一言進言

「子どもの声が騒音」保育園断念

「子どもの声が騒音」保育園断念 ~個人の権利乱用に怒り~(5月9日掲載)

■ 暴走老人が増えたと聞くが、最近のニュースで1番の“びっくりポン”は、保育園建設が地元の反対で断念するケースが増えたことだ。驚くだけでなく怒りがこみ上げる。何という国になりつつあるのか。反対する多くがお年寄りだ。「子どもの声がうるさい」「車が増えて迷惑だ」反対の理由は一致する。都会では苦情に対応して園の周囲に高い防音壁まで設置している。
■ 自治会のボス的なお年寄りが反対すると、地区の住民はみんなだんまりを決め込む。パターンはほぼ同じだ。「子どもは宝」は死語になりつつある。少子化なんか関係ない。若者が目の前をチョロチョロするだけで目障りだ。ましてや、よその子どもの声なんか聞きたくもない。寂しいお年寄りは怒りだけが増幅する。
■ 自分が若いころ、自分の子どもが近所の鉢植えを壊して謝ったこと、近所のおじさんやおばさんから優しい言葉をかけられたこと、今では自分とは関係ない世界だ。自分の子どもは遠くに行って、めったに帰ってこない。自分はその寂しさに耐えているのに、なぜ、近所に子どもを連れてくるんだ。お年寄りの怒りは爆発する。
■ カウンター越しに大声で目の前の若者を叱責しているのは、たいがいがお年寄りだ。齢を重ねると丸くなるなど大ウソだ。コンビニエンスストアで年齢確認を求められたと暴れた年寄りがいた。暴走老人は近い将来、自分が施設に入ったり、介護される側になることなど念頭にない。若い人たちの高い保険料負担で、年金をもらっているなんて、露ほど感謝の気持ちなどない。
■ 周南市内でも、ある老人施設が建設された際、周囲の高齢者が反対の声を上げ、それに市会議員までが加わったそうだ。かくも寛容さを失ったのはなぜか。園児の笑い声が騒音に聞こえる国民になったのはいつのころからか。公民館では、お年寄りの下手な楽器の音はよくて、若者のバンドの音は騒音だと禁止になる。
■ マスコミも、客観的とばかりに保育園建設断念のニュースで反対住民の声を取り上げる。保育園の周りの刑務所の塀のような防音壁。そんな中で子どもを育てろと言うことに個人の権利とは言わせない。将来を担う子どもたちが声も出せない環境を、公正に報じられるのか。私は断固としてそうした住民の声に反論する。個人の権利を主張するのにも限界はある。子どもの声がうるさいと言うお年寄りは、震災で若いボランティアには救いを求めないのだろうか。高度成長時代のつけが今ごろやってきた。(中島 進)