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北朝鮮帰国の記念樹を移植

[金曜記者レポート]
周南市庁舎建て替えで
60年前の「思い」を長く

 60年前の1959年、北朝鮮に帰国した在日朝鮮人が現在の周南市役所の駐車場の植え込みに植えた記念樹のヒマラヤスギと記念碑が、本庁舎の建て替えに伴って県道下松新南陽線沿いの植え込みに移された。ヒマラヤスギの樹齢は100から150年とされるだけに、記念樹と記念碑に託した帰国者の思いはさらに長く伝えられそうだ。(山上達也)

移植したヒマラヤスギ(右)と移設した記念碑

移植したヒマラヤスギ(右)と移設した記念碑

・祖国帰還者の思い込めて
 在日朝鮮人の祖国帰還者は59年12月に新潟市の新潟港を北朝鮮船で出港した976人が最初で、84年までに9万3,340人が祖国の北朝鮮に帰った。
 当時の徳山市や都濃郡南陽町、下松市、光市にも戦前の徳山海軍燃料廠や向道ダム建設工事で働いた人たちを中心に朝鮮半島の出身者が多く暮らしていたとされ、北朝鮮への帰還運動に呼応して多くの人が帰国した。
 その際、記念樹で植えたのがヒマラヤスギで、54年に建設した徳山市役所の駐車場の南端の植え込みに植えられた。根元に据えられた御影石製の記念碑の表には「朝日友好/親善万才」▽裏には「朝鮮民主主義人民共和国/帰国記念樹/1959・11・30/徳山在住朝鮮人帰国者一同」と彫られている。
 記念樹や記念碑は帰国者が貸金を出し合って建立したとされ、植樹式には当時の黒神直久市長も立ち会ったと伝えられている。

・動物園に仮植えして移植
 それから57年後の2017年、市役所本庁舎の建て替えで記念樹と記念碑の位置が会議室などが入る“シビックプラットホーム”と重なることがわかって、別の場所に移されることになった。
 記念樹は直径約40センチ、高さ約10メートルに大きく育っていたため、市は高さをトラックで運搬可能な5メートルていどに切り、徳山動物園に運んで仮植。新庁舎の駐車場の整備が終わった今年4月、かつて植えてあった場所から西へ約10メートル離れた植え込みに植え直した。根づきは大変よく、強い生命力を感じさせるという。

・同胞に「たくましく生きろ」のエール
 帰国者のその後の安否は不明なケースが多く、北朝鮮の食糧事情や経済状態の悪化もあって、60年後の今も存命している人は少ないと見られる。
 市内在住の在日朝鮮人6世の男性は「私たちの先祖は戦後、差別と偏見を浴びて大変な苦労をしながら生活の基盤を築いたと聞いている。記念樹や記念碑は自分たちの帰国の記念と同時に、日本に残る同胞に“たくましく生きろ”というエールでもあったと思う。そのシンボルである記念樹や記念碑を市が大切にして下さることは、とてもうれしい」と喜んでいる。

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