ヘッドラインニュース

西村さんが先人の知恵立証

都市伝説「東京地名」に迫る

 銀座、有楽町、新宿、原宿、代々木公園、昭和通、晴海ふ頭、千代田町、糀町、御幸通、青山町、桜木…徳山の東京類似地名について、5日に周南市中央図書館で開かれた徳山地方郷土史研究会の例会で会員の西村修一さん(65)が研究発表し、これらの地名は先人が知恵を出し合って名付けたもので、「東京のように栄えてほし」いとう復興の願いで戦後、名付けられたという説は根拠のない「都市伝説」だと述べた。

27日に探訪ウオーク

 これらの地名は何度もテレビ番組で取り上げられて全国的にも関心を集めていて、西村さんが研究を始めたのも2013年にその番組の一つに協力を求められたことがきっかけ。しかし、それ以前からこの類似地名は話題になり、そのたびに同会の会長を務めた故小川宣さんら郷土史家は東京を真似たものではないと説明してきたが浸透していない。
 西村さんは東京地名を否定する立場ではなく「視点をかえれば『偶然の一致でこれだけ東京地名が集中するのは全国でも周南市だけ』と見ることもでき観光財産としての可能性が見えているように感じます」と述べている。
 27日には午前9時に徳山駅前図書館前集合で東京地名の地を見て歩く探訪ウオーク「徳山の東京地名を歩こう」も開く。申し込み不要、雨天中止。参加費は保険代として100円。問い合わせは山陽道歩こう会(090-6410-7939)へ。

戦前からの地名由来大半

街路樹が見事な御幸通
東京より先にできた代々木公園
発表する西村さん

代々木公園は徳山が先

 西村さんの発表によると、戦災復興の区画整理事業で名付けられた地名も多いが、徳山駅西地区の「有楽町」は戦前から旅館、飲食店が多く並ぶ繁華街で「楽しみのある街」として有楽街と呼ばれ、戦後の町名変更で街が町になった。
 代々木公園は藩制時代から「代々小路(だいだいしょうじ)」があり、徳山の代々木公園は1962年開設、東京の代々木公園は1967年開設で徳山が先にできていた。
 「新宿通」は戦後の復興事業で宅地が造成され、今宿にできた新しいまちとして「新宿」と命名された。「原宿町」も戦後復興で宅地が造成されたときに岡田原と今宿の間にできた新しい街として「原」と「宿」をとって命名された。時期も住居表示登録は1981年で新しい。
 「青山町」は地元自治会長は「丸山とよばれていたが、1963年ごろ青山に替わった」と話し、清水町の山田太郎さんによると「山の土を海軍燃料廠の埋め立てに使ってハゲヤマであったのもあって青山町にした」という。

唯一の東京由来は「銀座」

 東京の銀座に「みゆき通り」があるが、徳山の「御幸通」は昭和天皇が1947年に戦後の巡幸で訪れたことから名づけられた。「糀町」は江戸時代の徳山城下の絵図にある地名で、東京の麹町との関係はない。
 「晴海ふ頭」も東京の晴海エリアが注目されだしたのは1975年以降だが、徳山の晴海町の住居表示登録は1967年。徳山湾は以前から鼓海と呼ばれており、それをもとに印象の良い「晴」を選んだという。
 唯一、東京の地名に由来していると見られるのが「銀座」。徳山で一番の繁華街だったが、旧町名の佐渡町と幸町を合わせるとその上下が問題になり、銀座に落ち着いたという。ただし同時期にできた銀南街は無量寺にあった大イチョウに由来している。なお「銀座」は徳山だけでなく全国にある。
 戦後復興の区画整理による新町名命名では「従来の地名を生かして命名する」が基本となっており、二つの地名を合わせて縮めた場合が多く、東京地名が多いというのは誤解だと結論づけている。

【きょうの紙面】
(3)光R.C.でラオスの留学生が卓話
(4)徳山高専専攻科生がインターンシップ報告
(5)光市花壇コンの最優秀賞に「なごみの会」
(6)13日、「動く神社」の早長八幡秋まつり

▼紙面の購読:試読の方はこちら
https://www.shinshunan.co.jp/contact.html
▼電子版購読はこちら
https://www.shimbun-online.com/latest/shunan.html