一言進言

お年寄りだけに自粛要請を

若者と分離しては?

「なんてことをしてくれたんだ!」―今年の山口県の流行語大賞になりそうだ。未熟で稚拙な若者の行動が大きな波紋を呼んだ。留置場の留置人まで感染させて、格好のワイドショーネタになった。その後も全国で感染者が急増、水曜日は1千人を超えた。終わりの見えないコロナとの闘いは、闘い方も変えて行きそうだ。

テレビの画面では、コメンテーターたちが暗そうに「どうなるんでしょうね」とコメントか何かわからないセリフを語るだけで、Go To キャンペーンにも賛成か、反対か、どうすべきかはっきり語るコメンテーターもいなくなった。経済か、感染防止かどっちも欲しい人間の欲が、結論を出せない状態になった。

若者はその辺はお見通しで、自分たちは感染しても無症状か、軽症だとしっかりわかっている。この辺の夜の街でも居酒屋から多くの若者の団体が出てきて、店の前で楽しく会話している。もちろんマスクをしているのは少数だ。

ブレーキとアクセルを同時に踏むのだと政府は言い放つ。一体、車だとどうなるのか。前に進むのか、停止するのか、車は壊れないのか。誰もその行く末がわからないまま、同時に踏んだ。結果はまだまだわからない。

要するに重症化率の高いお年寄りと、若者たちと分離することだ。お年寄りは最近病院にも行かなくなった。とにかく不特定の人たちとの接触を避けるようになった。若者が出入りするお店には行かない。だから日頃からお互い行動がわかっている者同士だけで楽しめばよい。老人だけの集いで感染者が出る確率は極めて低いはずだ。

少々の軽症感染は認めて、日本は若者たちの世界と、お年寄りの住む世界とを分けてしまえばいい。食べに行く店も、飲みに行く店もしっかり分離して、若者と同居しているお年寄りだけは定期的に検査をする。電車もお年寄りの専用車両を設ける。若者は多少気を使いながら経済活動も含め人生を楽しめばよい。どうせお年寄りの年金は若者が稼いだお金が頼りだ。少しの我慢ぐらいはお年寄りが背負わないと。

全国民に外出自粛を言うのはもう無理だ。半面、年金生活者、リタイアしたお年寄りだけに自粛を要請するのは可能だ。重篤化する感染者が減れば、医療の崩壊も防げる。こんな暴論を書く私もなかなかの年寄りで、現役だ。若者との接触も多い。感染する覚悟を決めなくては。

(中島 

消滅しそうな舞台芸術

~何とか演奏会をできないか~

「もう廃業するしかない」イベント関係業者のうめきは、声に抑揚さえ失った、棒読みのようなその台詞は重い。田舎でコツコツとイベントの裏方をこなし、舞台の袖で、出演者がどうしたら引き立つか、光のあて具合、音の響き方、田舎だからと妥協を一切せずに舞台を作り上げてきた。もう4カ月仕事がない。これから先秋まで1件も予定が入らない。

街のバーで開催されていたジャズなどのライブも皆無になった。全国のお店やライブハウスで活動している数えきれない数のアーティストたちも、出番が全くなくなった。彼、彼女らはいったいどうやって生きているのだろうか。ささやかな出演料で、全国のコアなフアン相手に楽しませてくれたアーティストたちはどうしているのだろうか。

ユーチューブで配信している人たちは、世界中で一体どれくらいいるのか。何千万人、いや何億人になるだろう。生の音楽を取り上げたコロナは、人々の生活にどんな影響を与えているのか想像できない。せめて、再開された学校で、密にならないようにしながら演奏会などを開けないものか。政府も文化的なものにもう少しお金を使えないものか。

観光業界も大切だ、飲食業界も大切だが、文化を守ることも同じように大切だ。先日、三味線メーカーが製造を止めると報道があった。ギターメーカーも遅かれ早かれ淘汰されるだろう。ささやかでも良い。せっかく宣言解除されたのだから、少しばかりの出演料を補助してでも生の音楽が楽しめることはできないか。

観客は多くは望めない。しかし、舞台を創るにはお金がかかる。いくばくか補助をして、せめて学生たちにでも良い音楽を提供できないか。美術館は再開した。今度は音楽だ。舞台アートの世界が壊滅的にならないうちに、地方でもできることはあるはずだ。音響も、照明も業者がいなくなると大変だ。知恵と工夫で乗りこえられる。


(中島 

どうする地域経済

~議会と行政がタッグを組め~

この稿を書いているとき、東京ではまたもや100人を超える感染者が連日発生している。全国でも収束に向かっているとは言えない現状だ。宣言解除後、巷には少しずつだが人の姿が見えてきた。車の数も急速に増え、移動を始めたなと感じた。しかし、多くの人の心の中は穏やかでない。大丈夫なのかと一抹の不安を抱えている。これで一挙に自粛モードになりそうだ。

周南地域での秋までの行事は殆どが中止になった。経済を回さないと、と一方では悲痛な叫び声も聞こえてくる。確かに、この状態があと数カ月続くと地方の、いや全国のサービス業は持ちこたえられなくなりそうだ。中心市街地の活性化など叫べば叫ぶほど言葉が空中遊歩する。夜の街に出かけるのは悪いことのように言われることにも慣れた。

そんな中、周南市は7月10日以降、5千人までの集まり、50%の収容率なら大丈夫と発表した。3密を避け、広域的な集まりでなければ良い、とのことだ。しかし、主催者の人たちは迷う。都会での感染者報道が相次ぐ中、開催を決断する勇気はなかなか持てない。「どこに相談すればよいのか?」一様に悩む。

ここは、どう言っても行政と議会の出番だろう。行政主催の行事の再開を決める、議会も全員でその協議に参加、全員一致で賛同して、なんとしてもイベントを開くことだ。議会もコロナ対策の特別委員会を作って、行政としっかり協議を重ねる場面を作るべきと書いたが、まったく反応しなかった。6月議会では、個々の議員が総じてコロナ関連質問をしている。今小さなことをいちいち聞いている場合ではない。どうしたら市民生活が元に戻れるか、行政と知恵を出し合い、プランを作り、実行に移すべき時だ。

今、人を集めるイベントは誰もしたくない。必ずクレームを言ってくる人間がいるからだ。「何故収束してないのに開くのか。責任とれるのか?」こんな言葉に耐えられる人はそんなにいない。ここは、行政と議会がタッグを組んで、みんなで渡れば怖くない!方式をとるしかない。年末まで続くと地域の店の多くは消滅しそうだ。

(中島