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久原房之助・大工業都市計画100年

ものづくりのまちの源流探る 3月22日まで・下松市図書館で企画展
 下松市に戦前、日立製作所や東洋鋼鈑を誘致して現在の「ものづくりのまち下松」に発展させるきっかけを作った萩市出身の実業家、久原房之助(1869―1965)が「下松大工業都市建設計画」を発表して100年になるのを記念する企画展「百年前、下松を世界的大工業都市にする計画があった!」が24日からほしらんどくだまつ1階の市図書館で始まった。3月22日まで。

久原、藤田、鮎川の展示コーナー

久原、藤田、鮎川の展示コーナー


 これはパネルや書籍などの資料で同計画の内容や関連人物を紹介し、計画自体はとん挫したが、この計画をベースに「ものづくりのまち」が形成された歴史を振り返るもの。3月5日に市が開く「道路を走る高速鉄道車両」見学プロジェクトに合わせて企画した。
 久原は、明治期、関西財界のリーダーとして君臨し、藤田組を興した藤田伝三郎(1841―1912)のおい。日立製作所、日産自動車、日立造船、日本鉱業の創業のもとになった久原鉱業所(日立銅山)や久原財閥の総帥として「鉱山王」の異名をとった。第1次大戦後の恐慌を機に政界に進出し、衆議院議員を5期務め、田中義一内閣では逓信大臣。
 藤田の祖先は石見から下松に移り住み、江戸時代の終わりごろまで中市で酒造業を営んでおり、久原は藤田を通して下松の立地条件の良さを知っていたと見られる。
展示されている関係図書

展示されている関係図書

大工業都市計画の新聞記事

大工業都市計画の新聞記事


 展示では藤田や計画中止後の立て直しに尽力し、東洋鋼鈑の誘致に奔走した、久原の義兄にあたる日産コンツェルン創始者の鮎川義介(1880―1967)の生涯もあわせて紹介している。
 会場には計画の発表を報じた1917年6月26日の防長新聞の「久原氏が下松湾を利用して/世界的大工場の計画/90万坪の地と18万人の職工及家族」の記事をはじめ、同館所蔵の45点と県立図書館の59点の関連書籍も展示。最も古いものは1902年刊の藤田関連の「児島湾開墾史」で、41年刊の「建設の旗~鮎川義介の新年と事業」もある。
 長弘純子館長は「計画発表100年の節目に“道路を走る高速鉄道車両見学プロジェクト”が重なったのも何かの縁。これを機に先人たちが未来を開くために尽力した歴史を知ってほしい」と話している。
 午前9時半から午後6時半まで、土、日曜は5時半まで。月曜と祝日は休館。電話は0833-41-0093。