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日本と台湾をつなぐ酒

2種類の日本酒を手にとる陳さん

はつもみぢで台湾人蔵人が醸す
戦前に開発の「台中65号」使用

 周南市飯島町の酒蔵、はつもみぢ(原田康宏社長)で、台湾出身の蔵人の陳韋仁さん(40)が、戦前の台湾で開発された米の品種「台中65号」を使ってオリジナルの日本酒開発に挑んでいる。11月からの酒づくりがいよいよ大詰めを迎え、来年1月の出荷に向けて奮闘中だ。
 子どもの頃から日本文化に関心があった陳さんは、台湾で日系企業に勤めたあと2008年4月に、出雲大社が近くにあることから島根県の島根大学に留学。法文学部言語文化学科で歴史、哲学などを学んだ。在学中に初めて口にした日本酒に衝撃を受け2012年に、獺祭を手がける岩国市周東町の旭酒造に入社。1年目に酒造の全工程にたずさわり、2年目から台湾向けの海外営業を任された。
 その後、松江市の李白酒造に移って酒づくりの修業を重ねていた時に、戦前の台湾にゆかりのある日本人で農学者の磯永吉(いそえいきち)と技師の末永仁(すえながめぐむ)の存在を知った。2人は「蓬莱米」という日本由来の米を台湾で開発した人物だ。
 陳さんが引かれたのは、蓬莱米の中でも台湾の稲作発展に貢献した「台中65号」という品種。いずれ自分のお酒を造りたいと考えていたが、日本と台湾の縁を広く知ってもらうために、両国を結ぶ「台中65号」で日本酒を作ることを決めた。
 一方、台湾で現在作られている米の品種は「台中65号」に由来しているものの、「台中65号」そのものは栽培されていない。調査の末、沖縄で1995年まで栽培奨励品種に指定されていたことを知り、生産を続けていた現地の農家から2016年12月に籾を2キログラム分けてもらった。
 李白酒造の同僚の蔵人から7アールの田んぼを借り、2017年5月に初めて苗を植えた。600キログラムを収穫し、11月に島根県雲南市の木次酒造で、麹(こうじ)づくりと発酵を自ら設計管理して初のオリジナルの日本酒づくりに着手。720ミリリットル瓶で500本を作りあげ、2018年4月にクラウドファンディングで援助してくれた人に届け、うち400本は台湾へ送った。
 その後、作付面積を広げて収穫量を増やし、米の磨き具合や醸造方法などのテーマを毎年変えて、島根県や佐賀県の酒蔵で「台中65号」の酒を手がけてきた。どれも甘口で雑味を抑えて深みのある風味が特徴。昨年の純米吟醸酒「台中六十五号」は、今年10月にアメリカで開かれた全米日本酒歓評会で準グランプリを獲得した。
 原田社長は、陳さんが2017年に広島の酒類総合研究所で最新の醸造技術や理論の講義を受けた時の講師の一人だった。「台中65号」の酒に情熱をかたむける陳さんから相談を受けて、酒づくりの場を提供することを決めた。
 4回目となる今年の酒のテーマは、戦前の台湾で発見された麹菌と酵母菌を使うこと、明治時代に編み出された技法で酒をつくることの2つ。国立国会図書館で明治時代の文献を探し、作り方を調べた。アルコール度数を抑え、奥行きのある味わいを目指した。
 2種類の酒は「Origin Of Taiwan」と「酸基醴酛」と名付けて、それぞれ720ミリリットル瓶で700本ほどの生産を見込む。2本セットで、12,000円。クラウドファンディングの支援者へ届ける。クラウドファンディングのウエブサイトはhttps://readyfor.jp/projects/TAICHU652021。来年1月15日まで受け付ける。
 島根県出雲市に家がある陳さんは現在、ホテルからはつもみぢに通勤している。毎日出勤前に、近くの児玉神社に参拝して、「良い酒ができるように」と願うのが日課だ。同神社は周南市出身で第4代台湾総督の児玉源太郎が祭神。境内には故李登輝元台湾総統の石碑や、台湾から取り寄せられた台湾五葉松などがある。
 陳さんは「周南市で酒づくりの機会を得られたのは、見えない力のお導きではないかと思う。はつもみぢの皆さんに感謝するとともに、日本と台湾の架け橋となるおいしい日本酒をこれからも届けたい」と語った。
 問い合わせは、同社(0834-21-0075)へ。

【きょうの紙面】
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(4)振り返る2020・光市編
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