一言進言

観光案内所は公共施設?

~役所全体で論議せよ!~

周南観光コンベンション協会第3弾。観光案内所の件。周南市は徳山駅前図書館(徳山駅前賑わい交流施設)の指定管理者としてCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)を選択した。今回の飲食施設だが、防府の店に決定したことは、あくまでCCCの管理者としての責任において決定したもので、行政側は一切関与していない、との立場だ。この担当は産業振興部中心市街地活性化推進課だ。駅前図書館建設時、観光案内所を同施設内に設置するかどうかを検討したが、CCC側の要望なのか、担当部署の判断なのか、結局新駅ビル内には設置できなかった。ちなみに観光案内所は地域振興部の管轄だ。

特産品を共に販売しようと計画、内装は行政が補助金を出して観光案内所と併設でみなみ銀座にまちのポートができた。同協会の特筆すべき活動が「平和の島プロジェクト」だった。それまで大津島の回天記念館は教育委員会の管轄で、記念品一つ作れず、何も売れなかった。プロジェクトチームは一気に海軍カレーなどからクリアファイルなど回天に関するグッズを多数開発、サービスエリアなど各所で販売するようになった。

 特産品販売は、まずは農林課などの産業振興部の管轄で「しゅうなんブランド」として認定している。また周南3市と田布施町で周南地域地場産業振興センターが設立、運営されているが、ここでも周南ものづくりブランドが認定され、多くの特産品が開発された。周南市の将来像を描くのは企画部だ。地場産業の将来を含めて青写真を描く。そこでは観光案内所や特産品売り場は公共施設とみなさないのか。

v 観光案内所とまちのポートの設置場所を決めるのは一体どこの部署なのだろうか。周南市民の所有する駅前図書館だが、CCCを指定管理者にしている。しかし、今回の飲食施設は離れ小島のような位置で、契約の見直しをすればなんとかなると思うのは素人の考えなのか。それにしても周南地区の来訪者へのおもてなし窓口一つが定まらないのに、コンベンションシティやシティプロモーションなど標榜するのは理解できない。庁内に合同で話し合う場面はないのだろうか。各部の連携はどう取っているのだろうか。ここは市議会議員もしっかりして欲しいところだ。縦割り行政はどう解消するのか。そういえば、南北自由通路のトイレにトイレットペーパーをと訴えて、1年後にようやくトイレットペーパーが付いた。おもてなしの心のない街に賑わいも、発展も見えてくるわけがない。

(中島 

上から目線の行政にがっかり

~観光案内所はどこに設置するのか?~

観光案内所は、旧徳山駅ビルの1階にあるのはごく自然で、当たり前の光景だった。駅ビル建て替えと周南観光コンベンション協会が発足する時期が重なり、みなみ銀座に特産品売り場の「まちのポート」と併設で場所が変わった。あくまで仕方なく場所を選んだもので、当初から駅ビル内と思っていた。徳山駅は全ての交通の結節点で、下松市、光市、ともすれば防府市、柳井市までの市民が利用している。逆に他県からの来訪者もほとんどが徳山駅を利用している。だから、南北自由通路か、駅ビルに観光案内所があるのは当然だ。地域への来訪者を迎える一番地だ。

周南市は観光も、スポーツも二重行政の形になっている。行政には観光交流課、文化スポーツ課があり、職員が何人も関わっている。一方、周南観光コンベンション協会、周南市体育協会が業務の委託を受け、観光行政、スポーツ行政のほとんどをこなしている。文化も実際は周南市文化振興財団と周南文化協会が文化行政の主たるところは担っている。最低限の補助金の中で、それぞれの団体は多くのボランティアの力を借りながら、市民を巻き込む啓発活動など、工夫に工夫を重ねてきた。

私は以前から担当課の職員を減らして、減ったお金の半分、いや3分の1でもいいから補助金を増やしてくれと頼んできた。周南市の職員の平均給与は約700万円だ。職員の人数を減らすことは地方自治体の最大の課題だ。少しでもこの民間の力を借りて減らすことが大切だと訴えたが、未だに実現しない。箱モノは行政が作り、運営は民間が担うことで、地域の活性化につながると言ってきた。しかも各団体の職員の待遇は市役所の半分か、それ以下だ。

今回、周南コンベンション協会の願いをはねつけた周南市だが、では一体観光案内所はどこに設置するつもりなのか。せっかくの地域の特産品を内外の人に販売する施設はどこに設置したいのか答えが是非聞きたい。とりわけ観光行政はどこで、どんな将来像を描いているのか聞きたいものだ。2階改札口隣の空きスペースを活用したらと提案したが、あっさり拒否した。今回行政に聞くと「コンベンション協会から何のお願いも聞いていない」との返答だった。周南4商工会議所がJRに請願したのは知っているはずだ。

補助金を出しているからなのか、上から目線の対応にさすがにがっかりした。行政はこれら団体のお陰で市職員ができないことをしてもらっていると認識すべきで、これでは周南市はますます衰退するのは間違いない。役人天国であぐらをかいている地方自治体には将来がない。

(中島 

藤井市政はどこに向かっているのか?

~活動する市民を置き去りにするな!~

先月25日、周南地域地場産業センターで「周南ものづくりブランド」の認定書交付式があった。認定されたのは下松市来巻の農事組合法人21世紀フラワーファームの「パパイヤドレッシング」「パパイヤ茶」、周南市新町のイタリアン食堂Bambooの「Bamboo frozen Meal」など5点。同センターだけで過去の認定品は100種類を超えている。周南市農林課管轄の「しゅうなんブランド」も100種類は超えている。

相当の数を認定してきたが、いざ手に入る場所と言えば、道の駅「ソレーネ周南」か周南観光コンベンション協会の「まちのポート」しかない。もちろん全てではないが、それなりに買うことが可能だ。再開発で移転させられた「まちのポート」が苦労している。行き止まりの路地になって、店の前を人が歩かない。観光案内所と併設しているが駅前からは見えにくい場所だ。

周南観光コンベンション協会は2013年に設立された。市役所内の観光課に事務局があった観光協会を民間で運営することで、もっと大胆に、もっと効果的な活動をと、周南市内の商工会議所、大企業、会社、個人がお金を出し合い、一般社団法人として活動を始めた。職員は数人だが、活動の多くを集まったボランティアたちが支えている県内でも珍しい団体だ。最初の「まちのポート」は、山田石油から「そうした団体なら」との理解で破格の家賃で貸してもらって何とかスタートした経緯もあった。

駅前図書館のフルーツパーラーが撤退して、同協会は何とかその後に入れないかと模索したが、家賃が高いからと断念した。そんな中、家賃が12万円台でプロポーザル形式での募集となり、早速参加を表明して応募した。結果は防府市に店舗がある店が入居することになった。私はがくぜんとした。一体周南市はどこを向いて行政を展開しようとしているのか。あれだけの周南ブランドを誇らしげに認定してきたが、街中で唯一の販売拠点をさておいて、防府の料理店に貸すというのだ。

コロナ禍の中で周南地区の生産者たちは懸命に特産品を開発し製造してきたが、その唯一の販売場所を「公平を期すため」にと他市の店を優遇するとは。一体市長をはじめ行政マンたちは何を考えているのだろうか。観光案内所も人目の付かないところで充分と思うその心境がわからない。

同協会の役員などメンバーは多額の会費を払ってまで、地域の観光を盛り上げよう、地域の産品を少しでも売って支えて行こうと頑張ってきた。地域の中で無償の奉仕の気持ちで活動してきたメンバーたちの「がっかりです」の声に、市長はじめ執行部は何と言って慰めるのだろうか。

(中島 

エチレン噴出で危険な産業道路発覚

~発展の影を直視しよう~

日曜日の朝、知人から電話があった。「新幹線が止まっている。何か高架下で事故があったみたいだ」。すぐ会社に電話して取材を始めた。新幹線の高架下で工事中にガスが噴き出しているようだ。新幹線も急きょ止めて調べているとのことだった。驚いたことに、原因はエチレンの噴出だという。あらためて石油コンビナートの街だと気が付いた。

周南市は戦後、石油コンビナートの街として国内有数の地域となった。1964年、出光佐三社長の提案で「和のコンビナート」結成がなされた。もちろんトクヤマ、東ソーとの三者での結成だった。その年12月、パイプライン完工式で、佐三氏の弟で出光石油化学社長の計助氏は「パイプ1本で結ばれ親子、夫婦より密接な関係になる」と団結を誓った。その後は日本ゼオンが進出、仲間入りを果たし、日鉄ステンレス(日新製鋼)などともつながって行った。

出光からは、重油やエチレンなどを複数のパイプラインで各企業に燃料や原料として供給してきた。重油は現在ストップしているが、それによりトクヤマなど効率的な原料供給で、新たな製品を開発、世界でも名だたるコンビナートとして発展を遂げてきた。各社をつなぐ産業道路はそれらパイプラインを埋設、未だに役立っている。

エチレン供給用パイプが、地表からわずか10数センチのところに埋設されていたのは、今回初めて知った。そもそもパイプラインが産業道路の地中に埋まっているのも意識することが無かった。たまたま水道工事でパイプを破損したが、今まで事故が無かったのが不思議なくらいだ。と思っていたら、半年前トクヤマの正門前で、しばらく道路の真ん中に赤い標識が立っていたが、聞くとそれも破損はしなかったが、道路工事でパイプが傷つき、その修復のためだったという。

「和のコンビナート」完成時は、今のような60センチ以上深く、などパイプの埋設基準もなく、産業道路はまさに、産業界専用の道路として認識されていたのだろう。今回出光からの図面で工事をしたと周南市は言っている。出光側は常に工事をするたびに通知してもらっている。立ち合いもその都度している、と言い分は違うが、なにせ約60年前の工事だ。施工図を水道工事業者に渡したからと言う行政の想像力のなさはいかがなものか。

全長9キロにわたり危険なパイプが埋設されている産業道路は、常に点検はしているだろうが、もう一度県も交えて検証すべき大切な案件だ。今回引火しなかったから言い分もまかり通るが、もし引火していて、その上を新幹線が通っていたらと想像したら、血の気が引く。今後、産業道路の水道工事や、道路工事を請け負う会社はいなくなる。県と市と企業は早急に検証すべきだ。地中のどこを通っているか調べる機械は無いのか。

(中島