一言進言

昭和のにおいのするリーダー

昭和のにおいのするリーダー ~井川市長さようなら~ (4月25日掲載)
■ 井川下松市長最後のインタビューをした。4期16年と長い在任だったが、じっくり話を聞いたのは初めてだった。だいたい引退する市長へのインタビューは異例だが、どうしても、政敵をことごとく粉砕しながら強烈なリーダーシップで市政を運営してきた政治家に、じかに話を聞きたかった。
■ 小さな町工場の社長がどうして市長になったか、少しだが垣間見えた。恋路のゴミ焼却場建設時、日立の子会社にと強引に請負契約を迫り、旧徳山市議会がかなり紛糾したこともあった。山田宏下松商工会議所会頭との政策的対立も激しかった。河村五良、河村憐次両県議の確執が、下松市政に大きな影響を与えていただけに、まとまりのない政争の街の印象が強かった。
■ しかし、井川市政が2期目、3期目になると井川色が浸透。最も象徴的だったのが、中部地区土地区画整理だ。地域挙げて抵抗する雰囲気だったが、反対派住民を市長室に招き、じっくり住民の不満を聞いた。最後に井川市長は「よくわかった。これからは私が全責任を取る」この一言で住民たちは一気に怒りを収め、瞬く間に工事は開始された。
■ 水道料金をすえ置くことにも断固たる姿勢を貫いた。市長就任直後、水道局長がプランを持ってきたが、お金がかかり過ぎだと拒否、自前のプランを提示したが従わなかった。そこで「市長の指示が聞けないなら身の振り方を考えろ」と一蹴。水道局長は辞任し、水道局長案は撤回させて、格別に安い水道料金が保たれた。
■ 高村市政時代の旧徳山市と重なる。目標を決め、達成するまで異動させない強さを持っていた。国保担当を決める時、収納率を県内一番に、と目標を提示し、国の予算を取ってこいと出した職員は取れるまで徳山には帰さなかった。昭和の臭いがするリーダーがまた一人去って行く。(中島 進)