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国井市政の4年(上)

「オールくだまつ」かかげ2期目へ


経済界と行政の協働実現

井川前市長からの事務引き継ぎ書に押印する国井市長(2016年4月25日)

 下松市長選の4月5日(日)の告示まで、あと半月。正式に出馬表明をしているのは、自民、公明両党と連合山口の推薦を受ける現職の国井益雄氏(70)だけだ。
 市長選は国井氏にとって、1期4年間の市政運営の成果が市民にどう評価されるか、初の審判を浴びる機会になる。井川成正前市長(89)との関わりを抜きに語れない「国井市長」誕生の経緯と、市政の現状、展望を分析する。
(山上達也)

「単独市制」確立の井川市政を継承

 「オールくだまつで課題解決に取り組み…」
 国井市長は昨年の夏以降、議会答弁や式典の祝辞など公式の場で「オールくだまつ」という言い回しを好んで使っている。
 この発言は3月の定例議会の一般質問で、新型コロナウイルス感染対応を質問した公明党の堀本浩司議員への答弁の一部で「市民力、地域力、産業力を結集したオールくだまつで課題解決に取り組み、都市と自然のバランスの取れた〝住みよさ日本一の星ふるまち〟が実感できるまちづくりを展開していく…」と続けた。
 国井氏は市長を2000年から4期16年務めた井川氏の後継指名を受け、16年4月の市長選で無投票で初当選した。市内に強い影響力を持つ選挙巧者の井川氏の後継者に挑む人物はいなかった。
 井川市政の16年は下松市を周南合併の渦から守り抜き、単独市政を物心両面で確立することに終始した。
 結果、財政は県内の自治体ではトップクラスの良好な数値を維持し、人口も県内の自治体では唯一、増加が続いて過去最多を更新。水道料金は全国の市で5番目に安く、子育て世代の転入を促す呼び水になっている。
 実際に井川氏は4期目の在任中、取材に「ぼくのあとをやる市長は楽と思うよ。わしが公約を全部実行したからね。財政面も問題ないから」と胸を張っていた。

合併賛否対立から「国井県議」誕生

 半面、井川市政は合併を拒否したことから経済界など合併推進勢力とのあつれきを生んだ。実際に井川市長1期目の02年の市議選(定数26)は立候補者28人全員が「合併推進派」「合併反対・慎重派」に色分けされたほどで、市長支持の合併反対・慎重派は17人▽市長不支持の合併推進派は9人が当選した。
 2年後の04年の市長選は反対・慎重派の井川氏と、推進派が擁立した新人が正面衝突する激戦だったが、井川氏がダブルスコアで新人を降した。
 この時に下松市区の現職県議2人が新人陣営に回ったことから、07年の県議選で井川氏は「直系県議」の擁立に走った。
 市職員だった国井氏を説得して無所属で擁立し、井川後援会の全面支援でトップ当選させて「井川パワー」を誇示して見せた。これ以降、市内における合併論議は急速にしぼんだ。国井氏は県議2期目から自民党会派に入った。

旧合併推進派との融和が「形」に

 そんな合併論議の渦中を経験した国井氏だったが、県議3期目途中の16年に市長に転身。国井氏は経済界などかつて合併推進派だった勢力との融和を重要な課題ととらえた。
 その「融和」が形になったのは昨年7月の「道路を走る高速鉄道車両見学プロジェクト」と、8月の大型クルーズ客船の初入港。いずれも市と下松商工会議所など経済界が連携して取り組み、大成功を収めた。
 その姿を本紙は「オールくだまつ」と表現した。国井氏はその記事が出た直後、市の部長会議で「オールくだまつという言葉と意味合いを我々は今後、心がける必要がある」と発言した。
 単独市政の樹立と継承に政治生命をかけた井川氏から市政を引き継いだ国井氏が、新たなステージに進む象徴的な瞬間だったといえるだろう。(つづく)


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