一言進言

つながりが切れる家族葬

~世代間の分断は解消できるか~

長生きすることは、別れの数が増えることだ。年齢を重ねるたびに、葬式に出る回数が増えてくる。多くの同級生も失った。若いころ一緒に遊んだ友の訃報は何とも言い難い。自分より年下の人の不幸は耐えられない。葬式に出るのがつらい、と電話があった。その心情が痛いほどわかる歳になった。
最近は家族葬が増えて、知らないままで送ることもままある。新聞に掲載することを嫌がる人も多くなった。親しかった人の葬儀を後から聞くのは、いかにも残念だ。なぜこんな風潮になったのだろうか。
さまざまな事情もあるのだろうが、遺族が、その後のつながりを拒否している。つながりたくないのだ。かくして人間関係は希薄になるばかりだ。昔から冠婚葬祭は、周囲とのつながりを保つ儀式でもあった。結婚も家族だけ、葬式も家族だけ。親がどんな人たちと親しかったか知る由もない。
唐津市のケーブルテレビは、市内のお悔やみ情報を毎日放映し、市民から喜ばれていると聞いた。シティーケーブル周南のメンバーと唐津市に、その実情を調べに行ったことがある。たまには放映拒否もあるが、大半は放映に好意的だという。同市も核家族化が進み、多くの若者が都会に出ているのは一緒だ。なぜここ、周南地区は身内がなくなったことを知られるのが嫌なのか。
以前、ある葬祭場に訃報の情報の相談に行ったことがあったが、警察からお悔やみ情報を出さないでくれと依頼されたそうだ。最近は葬祭場で見送るので、家が空き家状態になって、空き巣に狙われやすいから、が理由だった。隣近所との付き合いが希薄になった証拠だ。北海道新聞は道内のお悔やみ情報を何ページにもわたって伝えている。
故人のさまざまな人間関係を、遺族は知る由もない。家族葬が盛んな今日、考えさせられるテーマだ。人と人とのつながりを大切にする社会はどうしたら構築できるか。
徳山に帰った時、実に多くの先輩諸氏に助けられた。確かに多くの苦言も聞いてきたが、それが糧になり、今日まで日刊新周南が継続できた。最近、苦言を言う年寄りは徹底的に避けられ、地域の中でも阻害されているのではないか。世代間の分断の一つが家族葬に表れていると思えてならない。(中島 進)

公務員が避難誘導の先頭に

~災害には逃げるが勝ち~

災いは忘れたころにやってくると言うが、ここ最近は記憶に新しいうちに次々とやって来るようになった。それも尋常ではない規模で、経験上初めてのすごさだ。北海道の地震がこれで最後ではない。きっとまだまだ各地で起こるだろう。豪雨、地震、この繰り返しだ。
人間の尊大な振る舞いに地球が怒っているようだ。金もうけが一番で、倫理観や道徳観、社会的使命を一切語らない政治家や高級官僚が跋扈(ばっこ)する時代。経済の上昇がすべてを帳消しにしてきた。それが災害の原因とは言えないが、山村から若者が都市部に流出、超高齢化の山村でお年寄りが災害にあっている。若者が近くにいないから、手を引いて助ける人がいない。
人間が自然に勝とうというのは傲慢だ。ひたすらうまく逃げる方法を考えるしかない。今回の西日本豪雨災害でもそうだったが、防災無線も広報車もほとんど聞こえなかった。なくてはならないものだが、効果を検証すべき課題だ。
避難勧告に従った人はどれだけいたか。高齢者は特に家を離れたがらない。役所は広報したから責任はもうないと思っている。地方は先述したように若者がいない。いったい誰が避難誘導するのか。地域コミュニティーが崩壊してきたこれからは、行政が主導して連絡網、誘導を決めていかないと被害は食い止められないだろう。
光市では、逃げ遅れて孤立した母子を、巡回していた市職員が危険な中、助けに向かったという。これからは、地域ごとに市職員の担当者を決め、避難誘導などの先頭に立つ必要があるだろう。災害ボランティアの受け入れは各市社会福祉協議会が担っている。その頑張りようには頭が下がる。
周南市は避難勧告を出すべき地域に出しそこねた。これからの対策に期待するが、職員教育に力を入れる雰囲気が少なすぎる。もっと地域に近づく姿勢を強調すべきだ。地域を歩かせることだ。知ることだ。私の知る市役所OBは、山間部でもすべての道を歩いて知っている。「公務員だから当然だ」と語っている。(中島 進)

悲しい!

スーパーたから2店舗閉鎖
~がんばれ地元店!~

■30年前には、町にはそこそこに小さなスーパーマーケットや米屋、酒屋などが点在していた。遠足ともなると近くの駄菓子屋に走っていた。1軒、また1軒と姿を消して、とうとうほとんどがなくなってしまった。どこも顔見知りで、買い物のたびに少しばかりでも会話があった。随分、昔のことのようだが、そんなに年月は過ぎていない。
■地場のスーパー、マミーがイオングループのマックスバリュと合併したころから、加速度的に町の店の閉店が始まった。郊外型の大型店が続々と出店、まもなく町中はコンビニエンスストアの出店が一気に進んだ。かくして現在のような、全国一律、金太郎のような町になった。周南市の近鉄松下百貨店の閉店は、多くの市民が嘆き悲しんだが、あとの祭りだった。
■9月末で周南市の地場のスーパー、たからが周陽店と梅園店を閉店する。やれやれ、これで私が知る限りは、市内ではたから河東店と、スーパー銀南、東ソー生協、スーパー周南などだけになった。梅園店は弁当が格別安く、おいしいのでよく買っていた。スーパー周南の弁当、総菜はこれも美味で安い。誰にでもお勧めできる逸品ぞろいだ。東ソー生協も総菜は大人気だ。
■消費者は残酷で、なくなると聞くと「まあ!不便になる!」と口にする。普段は品ぞろえ豊富な大型店にしか行かないくせにだ。大げさに言えば、資本主義社会の必然だろう。消費者の多くが、安くて品ぞろえが豊富な大型店に走るのもやむ得まい。駐車場も広く、止めやすい。
■だが、しかしだ。そのうち皆、車にも乗れなくなり、歩いて行けるスーパーがなくなる不便さを痛いほど感じるようになる。コンビニで買い物するお年寄りが増えた。近くに店がなくなったせいだ。昔からの団地の多くが独居老人団地になってきた。町中の過疎化も進んでいる。
■ここは地元スーパーを存続する会でも立ち上げたい心境だが、音頭を取るのはやはり市会議員の皆さんだろう。行政では無理だし。地域を愛する心をもっと高めるためにも、残り少ない地元の店を守るのも大切な活動だ。給食の食材などは、随意契約でいいから地元の店を優先しても、文句言わないことだ。魚も新鮮で、総菜も弁当も格別なスーパー周南が残りますように。(中島 

不備続出の新庁舎完成

~役所は最高のサービス業か~

新規オープンの店は、開店前にプレオープンなどでリハーサルをする。通路は大丈夫か、水回りは支障がないか、椅子の配置はどうか。チェックは厳しい。もちろん人の動きも重要だ。業者も立ち合いで、不具合はすぐに改善してもらう。サービス業の基本だ。さあ、周南市新庁舎がいよいよ全面的にオープンする。いや、した。
本紙で指摘したが、まさかの準備不足が続出だ。いったい、日建設計はどうしているのか。請け負った五洋建設は何を見ていたのか。とりわけ新庁舎建設の担当者はどんな取り組みをしていたのか。
たとえば北側の入り口。真っ黒な板があるだけでわかりにくく、目の前の高齢者は右往左往していた。表示が全くない。書類の文字が読めないとか、電光掲示板が見えにくいというのも多く聞いた。
市民課に聞くと、その都度改善していますと言う。市民課の責任ではない。新庁舎を万全の形でオープンさせるのは新庁舎建設担当者だ。建物が建ったら、はい、どうぞではない。照明の仕組みすら説明せずにオープンさせるのは論外だ。
新庁舎完成に向け、全庁あげてチームを作り、利用する市民に不便をかけないかどうか検証すべきだった。市民課だけでも多くの問題が見つかった。ほかの部署ではどうだろうか。
イタリア製家具に固執する姿勢に、点検もせずオープンする役所の姿勢が重なっていく。誰が主役か明らかになっていく。木村市長はことあるごとに新庁舎完成を語るが、一度でも不便を感じた市民には不快感しか残らない。きれいになって誇らしいが、市民は市役所がそれ以上に市民に寄り添ってほしいと願っている。
昔、どこかの市長が「役所は最高のサービス業でなくてはならない」と語っていた。光市にしても、下松市にしても、幹部が若い職員に、同じように語るようになった時、この地域はさらに住みよい地域になるだろう。(中島 進)

ミーハーになった国会議員

カジノ、議員増で国が変わる?

西日本豪雨で中国地方は大打撃を受けたが、そのさなか、国会では参議院の定数を6人増やし、カジノ法案を強引に成立させた。人口減少で地方の将来は暗雲漂う中、参議院議員を増やす。地方議員のなり手も激減しているが、国会議員だけは増やす。こんな感覚の議員をいくら増やしても、地方が救われるとは思えない。感性が鈍くなっているとは思っていたが、ひどすぎる。増やせば地方創生の妙案でも浮かんでくるのだろうか。
カジノ法案に至っては、我が国をどんな国にしたいのか、全くわからなくなった。ラスベガスはじめ世界中にカジノがある。製紙会社の御曹司がカジノにはまって50億円負けたニュースは、そんなに古い話ではない。品がないにもほどがある。カジノで世界中から観光客を呼び込むそうだ。雇用を増やすとも言う。これ以上、人手不足を増やすと言う。和食が世界遺産に認定され、さすが日本と胸を張ったのもつかの間で、世界どこにでもある国になった。
今年は明治維新150年。欧米の圧力に屈することなく、植民地にならず独立国家を樹立した維新の志士たちが聞いたらどう思うだろうか。日本独自の精神と美学が今、世界で受け入れられている。和食が認められたのもその一つだ。日本酒がアメリカはじめ世界中で売れている。日本食レストランが急激に増えているからだ。
1億総ミーハーになったといつも書いているが、国会議員までがみんなミーハーになった。公明党までがミーハーになった。カジノ、カジノと浮かれている国会議員を子どもたちは尊敬できるだろうか。都合で定数を増やす国会議員を見て、立派と思うのだろうか。
残念ながら法案は成立した。過去そうであったように、数年後には国民の大多数は忘れてしまう。昔からあったかのように、当たり前になる。直接、生活に関係しないから特にそうだ。悪法も一度できるとそれが正義だ。たとえ政権が変わっても、動き出してしまったら廃案なんかできもしない。
こんな小さなローカル紙が嘆いても、大勢に影響はないが、それでも腹が収まらない。今大切なのは少子化対策だ、一票の格差ではない。議員の数を増やす理由はどこにもない。観光客を増やす目的はお金だけではない。日本の素晴らしさを知ってもらい、日本人の精神を世界に発信する機会を増やすためだ。美しい国・日本を作ると言ったのは、一体誰だったのか。カジノはその象徴なのか。(中島 進)

熊毛地区は光地区消防の管轄!

~周南市の対応に不備はなかったか~

世界中で天候異変が起こっている。そんな中、西日本豪雨が発生した。集中豪雨が頻繁に起こっていたが、広範囲な豪雨まで経験した。海水温度が上がって水蒸気が大気にたまり、一気に地上を襲うようになった。温暖化は確実に進み、これからは、観測史上初めての数値を、もっともっと経験するだろう。地方自治体にとっては、危機管理、防災対策は重要な課題になっている。
光市は特に被害も大きく、被災者にはかける言葉もない。ボランティアに行った人も多かったが、気の遠くなるような作業が続けられた。周南市も熊毛地区で1人が亡くなったが、田んぼなどが砂に埋まっている光景は胸が痛い。土砂を取り除く作業も、この暑さでは、体がぼろぼろになるだろう。
下松は笠戸島で土砂崩れで道路が寸断され、船での移動を強いられた。周南3市の床下、床上浸水は合計約510棟。後片付けは困難を極めている。それでも、広島、岡山に比べると被害は小さかった。被災地が元の生活に戻るのはほど遠い。ごみ処理だけでも終わりは見えない。光市では、旧さつき幼稚園の駐車場などがゴミの集積場になったが、すぐに満杯になったそうだ。
後処理が最優先だが、重要なのは、今回の災害対応の点検作業だ。不備はなかったか、万全な体制が取れたのか、検証が必要だ。特に災害対策本部を設置しなかった周南市は、細かい検証作業を要求されるだろう。死亡者まで出たのに、本部が設置されなかった理由を説明すべきだ。
島津前市長時代、広域消防提携が進んでいたが、木村市政になってご破算にした。熊毛地区は光市、周南市と田布施町で作る一部事務組合の光地区消防組合の管轄のままで、周南市との連絡体制に不備はなかったのか。災害対策本部もない周南市は光市や、下松市への応援はどうだったか。周南市が全職員を動員して、応援体制をしいてもよかったのではないか。周南市職員の相当数は下松市や光市在住だ。部長級の幹部も住んでいる。
周南市が、一体どれだけのことが出来たか。県の対応に合わせたと釈明でもしたら、周南市職員の感性は最悪だ。懸命に頑張った部署もある。議会も今回の災害を徹底的に検証すべきだ。市民の生活を守るのは公務員の最も大切な仕事だ。足りなかったところを謙虚に反省しよう。木村市長のリーダーシップが問われる。周ニャン市キャンペーン以上に。(中島 進)

お願いします木村市長様

~新庁舎完成を変換のチャンスに~

周南市の新庁舎が完成し、きょうから一部で業務も始まった。豪華な庁舎に市民も驚くだろう。何よりそこで働く職員たちも気持ちが高揚するだろう。新しいものはいいもんだ。最後の最後に、落札者が決まらないイタリア製家具でみそをつけたが、それだけこだわった建物のようだ。設計者は賞を狙っていると聞いた。総事業費も破格で、110億円を超す勢いだ。周南市民にとって、遜(そん)色ない建造物だ。
光市も庁舎を建て替える予定だ。こちらは今のところ概算で35億円のようだ。金額をあれこれ言うつもりはない。豪華だからいけないとも思わない。周南市は山口県の玄関口の一つだ。胸を張れる建造物でいい。問題は別だ。地方自治体の評価は庁舎の豪華さでは決して決まらない。みうらの元社長で相談役の三浦義孝さんが以前、社内報で書いたコラムは秀逸だった。静岡県の掛川市を訪れた時の体験談だ。
街の食堂で食事をしている掛川市民に聞いた。「掛川で誇れるものは何ですか?」。すると、何人もの人が「うちの市長ですよ」と答えたという。掛川城の復元で募金を始めようという時、市長が先頭に立ち、まず、市職員がこぞって募金を始めたそうだ。市長の目線の持ち方がわかるいい話だ。周南市野球場の改修の際、スポ少の子どもたちも含めて、多くの市民が募金を集めた。その後、ようやく市は改修へ重い腰を上げた。
全国で地震が多発している。防災拠点として、耐震がしっかりしている庁舎は必要だ。しかし、庁舎はそれだけではない。建て替えは市民サービスを大きく転換するチャンスだ。たらいまわし行政を撤廃し、職員の意識改革を起こす大きなチャンスだ。例えば夫を亡くした子どもを抱えた女性が、子ども手当の相談に来たらどうするか。国保の減免措置など、さまざまな制度の活用方法をどこで教えてくれるだろうか。住まいの問題も大きなテーマだ。
私の知る限り、今の周南市では、市営住宅は住宅課へ、国保は担当課へ、ほとんどは自分で探して訪ね歩くしかない。制度も知人に聞くしかない。障害者もそうだ。どんな制度があるか、自分で探すしかないのが現実だ。行政側から教えてくれるシステムはない。新庁舎建設を機会に、制度も含め、市役所内部を大きく変える機会へと変換したらどうだろうか。木村市長の腕の見せどころだ。
昔、どこかの市が「すぐやる課」というセクションを作って評判になった。櫛ケ浜駅のトイレの水洗化など、すぐに取り掛かれるようになるかもしれない。市民が本当に望んでいるのは、困った時に助けてくれる役所だ。お願いします、木村市長様。(中島 進)

18歳で国家体制を決める役割

~制服姿の成人式はどうなる?~

若者に限ったわけではないが、政治に関心を持たない人が増えた。先日の防府市長選挙も投票率46・68%と低調だった。市を二分する市長選でこの低さはどうだろうか。直接生活に直結する地方自治体の選挙とは思えない。年代別の投票数はわからないが、18歳から20歳までの若者たちは、おそらくもっと低かっただろう。
18歳からを成人とする民法改正案が今国会に提案され、衆議院で可決された。成立すれば2022年4月1日の施行という。各地の成人式も開催が問題になっている。受験生が対象に入り、式典どころではない。そもそもなぜ18歳を成人扱いにしたのか。選挙権だけでなく、ローンの契約など、多くの権利も与えることになる。高校生たちが権利を求めたわけではない。
高校では政治活動は禁止されている。なのに選挙権は与えると言う。学生運動が盛んな時、反戦高校生たちがヘルメットをかぶってデモをしていた。退学になる高校生がいた。学外でのデモ参加などは自由になるのだろうか。成人の定義を少々変えるのだろうか。稚拙な法律制定としか思えない。考え方が固まっていない。
酒やタバコはだめだ。18歳から働く若者は多い。社会人として納税もしているのに、会社の宴会に参加してもお酒はだめだ。成人式では「大人として責任を持てる人間として生きていきます」と宣言する。大人として、罪を犯しても平等に扱われる。容疑者として名前も公表される。
万引きしても、大人は名前が記事に出る。高校生で万引きして世間に公表されたら、その後の人生にどう影響するのだろうか。少年法という枠の中で守られていた犯罪の扱いも難しくなる。国家の体制を決める権利を与えるなら、義務も大人と同様に扱うべきなのか。ほとんどの子どもが高校に行く時代で、整理がつかないまま法案が通る。
一方で、大人の自覚のない人も目立っている。平気でうそを言い、公文書を勝手に書き換える人もいる。学生に犯罪もどきのことをさせる大人もいる。18歳に大人の自覚をと語ることのできる大人はどれだけいるのだろうか。高校の制服を着た若者が、これからは成人式で、成人の誓いを述べるのだろうか。彼ら、彼女らに大人の自覚を持ちなさいと言える社会を目指すのが、今の大人たちの義務だ。まずは義務を果たす努力をしよう。(中島 進)

欧米化進む大企業

~地域との関係希薄にならないか~

グローバル化の波は地方にも押し寄せ、いろんな面で体験するようになった。郊外に大手資本の店が乱立、小売業への影響はすさまじく、街中から店は消え、地域の商業地図は大きく塗り替えられた。電気店、ドラッグストアなど大手資本の進出で、地元店の多くは傘下に入ったり、買収や廃業を余儀なくされた。
大企業も大きく様変わりしてきた。創業200年を超す武田薬品工業の社長はフランス人。最近は外国の製薬会社買収で7兆円という話題で盛り上がっている。株価は6千円台から4千円台へと急落した。それより、光工場と地域との関係などは二の次という感じが強くなった。グローバル企業に光市の存在など目に入らないだろう。もはや日本の会社ではない。
日新製鋼は新日鉄住金の子会社となり、徳山鉄板からの歴史に終わりを告げようとしている。出光興産も上場の末、昭和シェルとの合併話で注目され、グローバルな会社に変身を遂げようとしている。外国資本に対抗した民族資本としての立場も消滅しようとしている。徳山が製油所発祥の地というのは死語になるかもしれない。東洋鋼鈑は来年4月、東洋製罐の完全子会社になる。
会社の歴史が消えることにちゅうちょしなくなった。世界経済の流れではあるが、社風も大きく変化する。出光の家族主義は日本的な伝統を残す貴重な存在だった。あれだけの会社で労働組合もないのは珍しかったが、今後は変わるかもしれない。多くの会社が欧米の合理主義に走りだした。中国資本の攻勢もすさまじい。いったい企業理念はどこに向かうのか。
何より心配なのが、地域とのつながりだ。歴史を捨て去るのと並行して、地域との関係が希薄にならないか、いや、すでに希薄になりつつあるのが気掛かりだ。どの企業も地域社会への貢献を大きく掲げていたが、世界に目を向けている企業に、地域社会の動向は取るに足らない事象として受け止められていないか心配だ。一部の企業は寄付金などの減額が始まっている。
企業からの市議会議員も激減してきた。地方政治への関心もグローバル化が理由かはわからないが、大きく減少してきた感じもする。投票率の低下に関係しているかも知れない。
企業城下町として発展してきた周南地区で、企業のグローバル化は確実に変化をもたらしている。各自治体も地場企業の育成にもっと力を入れないと、一気に空洞化が進む危険を抱えるかもしれない。難題だ。(中島 進)

高校がなくなる!

~無関心な自治体、政治家~

周南でも各市で市立幼稚園の統廃合が進むなど少子化の波は止まることを知らない。一昨年、県は高校の再配備計画を発表、高校関係者に衝撃が走った。対象になった12校のうち周南地域は熊毛北、華陵、南陽工、そしてすでに地元での説明会も終えた光丘の4校。分校も募集停止の対象に入っている。徳山の徳山北分校と鹿野分校だ。
中山間地区の小中学校はすでに統廃合され、人口減少は加速度を増した。それでも若者定住をと自治体は躍起になって移住者を募る。農業者は特に手厚く支援し、移住促進を図っている。学校はなくして、子育て世代を募る。数人の子どものために学校は運営できないと言うのなら、若者に移住を勧めるのはやめた方がいい。
親にとってその地域に子どもを行かせたい学校があるかどうかは大きな問題だ。通学圏内に選択肢が多いところを生活の根城にしたいと思うのは自然だ。高校は子どもの将来に関わる重要なポイントだ。進学か、就職かの別れ道でもある。
今回の高校統廃合が示されて一番驚いたのは、大人たちの無関心さだ。特に行政、政治家の無反応にはあきれてしまった。2年前、周南3市の市長の座談会で、市川光市長が地域として取り組もうと呼びかけたが、その後全く動きはない。県の仕事だが、対象は地域の子どもたちの将来だ。市議会も何ら反応がない。県議会議員も動かない。一体どういうことだろうか。
今年から全国的に高校生がどんと減少していく。いわゆる18年問題だ。いかに若者たちを地元に残していくか、今までとは違った取り組みをすべき時だ。高校の数も合理的に考えると減らすべきだろう。一方、高校教育の有り様を考え直すチャンスでもある。地域には、今後、深刻な人手不足が待っている。解消に向けて、高校の統廃合は最大のチャンスだ。どんな教育を求められているか、地域のニーズに合ったきめ細かさが必要だ。医療、福祉関係は、サービス業関連ではどうか。いくらでもニーズはある。
県は総花的な施策しかできない。各地域の自治体が、もっと細かい要望を出し、それを各地域の県議がつないでいくことが肝要だ。市議会も県の事業だからと敬遠せず、もっと論議して要望をまとめる作業が必要だ。今からでも遅くない。高校統廃合を機に、新しい、地域にあった高校教育とはどんなものか、知恵を出し合おう。これからの地域を担う若者たちのために。(中島 進)