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煉炭製造所誘致に関与

徳山発展の第1歩に

児玉源太郎の書簡から確認

周南市教委が調査報告書

 周南市教委は2017年度から3年がかりで取り組んだ児玉源太郎資料調査事業の成果を「児玉源太郎資料調査報告書」としてまとめた。調査の中で、周南市が工業都市として発展するきっかけとなった1905年の旧徳山町への海軍煉炭製造所誘致に児玉源太郎(1852-1906)が関与していることがわかる書簡が確認された。
 海軍煉炭製造所は海軍の艦船の燃料となる煉炭を大嶺炭田(美祢市)の石炭で製造するため、日露戦争中に作られた。その後、艦船の燃料は重油になり、同製造所は21年に石油精製の海軍燃料廠に発展し、戦後の石油化学コンビナートの建設につながった。しかし、これまで徳山町の煉炭製造所誘致に児玉の関与はなかったとされていた。
 日露戦争は1904年2月に始まり、児玉は陸軍中将で大本営参謀次長兼兵站総監だったが、6月には大将に昇進して満州軍総参謀長になる。
 今回見つかった書簡は児玉が海軍次官の斉藤実に宛てた書簡で、国立国会図書館所蔵。04年5月16日付け。当時、徳山町は練炭製造所の誘致に名乗りを上げていたが「町長で貴族院議員の野村恒造が上京したので面会して希望をお聞きとりくださるように」と書かれ、関与したことが明確になっている。

◇   ◇   ◇

 児玉は旧徳山藩士で戊辰戦争にも出陣した。明治維新後は陸軍に入り、西南戦争や日清戦争でも活躍し、日ロ露戦争では満州軍総参謀長として日本を勝利に導いた。台湾総督や陸軍、内務、文部大臣も歴任した政治家でもあった。
 今回の報告書はA4判、455ページで非売品。専任嘱託職員の元中央図書館長の花田佳子さんと元同館職員の中島正樹さんが中心になってまとめた。200部印刷して市内の小、中、高校、大学や県内の図書館などに配っている。印刷費は162万8千円、3年間の総事業費は1319万8千円。
 第1章は周南市と児玉の関わり。徳山藩時代の史料、ゆかりの地と石碑などを紹介している。児玉が創設して1945年に空襲で焼失するまで徳山の教育、文化に貢献していた図書館「児玉文庫」については特に詳しく、児玉が亡くなったあとの活動も報告している。
 第2章が書簡など。児玉の書簡は代筆や電報などを含めて305通が確認されているが、そのうち175通は活字化されていなかった。このうち33人宛ての158通を今回、初めて活字化して解説とともに掲載。活字化されていた書簡からも重要と思われる5通を掲載している。掲載書簡のうち後藤新平宛てが40通、寺内正毅宛てが26通ある。
 第3章は県外に残る児玉の足跡で、別荘があった鎌倉、日清戦争後、大陸から引き揚げてきた将兵の上陸地になり、水道敷設に携わった広島、自宅のあった東京・市谷を取り上げている。
 第4章は児玉の人柄が伝わってくる、台湾総督時代や戦場などで接した人の回想、逸話を集めたエピソード集、第5章が漢詩。 
 巻末に資料として32ページにもおよぶ年譜、児玉の発信書簡の一覧表、児玉に関する刊行物、周南市美術博物館、中央図書館の所蔵資料をまとめている。巻頭に児玉の肖像写真など27枚を集めたグラビアもある。
 問い合わせは市教委生涯学習課(0834-22-8621)へ。

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