一言進言

狂気と妄想の世界は隣り合わせ

~平和の誓いを永遠に~

NHKの「なつぞら」を観ている人は、京都アニメーションの炎上、死傷事件は、アニメの制作シーンを頭に思い浮かべて、胸が詰まる思いだろう。障がい者を多く殺害した事件など、このところ正気を失った事件が、度々起こる。どんな心理学者も犯罪者の心理を的確に言い表すことはできないだろう。狂気と妄想の世界で殺害事件は起こっている。

毎年8月になると、6日、9日、15日と、原爆と終戦をテーマに、あの悲惨な時代を振り返る。300万人を超える戦没者への鎮魂が続いてきた。よくぞまああんな悲惨なことが起こせたものかと、人間の持つ狂気と妄想に愕然とする。

戦争中ということで、大量殺戮の原爆も仕方なかったと受け入れられる。日常的な感覚では考えられない殺戮(さつりく)だ。当時は世界中が狂気と妄想の世界に入っていた。数知れない女性や子供たちが命を落とした。大戦終了時、世界中が鎮魂の世界で、二度とこんな惨事を起こさないと誓ったはずだった。

しかし、そんな惨事はすぐに忘れ、戦後74年経った現在も、世界のどこかで殺戮は起こっている。先日ある新聞に、がれきの中で妹を助け出そうと必死にもがく子どもの写真が掲載されていた。シリアでは今この時間にも、殺戮が続いている。何百万人もの避難民が世界中で苦しんでいる。

毎年8月になると、日本中が平和を守ると誓う。しかし、他国の女性や子供たちが、空爆や銃弾で倒れている現実には、まったく無関心だ。アフガン、イラクで数十万人の人々が、殺戮されても無関心だ。京都アニメーションにあれだけ反応する日本人だが、世界中の殺戮には興味を示さない。

狂気と妄想の世界は、かって日本にもあったように、世界中から無くならない。毎年8月に不戦の誓いを立てていても、いつ何時、狂気と妄想にかられた人が指導者になるかも知れない。またいつ何時、かっての日本のように、国民全体がその世界に入るかわからない。常に狂気と妄想の世界が隣り合わせに存在することを意識する8月だ。被害者を何より追悼したい。

(中島進)