2024年04月15日(月)

コラム・エッセイ

№28 「はなぐり」…牛や馬も、袖も帯も襷も、里や寸や貫も尺も…失いそうな言葉にこだわりたいと思うが

独善・独言

 都会育ちの妻が笠戸島のはなぐり海水浴場を走りながら「はなぐり」とはどんな意味かと聞いてきた。さらに、花と栗と書くのかと問われて答える気力を失った。

 我々が育った昭和40年頃までは、多くの農家が農耕牛を飼っていた。牛小屋があった。はなぐりを知らない田舎人はいなかったが、GHQ革命以降の変転は、はなぐりを死語に追いやってしまった。

 我々は有史以来の伝統であった日本人の生き様、作法→生活様式を戦後の大変革で捨ててきた。なかでも大きく失ったもの…農耕、和装、尺貫法の3つが代表的なものではないか、そして、当然の帰結として関連する慣用語(熟語、ことわざ等を含む)失ってきたのである。はなぐりは過去のことばになった。

 A表に今は語源が不確かであってもかろうじて通用する慣用語をあげてみた。様々調べるなかで、これ以外にも私自身が聞いたこともない言葉がたくさんあった。それれらは忘れ去られ消滅したのであろう。そしてそれらは二度と復活することはあるまい。

㊀まず❶の農耕に関わることば。農業離れが進んだ今も、生活に密着はしていないが廃れてもいない。「たわけ」は次男、三男に田を分けて本家が勢いを失う行為を指すことと知った。「一筋繩」「濡れ手に粟」はその意味あいを知らずに日用語になっている。

 牛や馬、そして身近な農耕…これらに郷愁を感じるのは、祖父母や両親を通じて戦前の空気に触れた我々年寄りだけだ。そして、そのことばもその年寄りも程なく消滅していく。

㊁は❷の和装。「衣文(えもん)掛け」…祖母はハンガ-とは言わなかった。「辻褄が合わない」や「濡れ衣」は解説を聞いても腹に落ちてこない。今後和服を着る機会が限定的になれば、いずれ袖も帯も袂(たもと)も襷(たすき)も簪(かんざし)も忘れされてしまわないか。褌(ふんどし)は言うまでもない。

㊂は1959年、尺貫法が廃止されて行き場がなくなったことば❸である。長さを示す「里、尺、寸」や広さ「町、坪」、量「石、升、合」、重さ「貫、両、文」などを皆様はどれだけ慣用されているだろうか。むしろ、❸の各語が今もそのまま通用していることの方が不思議でならない。「一寸先は闇」という政治言葉はなぜ今日まで生き残ったのか。一寸は3センチでしかない。「舌先き三寸」の9センチなら判るが。ついでながら酒好きの私は一升や三合瓶は愛用語である。

 調べれば生活様式のなかから生まれた慣用語は他にもあふれる程生き残っている。しかし、その多くを語源を知らずに使われている。

 呂律が回らない、金に糸目をつけない、虫唾が走る、脚光をあびる、書き入れ時、ぐうの音もでない、反りが合わない、猫をかぶる、匙を投げる、総すかん、にっちももさっちも…等々、ネットをみれば判るのであろうが面倒で調べる気にもならない。作家林秀彦は「言語を伝える機能としかみないGHQが民主主義を植え付ける一方で日本の古来の言語の重みを駆逐した」と嘆いている。別の稿で追及してみたい。

 妻の指摘を聞いて今さら「はなぐり」は通用すまいと考えた。しかし、思いなおした。通過する人の99%が理解できなくなっても、物知りの1%がその語源を説明する未来の場面を想像すると…「はなぐり」は大事にしなくてはなるまいと思ってしまう。

…がどうでしょうか

講演請負業 阿武一治 kazuharu.anno@gmail.com

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