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徳高両分校、生徒募集停止へ

県教委

徳山北79年、鹿野75年の歴史に幕
大幅な定員割れ響く

 県教委(浅原司教育長)は6日の県議会文教警察委員会(江本郁夫委員長)で、周南市須々万奥の徳山高徳山北分校(13人)▽鹿野下の同鹿野分校(17人)の生徒募集を2021年度から停止することを明らかにした。両校は現在の1年生が卒業する23年3月末で閉校になる。
 両分校の生徒募集停止は、1学年の入学者がともに定員の30人を大きく割り込む状態が続き、今後も増加が見込めないため。今春の入学者は各30人の定員に対して徳山北分校が3人、鹿野分校が6人にとどまった。
 過去5年間の入学者も徳山北分校が3~10人、鹿野分校は6~7人で定員を大幅に下回っていた。
 両分校の前身は1944年に現在の徳山北分校の敷地に開校した県立都濃農林学校で、戦後の学制改革に伴って47年に都濃高に改称した。48年に同校鹿野校舎が発足し、これが現在の鹿野分校の源流になった。
 しばらく都濃高須々万校舎、都濃高鹿野校舎の時代が続いたが、76年に須々万校舎が徳山北高、鹿野校舎が鹿野高として独立。ピーク時は徳山北高が約650人、鹿野高も約400人の生徒がいたが、少子化と共に生徒数が激減した。
 2008年に鹿野高が徳山高鹿野分校▽12年に徳山北高も徳山高徳山北分校になった。その後も生徒数の減少に歯止めがかからず、県教委は18年、県立高校再編整備計画で22年度までに両分校の生徒募集停止を検討する方針を示していた。
 生徒募集停止の決定で、徳山北分校は都濃農林学校以来79年の、鹿野分校は都濃高鹿野校舎以来75年の校史を閉じることになる。
 卒業生も複雑な心境を見せる。徳山北高同窓会・緑陽会会長の田村勇一市議(78)は「これまで県教委は学校の魅力向上にどれだけの取り組みをしてきたのか。残念だが生徒が少ないようでは募集停止は仕方がない」と話し、9月定例市議会では閉校後の跡地や建物の活用策を取り上げるという。
 鹿野高の卒業生の坂本心次県議(54)は、昨年の9月定例会の一般質問で両分校の存続を訴えた。生徒募集停止の決定に「母校の思い出は卒業生一人一人の心の中に永遠に灯されていくと思う。寂しさを乗り越えて、地域の活気をどう盛り上げるか、活性化策を探っていきたい」と話していた。

【きょうの紙面】
(2)コアプラザかのへの総合支所移転断念
(3)周南市がオンラインで離乳食セミナーなど
(4)徳山湾に沈んだ戦艦「河内」慰霊祭
(5)特養ひかり苑で、お年寄りがそうめん流し


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