一言進言

議会制民主主義守れるか

~若者よ社会参加を~

40年前、こちらにUターンしたころは、国会議員と言えば地域の人たちにとっては別格の人で、地域の中では国会議員と親しくしているのが自慢の種だった。我が家の結婚式に出席してもらえれば鼻高々で、一族の誇りになる感覚がまだ残っていた。国会議員とのツーショット写真は家宝のような扱いだった。

県会議員も市会議員もみんなが「先生」と呼んでいた。地域の行事でもみんな上座に座り、「先生」に市民たちは頭を下げていた。それは選ばれた人の特権のようなありさまで、議員たちも泰然と座っていた。就職も仕事も「先生」のところに頼みに行く人が多かった。当たり前の風景だった。

いつのころからか議員と言う人たちから権威が薄れていった。並行して投票率は下がり続けた。地方議員に「先生」と呼ぶ人も少なくなった。地方も封権的な空気が薄れていった。一方で利己主義的な人が増え、地域の行事に対しても、常に批判的な人が登場してきた。朝のラジオ体操一つとっても騒音クレームで廃止せざるを得ない地区が続出した。

そんな中、若者たちの社会参加が急激に減少した。もちろん人数が減少したのが大きな要因だが、青年団など若者たちが学び活躍できる場所がなくなった。潜在的に若者はボランティア精神が高い。青年団には企業で働く若者、郵便局で働く若者など多様な職場の若者たちが集っていた。今は若者たちが集う場所が限定的になった。

社会と関わらない若者が増えるにつれ、投票率も急激に低下していった。ほとんどの地域で20代の若者の投票率は20%台ではないだろうか。健全な議会制民主主義を維持するには、これからは大変な時代を迎える。地方選挙で投票率が50%を切ってきたが、この調子だとあと10年後には40%を、20年後には30%を切るかも知れない。これで市民から選ばれた市長、議員と言えるのだろうか。民主主義の土台が崩れかかっている。

この1年間でも実に不細工で汚い生態を見せつける国会議員の多さに、若者たちが自分の1票が役立つなど思いもしないだろう。自民党の公認や推薦さえ受ければ当選するという今の政治家の生きざまに、若者たちが社会へ参加しようとは思いもしないだろう。地方でも1票ではなんら変わらないと思う若者が急増した。

震災などであれだけ多くの若者がボランティアに参加した。まだまだ捨てたもんじゃない。若者の社会参加を促すために何ができるか、大人たちは若者と真剣に向き合う時だ。地方選挙で40%を切ったら無効にするぐらいのことは考えなくては。

(中島