一言進言

県民と接触がない県庁マン

~戦前より怖い国家公務員?~

多くの国家公務員を志望する人たちは、青雲の志を持っていたに違いない。いつの間にかそのころの気持ちを忘れていくようになって、上司の顔色をうかがいながらの業務に追われるようになった。以前は国家公務員の不祥事は主に贈収賄がらみが多かった。最近はモリ・カケ問題始め、時の権力への忖度(そんたく)した結果の不祥事になっている。

昔、城山三郎作の「官僚たちの夏」という小説がよく読まれた。当時一人の男が夢を持ち、政財界の思惑や利害に左右されてはいけないと気概を持ち、次官まで昇っていく官僚の物語だ。映画にもなりヒットした。権力者のため人間一人が死んでもお構いなしに、公文書を改ざんした佐川宣寿元国税庁長官に是非この映画を見てもらいたかった。

もっとさかのぼれば、戦前はもっとひどかったと想像できる。軍部に逆らうことはご法度だったに違いない。日本人がこぞって戦争にまっしぐらに向かっていただけに、国家公務員の非力化はいかほどであったか。戦争が終わり、解放された公務員たちは大張り切りで仕事をしていたに違いない。しかし、ある意味、軍部への恐怖から服従した戦前よりも、今の自らの判断で権力者に忖度して、事実までをねじ曲げている公務員の方が怖い。

一方、地方公務員はどうだろうか。市役所の職員と、県庁の職員と違いが大きい。日ごろ県民と接触する機会がすこぶる少ない県庁マンたちは、実感として県民の存在を意識する度合いが少ない。知事を守るために県会議員にはやたら丁寧な対応をする。「先生」「先生」と持ち上げ、疑問を発する与党議員には即刻説明に伺う。決して議会で追及するような質問をしないように。新人県議の中には、何か錯覚して自分がえらく偉い人になった気になる議員も出る。

今回「県民不在!」と県の市民を全く無視した対応を取り上げた。徳山ポートビルの完成を、市民が見ることもないホームページに載せただけの処置に驚いたからだ。そこにはフェリーの乗客を一人でも増やし、経営を助けよう、観光客をもっと増やそうなどの発想はかけらもなかった。業者以外の県民と接する機会のない県庁マンたちの実態が如実に出た案件だった。

コロナで連日悪戦苦闘する保健所の職員を想うと、同じ公務員とは思えない県庁マンだが、すべての県庁マンではないことが救いだ。なぜ周南地区では期待の大きかった徳山ポートビルが、何の変哲もない物件になってしまったのか、周南市も含め、大いに反省すべきことは後日触れよう。やれやれと疲労感しか残らないポートビル騒動だった。

(中島