一言進言

消滅しそうな舞台芸術

~何とか演奏会をできないか~

「もう廃業するしかない」イベント関係業者のうめきは、声に抑揚さえ失った、棒読みのようなその台詞は重い。田舎でコツコツとイベントの裏方をこなし、舞台の袖で、出演者がどうしたら引き立つか、光のあて具合、音の響き方、田舎だからと妥協を一切せずに舞台を作り上げてきた。もう4カ月仕事がない。これから先秋まで1件も予定が入らない。

街のバーで開催されていたジャズなどのライブも皆無になった。全国のお店やライブハウスで活動している数えきれない数のアーティストたちも、出番が全くなくなった。彼、彼女らはいったいどうやって生きているのだろうか。ささやかな出演料で、全国のコアなフアン相手に楽しませてくれたアーティストたちはどうしているのだろうか。

ユーチューブで配信している人たちは、世界中で一体どれくらいいるのか。何千万人、いや何億人になるだろう。生の音楽を取り上げたコロナは、人々の生活にどんな影響を与えているのか想像できない。せめて、再開された学校で、密にならないようにしながら演奏会などを開けないものか。政府も文化的なものにもう少しお金を使えないものか。

観光業界も大切だ、飲食業界も大切だが、文化を守ることも同じように大切だ。先日、三味線メーカーが製造を止めると報道があった。ギターメーカーも遅かれ早かれ淘汰されるだろう。ささやかでも良い。せっかく宣言解除されたのだから、少しばかりの出演料を補助してでも生の音楽が楽しめることはできないか。

観客は多くは望めない。しかし、舞台を創るにはお金がかかる。いくばくか補助をして、せめて学生たちにでも良い音楽を提供できないか。美術館は再開した。今度は音楽だ。舞台アートの世界が壊滅的にならないうちに、地方でもできることはあるはずだ。音響も、照明も業者がいなくなると大変だ。知恵と工夫で乗りこえられる。


(中島