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津田投手の顕彰碑修築

500人で披露式典 案内看板も新設、改修
 周南市和田出身でプロ野球の広島カープで活躍しながら病で32歳で亡くなった津田恒実投手の顕彰碑が修築され、26日、和田中で披露式典が開かれ、津田投手の妻、晃代さんや長男の大毅さん(28)、元広島カープ選手の池谷公二郎さん、長内孝さんらが出席して祝い、池谷、長内さんの野球教室もあった。

新しくなった和田中の記念碑のそばの左から松田会長、大毅さん、晃代さん

新しくなった和田中の記念碑のそばの左から松田会長、大毅さん、晃代さん


 津田投手は1960年生まれ。本名は津田恒美で、プロ野球に入って恒実に改名した。南陽工高時代には甲子園に春夏連続出場し、協和発酵に入って社会人野球で活躍したあと、81年に広島カープにドラフト1位で入団。新人王や“炎のストッパー”と呼ばれる活躍で最優秀救援投手賞などを受賞。86年のチームのリーグ優勝にも貢献した。
 その後、病に倒れ、93年には新南陽市民栄誉賞も贈られたが、この年の7月20日に死去した。2012年に“野球殿堂”入りし、市は市野球場を津田恒実メモリアルスタジアムと名付けて球場内に写真なども展示している。
 今回の顕彰碑の修築は津田恒美顕彰の会(松田富雄会長)が昨年11月から企業や和田地区の自治会、住民などに広く呼びかけて実現したもの。和田中に1994年に建てられて古くなっていた顕彰碑のステンレス板を取り替えて野球殿堂入りの記述を追加した。あわせて和田地区の2カ所のホームベースの形をした案内板を改修、津田投手の生家前に案内板、津田家の墓地に野球のボールの形をした記念碑を建てるなどし、パンフレットも新しく印刷した。
墓のそばに建つ記念碑

墓のそばに建つ記念碑

新しくなった案内看板

新しくなった案内看板

 顕彰の会の呼びかけに3月23日現在で目標額の2倍近い673件185万7,000円が集まった。
 和田中の碑の前で開かれた披露式典は住民や和田中の野球部員、スポ少の子どもたちやファンなど500人が参加。松田会長のあいさつに続いて同会の平野忠彦事務局長が経過を説明して「津田投手を和田の人的文化として20年、30年、40年先まで顕彰を続けていきたい」と述べ、碑が除幕された。
 晃代さんは「25回忌の節目に立派な顕彰碑を建ててもらってうれしく思います」とあいさつした。南陽工高野球部時代の監督、坂本昌穂さんは「津田君は人を思いやる優しさとマウンドで闘志あふれる姿の両方を持っていた。それが私たちを今もひきつけるのでしょう」と話してその人柄をしのんだ。
池谷さんらの野球教室

池谷さんらの野球教室

 式典のあと、大毅さんは周南市に津田投手の記念館を建設したいと述べ、近くインターネット上で広く協力者を募るクラウドファンディングで資金を募る予定であることも報告した。餅まきや墓地、生家の見学もあり、生家では新人賞などのトロフィーや賞状なども特別公開された。野球教室に続いて和田中、桜田中野球部の連合チームと岩国中の練習試合もあった。