一言進言

平成を駆け抜けた「日刊新周南」

~市民目線を貫く~
4月1日に新元号の「令和」が発表された。4月1日は新年度の始まりでもある。そして「日刊新周南」創刊記念日でもある。34年前のこの日、「日刊新周南」第1号が世に出た。「徳山公論」が生まれ変わり、周南地区4市2町をエリアにしたローカル紙としてスタートした。昭和60年だった。それから4年足らずで平成になった。
「日刊新周南」は創刊以来、ほとんどを平成の時代を生き抜いてきた。バブルがはじけ、多くのスポンサー、読者が目の前から姿を消した。徳山の商店街も「徳山公論」時代からの読者が次々と閉店、見事に力を失って行った。何とか立ち直ったかと思えば、今度はリーマンショックで、建設業など多くの会社が姿を消した。経済的に激動の平成だった。
自然も猛威をふるった。平成3年の台風19号はここ周南地区でも大きな被害をもたらした。1週間も続く停電で、わが社も新聞発行が危機的状況になった。電気が通った親しい印刷会社にパソコンを持ち込み、印刷も依頼、一日も発刊を止めることなく乗り切った。その後は阪神大震災、そして東北大震災、日本列島で多くの災害が頻発した。まさに大災害の平成時代だった。
毎日の紙面には多くの市民が登場している。花いっぱい運動で地道にコツコツと活動している人。清掃活動に汗を流す市民。ビジネスで頑張る地元経営者の人々。スポーツで地域を支える人たち。文化で地域を明るくしている人たち。紙面に登場してもらうことで、少しでもその労に報えたらと取材を続けてきた。市の広報かと言われるぐらい行政情報も載せてきた。結果、読者や、スポンサーからの温かい支援を受けている。
行政や政治家には厳しいと言われる。当然だ。私たちは常に一生懸命働いて税金を納めている人たちの視点で考える。一円たりとも無駄に使ってほしくないからだ。どんな不祥事があっても行政を擁護するような政治家はいらない。失敗があっても責任を感じていない行政マンはいらない。権力を持った人たちは、常に謙虚であって欲しい。市民には投票する権利しかない。
1947年から73年間地方紙を発行している。何度も息切れしそうだったが、なんとか続いている。権力に媚びらず、一貫して市民目線で新聞を作ってきたつもりだ。4月1日を迎えるたびに、新たな気持ちになれる。「令和」の時代も生き抜いていけるか。時代はこんな「日刊新周南」を求めているか。(中島