進)

交流人口を増やせ!

~好立地を無駄にするな~

かつては県内最高値をつけていた周南市の徳山中心市街地だったが、下関に大きく差をつけられている。商店街の衰退と、地価の下落は平行線上にある。近鉄松下百貨店が閉店して加速した。そんな中、みなみ銀座の駅寄りの地帯の再開発計画が進行している。周南市も15億円支援することになった。
主な施設はマンション、ホテルとコンベンションホール、商業施設、それに徳山商工会議所だ。商業施設部分などは土地を買い上げて建設するという。そのために買い上げ用の会社も設立した。2,700坪(約8,926平方メートル)の商業施設だが、土地代を30数億円見込んでいる。家賃は坪あたり1万円を想定している。
注目すべきは、今、中心市街地に必要なものは何かだ。商業施設もさることながら、最も渇望されるのはコンベンションホールだ。ザ・グラマシーがなくなったことで駅から徒歩圏内で400人以上規模のホールがなく、さまざまな大会や会合ができなくなった。
一方、山口市の新山口駅隣には千人以上収容可能なコンベンションホールが建設される。全国大会クラスでも誘致できる。ザ・グラマシーがあるころは、会合の帰りに歩いて行ける範囲に、多くの飲食店があって、域外の人たちも徳山での飲食を楽しめた。飲食店もその恩恵で少しは潤った。
全国の地方都市が交流人口を増やそうと躍起だ。在来線と新幹線とが合体した徳山駅は羨望の的だ。しかし、駅周辺ではホテル・サンルート徳山しか集まるところがない。周南市が交流人口を増やそうと本気で思うなら、街中にコンベンションホールを作ることが絶対条件だろう。
駅ビルを図書館にした今、足りないものは何か、もっと議論すべきだ。小ホール建設も木村市長が市長選の際、確約したが、一向に進まない。全体の青写真ができていないから、思い付きの行政に見える。駅ビルなり、新庁舎に小ホールを併設するのはできたはずだが、目もくれなかった。
全国の地方都市がシティーホテルの誘致を考えている。実現は実に困難で、可能性は低い。行政が箱モノを作り、運営だけを依頼する方式以外無理だ。専門のコンサルタントに来てもらって勉強したが、市民館跡地に建ててくれるなら可能性があるとのことだった。スターバックスにしても駅ビルという箱ものを作ったから出店した。
シーモール下関の社長に会う機会があったが、H&Mに出店してもらうために家賃をタダにしたそうだ。地方の市街地に投資する会社は皆無に近い。再開発は、自治体が腹を据えて、決死の覚悟がないとうまくいかないかもしれない。(中島 進)

「しゅうニャン市」を徳山市に?

~キャンペーンに怒りの声~

木村市長が3選を目指す。確か、最初の選挙時、2期しかしないと言っていたが、やり残したことがあるらしい。シティープロモーション事業の「しゅうニャン市」キャンペーンは随分論議を呼んだ。市議会の議決もわずか1票の差でかろうじて可決した。賛成した議員も積極的に支持する声は少なかった。小川亮元徳山市長も「止めていただきたい」と訴えていた。
民間人たちが面白がって楽しむには良いが、行政が多額の税金を投入して、人件費も含むと1億円をはるかに超える経費をかけている。これだけ市民の意見が割れた施策はない。新南陽地区の人の中には「これなら徳山市に戻したほうが良い」と熱く語る人も多くなった。
大阪の逃亡犯が道の駅「ソレーネ周南」で捕まって、全国的に話題になった。「周南市」の名前が飛び交った。格好の宣伝になった。ビートたけしの番組で、安住アナウンサーと「周南市ってどこ?」「宇部と広島の中間ぐらい?」「確か徳山ってとこじゃない」。これが一般的な認識なんだろう。
のぞみが止まる駅として、徳山の認知度は高い。工業関係者には、トクヤマ、出光興産徳山製油所などで、徳山の地名は知らない人はいないぐらいだ。特に、徳山曹達からトクヤマと市名そのものを社名にしたことは大きかった。
新南陽地区は戦時中、一時徳山市だった。戦後、福川町、富田町として独立したが、その後、南陽町となり、新南陽市となった。新南陽地区の人は、戦前戦後を通じて何度も町名、市名が変わり、遂には徳山市との合併で周南市になった。それを「しゅうニャン市」とだじゃれ的に遊んだから、勘弁してくれと言う人が多い。新南陽駅は旧来、周防富田駅だった。駅名と市名はなるべく一致したほうが良い。わかりやすい。
「しゅうニャン市キャラバン隊」まで登場。市職員を全国に回らせている。周南市の何を売り込むのか議論もない。木村市長の力の入れようはすさまじい。一方で、ホテル、ザ・グラマシーがなくなり、街中で県内外から人を集めようにも場所がなくなった。何もしないより「しゅうニャン市」キャンペーンでもしたほうがいい、というのが賛成者の一般的な意見だ。
さて、市議会議員の皆さんはどうしたいのだろうか。そろそろ徳山市にしてすっきりしようという論議が起こってもおかしくない。新幹線駅を街中に作った苦労は、並大抵ではなかった。(中島 進)