一言進言

集えない中心市街地に

~周南市で「四季の会」終焉~
33年間、周南市で春夏秋冬の年4回、料理を楽しみ、語り合う交流の場となってきた「四季の会」が終焉を迎えた。多い時は百人を超える人が集った。小川亮元市長はじめ各界、各層の人が集まった。丸福ホテル時代からの会だ。ザ・グラマシーが来年1月末で宴会部門を閉鎖するため、今回が最後の会になった。
徳山に帰ってきた当初、誘われて何度も出席した。故近間忠一県議会議員なども健在で、地域の人との貴重な出会いの場になった。当時は出席者の中では若い部類だったが、33年経って、最後の会でも当時から顔を見ていた人たちも見受けられた。I氏、H氏、K氏などなど、いずれも70歳をはるかに超えた年齢になっている。
昭和21年、丸福食堂としてスタートしたザ・グラマシーは、70年という大きな節目で終わりを迎える。丸福旅館、丸福ホテル、アド・ホックホテル丸福、ザ・グラマシーと名前を変えたが、皇族もお泊めできる、周南唯一のホテルだった。70年間、多くの会合、パーティーが開かれた。
高村坂彦市長時代、新幹線駅を街中に作った大きな功績を背景に、県外はもちろん、外国からの客人など、ザ・グラマシーが果たした役割は大きい。街中に都市型ホテルがあることで、どれだけ旧徳山市街地の飲食店が潤ったことか。多くの組織、団体も地域、県、中国地区、全国単位での会合を引き受けることができた。地域経済に計り知れない波及効果を生み出した。
50人、100人以上の同窓会、忘年会など、私的な会合や企業の行事も中心市街地で開かれなくなる。山口市では2,000人規模のコンベンションホール建設が計画されている。周南市はTSUTAYAなどのカルチュア・コンビニエンス・クラブ運営の図書館で対抗する。目的も、結果も違う施設になる。スターバックスに多くの人が集うだろう。しかし、交流の場としての機能はない。感覚の違いと言えばそれまでだ。コンベンションシティー宣言は幻になった。
徳山地区は市民館もなくなった。小ホール復活をと16,000人もの署名も集まったが、市長は新南陽の学び・交流プラザを使えばいいとそっけない。人が集うのに便利さとか、使い勝手は重要な要素だ。新幹線が停まる駅を持つ優位さをどこで発揮できるか。「イクボス宣言」した周南市の力量が問われる事態だ。家庭を大事にするだけでは、地域の元気さは取り戻せない。(中島 進)