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駐車場は20日から使用

周南市新庁舎・6月から有料

 周南市の新庁舎の駐車場が20日から使用できるようになる。30日までは無料で、オープニングセレモニーのため31日から6月2日まで閉鎖、3日から有料での使用になる。

完成した駐車場

完成した駐車場

 新庁舎の駐車場は建物の南側にあり151台分。料金ゲートを設置していて24時間使用できる。3日からは平日の午前8時から午後6時までは2時間まで無料、午後6時以降と土、日、祝日は1時間100円の駐車料金が必要になる。
 ただし、市役所に手続きに訪れた人や建物内のカフェ・レストラン、交流室、市庁舎北側の中央図書館の利用者は平日に2時間を超えた場合や、土日曜・祝日も手続きをすることで無料になる。このため7カ所に無料化に必要な認証機を設置する。
 市民館あとの臨時駐車場(85台分)、徳山保健センターの駐車場(38台分)も当面、使用できるが、6月中に片方ずつ閉鎖して料金ゲートを設置し、7月からは新庁舎駐車場と同額の駐車料金を徴収する。
 ただ、長時間、駐車した場合、新庁舎、徳山保健センターは12時間ごとに最大1,000円だが、臨時駐車場は24時間ごとに最大600円で、長時間の場合は同駐車場の方が安くなる。
 有料化の理由について市では必要な人の駐車スペースを確保するためと説明している。問い合わせは行政管理課(0834-22-8621)へ。

【きょうの紙面】
(2)徳山駅前再開発で周南市都市計画審議会
(3)山口銀行が来春、周南団地支店に保育施設
(4)徳山大の留学生と久米小児童が異文化交流
(5)周南文化協会が総会、西崎会長を再任

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地域に不可欠な基幹病院に

[この人に聞く]周南記念病院院長 橋谷田 博(はしやだ・ひろし)さん(62)

 下松市生野屋南の周南記念病院の新院長に橋谷田博さん(62)が就任した。経営母体の社会医療法人同仁会の中元賢武理事長(70)が理事長職に専念のため、兼務していた院長職を退いたため。周南地域では周南市の徳山中央病院に次ぐ基幹病院であり、地域の期待も大きい。現状や今後の見通しを聞いた。(聞き手・山上達也)

190516

 ――院長に就任のお気持ちは。
 橋谷田 来年で開院20年。改めて地域になくてはならない病院づくりに努めます。周南地域では徳山中央病院が救急患者を年間約5千人、うちが2番手で約2千500人を受け入れています。
 ――頼りになる病院は必要ですね。医師に求めていることは?
 橋谷田 救急患者を365日断らないようにしています。働き方改革の一環で、夜間当直した医師は翌日は休ませています。
 ――医師の過労は全国的な課題ですね。医師は何人いますか。
 橋谷田 常勤の医師が18人、非常勤が35人います。夜間当直の医師は多くの病院で50歳まで。でもうちは65歳まで平等に当直しています。だから私も当直していますよ。
 ――患者の受け入れを「断らない」体制の維持は大変ですね。
 橋谷田 症状では非番でも出動してもらうオンコール体制を敷いています。半面、うちにない科目の患者を受け入れられないのは残念なことです。
 ――看護師にはどんなことを求めますか。
 橋谷田 常勤169人、非常勤19人の看護師がおり「安全」「正確」「優しさ」を求めています。日本看護協会の認定看護管理者の有資格者も1人います。
 ――看護師の働き方改革はどうですか。
 橋谷田 家庭と仕事の両立が大切。例えば子どもの運動会、卒業式、参観日などに休めるよう心の通うシフトづくりをしています。
 ――病院経営の上での課題はありますか。
 橋谷田 医師不足が最大の課題です。うちは山口大、長崎大、広島大、佐賀大、産業医大から医師の供給を受けていますが絶対数が足りません。医師を目指す人が増えないと、医師不足はさらに拍車がかかります。
 ――地域貢献は今後も続けますか。
 橋谷田 市民健康公開講座、ミニ介護教室は地域のために続けます。講師側の意思や看護師も市民向けの説明を準備、勉強することがスキルアップにつながっています。
 ――市民へのメッセージをどうぞ。
 橋谷田 医療のあり方はこれから劇的に変わります。一人一人がどんな人生の終末に向かいたいか、いろんな医療を選択できる時代になりました。うちにもさまざまな医療メニューがありますので、ぜひご相談をいただきたいと思います。

 [プロフィール]
 1957年、北海道帯広市に生まれた。父が転勤族のため小中学校は東京、千葉で過ごし、愛媛県宇和島東高、長崎大医学部卒。北九州市立八幡病院、大分県立病院などを経て周南記念病院に2000年の開院と同時に着任し、外科部長、救急部長、副院長を務めた。専門は血管外科。趣味はスキーとウオーキング。好きな言葉は「ネバー・ギブアップ」。妻、社会人の長女、大学院生の長男と4人家族。下松市東陽。

【きょうの紙面】
(2)市職員の出前講座、周南市は13,000人受講
(3)笠戸島イカダまつり、参加艇募集開始
(4)南陽自校でヤングドライバーコンテスト
(5)室積の普賢まつりに2日間で30,000人

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予定超えて1,700台

周南市が2千円で販売
防災ラジオ提供に遅れ?

 周南市が市民に購入を呼び掛けた防災ラジオの申し込みが予定の千台を大きく超えて1,700台分あった。6月から販売するが、超過分の700台はこれから予算を確保して発注するため、実際に市民の手に届くまで数カ月かかる可能性もある。

提供される防災ラジオ

提供される防災ラジオ

 申し込みは4月15日から5月10日まで市役所の防災危機管理課と各総合支所、支所で受け付けた。定価は9千円だが2千円で購入することができる。千台はすでに発注していて早く申し込んだ人から順に6月から通知書を送って申し込んだ場所で代金と引き換えで受け取ることができる。
 防災危機管理課では申し込みをした人はもちろん、今回、申し込まなかった人でも必要な家庭には提供したいという。ところが千台を超える分は直近の市議会に補正予算案を提出、入札で業者を決めて発注するが、特注品になるため納品まで時間がかかり、今年の梅雨などには間に合いそうにない。
 このラジオは災害時、緊急時や訓練でも市の緊急放送で自動的に電源が入り、最大音量で避難情報や防災情報、Jアラートによる国の緊急情報などが流れる。ふだんはコミュニティFMラジオ「しゅうなんFM」を受信できる。コンセントに常置、差し込んで使用するが、停電時には乾電池も使用できる。
 同市は4月から「防災情報伝達収集システム」の運用を開始し、防災行政無線を使って全市でスピーカーから緊急放送ができるようになったが、風雨の中で室内にいた場合など、聞き取りにくい家庭、職場などもあることからこれを補う手段として防災ラジオが役立つとみられている。
 同課では、反響の大きさに驚いている。「昨年の集中豪雨で関心が高まったのだろう」と話している。また各地区の防災組織が200円の補助金を出して呼びかけたのも注文増につながったと見ている。

【きょうの紙面】
(2)鹿野の産物のふる里マルシェかのオープン
(3)金井金属工業が下松市に300万円
(4)還暦の大橋邦男さんが半生記出版
(5)7月10日から光市民夏季大学

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「ヒロシマ」テーマに石村展

22日までくまげの美術室

 周南市の熊毛中(秋山久夫校長、372人)に開設されている「くまげの美術室」で9日から周防大島町在住の画家、石村勝宣さん(70)の作品展が開かれ、被爆地の「ヒロシマ」をテーマに油彩画11点を出品して関心を集めている。22日まで。

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 石村さんは美祢市生まれだが広島に住んでいたことがあり、被爆者の遺品を見たり、体験談を聞き、作品にしていいのか、悩みながらも作品にしなくてはと描くようになった。展示作品のうち「原爆の子の像」に子どもたちが祈りを捧げるF130号の「よき祈りよ こもれ」、原爆ドームを見学する子どもたちを描いたF130号の「死と焔の記憶に」は原爆をテーマにした原民喜の詩「永遠のみどり」の一節をタイトルにしている。
 炎を背景に蝶が飛ぶ様子を描いたF100号の大作「炎」やヒロシマに関連した記事が掲載された新聞紙に包まれた人物が手だけを出している「肖像」などと、被爆地に咲く花をイメージしたボタンなどの作品を展示している。11日は同校の生徒や市民に作品について解説もした。運営に携わるスタッフの一人は「リアルな絵で迫力がある」と話している。
 石村さんは個展を中心に作品を発表しているが、くまげの美術室で最初の企画展に作品を出品した周南市の画家、河村純一郎さんの紹介で今回の作品展が実現した。
 このスペースは芸術鑑賞の機会が限られている生徒たちや住民に優れた作品を見てもらおうと空き教室を改装して昨年5月に開設。企画展は学校応援団「くまげの美術室」実行委員会の主催。この1年間に生徒を含めて延べ3,195人が訪れ、ボランティア485人が参加している。
 無料。開場は午後1時から4時半まで。問い合わせは末広さん(090-7508-2546)へ。

【きょうの紙面】
(2)徳山商議所で古川跨線橋の説明会
(3)西京銀行が決算、アパート融資から撤退も
(4)笠戸島まつりに3千人、ひらめ雑炊も好評
(5)束荷小児童がふれあい茶園で茶摘み

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駅前一等地の「工業会館」売却

下松工高同窓会・テナント撤退で苦境に

 下松市の下松工高の同窓会、下松工業会(村中一雄会長)が所有する北斗町の下松工業会館が土地とともに売却されることになった。JR下松駅北口という一等地に立つ物件だけに、売却の行方が注目される。(山上達也)

法人格持つ同窓会が土地、建物所有

 同会は公立の高校の同窓会には全国的に珍しい一般社団法人。同会館は1971年の建設から48年たって老朽化した上に耐震性も不足し、テナントが2016年に撤退して以降は新たな入居者もないため、11日にきらぼし館で開いた総会で売却することを決めた

総会であいさつする村中会長

総会であいさつする村中会長

売却する下松工業会館

売却する下松工業会館

 同会館は下松駅北口から徒歩1分という好立地で、222.5平方メートルにの敷地に立つ鉄骨3階建て462平方メートル。1階は以前レストランが入っていた貸しテナント▽2階は同会事務局、資料室、10畳~12畳の貸会議室3室▽3階は27畳の大広間と、24畳の大会議室がある。
 同会は同窓会ながら法人格を持ち、独自のビルを土地と共に所有する珍しい形態の同窓会で、母校に対する物心両面の支援も手厚い。
 2年後の開校100周年に向けて同会は2,300万円を目標に記念事業実行委員会(藤井勝委員長)が募金活動に取り組んでいる。同窓生のうち会社経営者や企業の総務担当者が3年生対象の就職面接の練習で講師役を務めて、就職率の向上に協力している。

経常収支も悪化「売却やむを得ない」

 同館の売却は総会で村中会長が「テナント撤退後の賃貸収入ゼロで経常収支が大幅に悪化し、会館維持は赤字が続く見込みの上、耐震工事やリニューアル工事は現有資産では難しい。会の安定的、継続的な事業のために会館の売却はやむを得ない」と説明。現在、1件ほど売却に向けた引き合いがあるという。
 出席者から売却後の事務局の移転先を問う質問には、村中会長が「どこか安く借りられるところを探したい」と答えた。反対意見はなかった。
 総会は同校の吹奏楽部(鬼武晃徳部長、22人)が「山松工(さんしょうこう)メドレー」など同校ゆかりの曲を演奏して幕開け。村中会長は「母校と連携して3年後の開校100周年を盛り上げたい」とあいさつし、100周年記念事業実行委員会の藤井委員長も会員一人一人に一口1万円の協力を求めた。
 総会後は徳山大出身で美祢市在住のパーソナリティ、永谷青空さんが「君住む街で公園デビュー~恋と音楽とコミュニケーション」の演題で講演した。

【きょうの紙面】
(2)厳かに周南市戦没者追悼式、慰霊祭
(3)周南少年少女発明クラブが開講式
(4)障害者支援施設の鹿野学園が50周年
(5)豊井小の校内にある水田で田植え

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北朝鮮帰国の記念樹を移植

[金曜記者レポート]
周南市庁舎建て替えで
60年前の「思い」を長く

 60年前の1959年、北朝鮮に帰国した在日朝鮮人が現在の周南市役所の駐車場の植え込みに植えた記念樹のヒマラヤスギと記念碑が、本庁舎の建て替えに伴って県道下松新南陽線沿いの植え込みに移された。ヒマラヤスギの樹齢は100から150年とされるだけに、記念樹と記念碑に託した帰国者の思いはさらに長く伝えられそうだ。(山上達也)

移植したヒマラヤスギ(右)と移設した記念碑

移植したヒマラヤスギ(右)と移設した記念碑

・祖国帰還者の思い込めて
 在日朝鮮人の祖国帰還者は59年12月に新潟市の新潟港を北朝鮮船で出港した976人が最初で、84年までに9万3,340人が祖国の北朝鮮に帰った。
 当時の徳山市や都濃郡南陽町、下松市、光市にも戦前の徳山海軍燃料廠や向道ダム建設工事で働いた人たちを中心に朝鮮半島の出身者が多く暮らしていたとされ、北朝鮮への帰還運動に呼応して多くの人が帰国した。
 その際、記念樹で植えたのがヒマラヤスギで、54年に建設した徳山市役所の駐車場の南端の植え込みに植えられた。根元に据えられた御影石製の記念碑の表には「朝日友好/親善万才」▽裏には「朝鮮民主主義人民共和国/帰国記念樹/1959・11・30/徳山在住朝鮮人帰国者一同」と彫られている。
 記念樹や記念碑は帰国者が貸金を出し合って建立したとされ、植樹式には当時の黒神直久市長も立ち会ったと伝えられている。

・動物園に仮植えして移植
 それから57年後の2017年、市役所本庁舎の建て替えで記念樹と記念碑の位置が会議室などが入る“シビックプラットホーム”と重なることがわかって、別の場所に移されることになった。
 記念樹は直径約40センチ、高さ約10メートルに大きく育っていたため、市は高さをトラックで運搬可能な5メートルていどに切り、徳山動物園に運んで仮植。新庁舎の駐車場の整備が終わった今年4月、かつて植えてあった場所から西へ約10メートル離れた植え込みに植え直した。根づきは大変よく、強い生命力を感じさせるという。

・同胞に「たくましく生きろ」のエール
 帰国者のその後の安否は不明なケースが多く、北朝鮮の食糧事情や経済状態の悪化もあって、60年後の今も存命している人は少ないと見られる。
 市内在住の在日朝鮮人6世の男性は「私たちの先祖は戦後、差別と偏見を浴びて大変な苦労をしながら生活の基盤を築いたと聞いている。記念樹や記念碑は自分たちの帰国の記念と同時に、日本に残る同胞に“たくましく生きろ”というエールでもあったと思う。そのシンボルである記念樹や記念碑を市が大切にして下さることは、とてもうれしい」と喜んでいる。

【きょうの紙面】
(2)光市議会が17人にモニター委嘱
(3)新南陽商議所が街カフェ通りプロジェクト
(4)フォトコンの鹿野賞に「網代の舵取り」
(5)久米でドライバーに児童の安全呼び掛け

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ふるさと大牟田で「第3の人生」を

光市立図書館から里帰りの路面電車
西鉄観光列車と相乗効果に期待

 戦中から戦後にかけて福岡県内の西日本鉄道(西鉄)を走り、引退した1975年から2011年まで36年間、光市立図書館で子どもの読書室として親しまれた後に大牟田市の市民団体の手で同市内に里帰りしていた「路面電車204号」が3月、大牟田駅西口前広場に移設され、同市の観光のシンボルモニュメントとして“第3の人生”を歩み始めた。(山上達也)

 204号は1943年に製造。西鉄の大牟田市内線を52年まで営業運転し、その後は福岡市内の路線も走って75年に廃車になった。それを知った光市の松岡満寿男市長(当時)が西鉄に要請して車両を引き取り、完成直後の市立図書館の中庭に置いて子どもの読書室として活用した。
 しかし車体が老朽化したため、光市は2010年に解体を決定。それを知った大牟田市の市民団体「204号の会」が光市に引き取りを申し出て、同会が大牟田市民から募ったカンパでチャーターしたトレーラーに積んで11年4月に大牟田市に持ち帰り、同会の支援者が経営する市内のうどん店の駐車場の一角に仮置きした。
 その後も同会は204号の車体を塗装し直すなど保存活動をしながら活用法を探っていた。すると西鉄が西鉄福岡駅―大牟田駅間に観光列車「THE RAIL KITCHEN CHIKUGO」を今年3月から運行するのに合わせて、市が大牟田駅西口の活性化へ観光案内施設を設けようとしていることがわかり、同会が204号を市に寄付する形で204号を観光案内所にすることになった。

整備された車内

整備された車内

車内の案内文書

車内の案内文書

 204号は西鉄とJRが相互乗り入れしている大牟田駅の西口広場に安置され、車内に係員は配置されていないが誰でも自由に出入りできる。車内には市内外の観光パンフレットが置かれ、ベンチも新調したので休憩所としても使える。
 西鉄は204号電車の活用を機に、周囲でマルシェなどを開いて市と協力して駅のにぎわいづくりに努める考えで、観光列車との相乗効果を期待している。
 本社にこのことを連絡してきた204号の会の世話人、古賀知行さん(70)=大牟田市=は「204号がふるさとで安住の地を得たことを光市の皆さんに報告したい。204号に思い出のある方は大牟田に会いに来てほしい」と話している。

【きょうの紙面】
(2)移転した光総合病院の外来診療スタート
(3)ヤマウチスポーツが創業50周年ゴルフ大会
(4)新南陽ゴルフフェスティバルで福祉に寄付
(5)11日から野村さんの林賞受賞写真展

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新規顧客と用途開拓へ

[この人に聞く]東洋鋼鈑下松事業所長 甲斐 政浩さん(54)

190508

 下松市の東洋鋼鈑下松事業所の新しい事業所長に甲斐政浩さん(54)が就任した。同社は昨年、東洋製缶グループホールディングス(GHD)の100%子会社になったが、地域経済に果たす役割はこれまでと変わらない。事業所の現状と展望を聞いた。(聞き手・山上達也)

 ―事業所長に就任のお気持ちは。
 甲斐 安全と防災に一層力を入れ、安心して働ける職場環境づくりに取り組みます。
 ―具体的にはどんなことでしょうか。
 甲斐 リスクマネジメントを洗い出して設備上の課題を抽出し、設備面や管理面の対策を講じてきました。災害が起きにくい対策を継続的に進めます。
 ―GHDの100%子会社化で下松事業所に変化はありますか。
 甲斐 直接の変化はありません。2015年の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)を東洋製缶グループ各社で共有し、当事業所でも推進していきます。
 ―東洋鋼鈑といえば底の白い飲料缶の材料を供給していることで有名ですね。
 甲斐 それが苦戦しているんですよ。アルミ素材の飲料缶やコンビニなどのカップのコーヒーに押されて、スチール缶の市場がピーク時から大きく減っています。
 ―それは大変ですね。克服策は?
  甲斐 既存のお客様への供給責任をしっかり果たしながら、新規のお客様や用途を開拓していく必要があります。特に、ハイブリッド車や電気自動車などの電池材での需要の増加を目指します。
 ―暮らしの中にも東洋鋼鈑の素材は身近にありますね。
 甲斐 ユニットバスの壁材や、テレビやスマートフォンなどの液晶フィルム、パソコンのハードディスクなど暮らしのさまざまな場面で使われています。
 ―がん治療の遺伝子解析キットの開発はどうですか。
 甲斐 本格的な事業化に向けて関係者一同が全力で取り組んでいるところです。
 ―トルコ現地法人に赴任されましたね。
  甲斐 工場の立ち上げで2年4カ月滞在しました。工場の生産は順調なのに、現地通貨のリラ安で利益が薄い状態が続きました。業績回復が課題です。
 ―地域との連携はどうですか。
 甲斐 事業所開放デーの「TK WORKSフェスティバル」はもちろん、子どもたちの夢を育む下松市への寄付を続け、地域行事にも積極的に協力します。
 ―市民へのメッセージをどうぞ。
 甲斐 下松市は暮らしやすい素晴らしい街で、私の第2の故郷。新技術の開発や生産を通じて市政や地域に貢献していきます。

 [プロフィール]
 1965年、熊本県砥用(ともち)町(現美里町)生まれ。宇土高、熊本大学工学部卒、同大学院工学研究科材料開発工学専攻修了。89年に入社し技術研究所研究部長、本社技術企画部長、トルコ現地法人“Tosyali-Toyo Steel”取締役、執行役員下松事業所副所長兼生産部門長を務めた。妻と高校生、2人の中学生の計3人の娘と下松市西柳で暮らす。

【きょうの紙面】
(2)都市対抗野球予選の光シーガルズに光市旗
(3)大津島に島食堂ひなたがオープン
(4)鹿野の長野山で山開き、「天空カフェ」も
(6)19日まで冠山総合公園でばら祭

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「令和」始まる

初日に婚姻届
光市・市長が祝福、記念撮影も

 「令和」に改元された初日の1日、光市は市役所1階ロビーに婚姻届受付の臨時窓口と記念撮影コーナーを設けて、届け出に訪れたカップル7組を歓迎した。午前中は市川市長が常駐して祝福した。
 1日は大安でもあるため婚姻届が多く届け出されると想定し、シティプロモーションの一環で企画した。
 ロビーに設けた記念撮影用のバックスクリーンは市長室から移動させたもので、スクリーンに張った毛筆の「令和元年五月一日」の文字は市生活安全課の小田忠司課長の筆。かかった費用は記念品として渡したステンレス製のスプーン2本ぐらい。記念撮影用のブーケやメッセージボードも用意した。
 午前8時半の開庁と同時に来庁したのはともに島田の山崎金属工業に勤める手島和博さん(40)と望さん(41)=島田=。和博さんは三井出身、望さんは熊本県大津町出身で、山崎金属工業で知り合った職場結婚。すでに3月18日にハワイで挙式をしたが、和博さんが「同じ届け出を出すなら令和元年の初日に」と望さんを説得して、この日1番乗りで届け出をすませた。

記念撮影する手島さん夫婦と市長

記念撮影する手島さん夫婦と市長

 2人は「共に支え合って明るい家庭を築きたい」とうれしそう。市川市長から記念品を受け取り、一緒に記念撮影をして祝福した。
 その10分後には2番目の末岡宏章さん(37)と祐子さん(40)=室積=が届け出。2人は「明るく笑顔が絶えない家庭をつくりたい」と話していた。
 市川市長は「市から心ばかりの歓迎をさせてもらえた。たくさんの人に光市に住んでもらい、活力を与えて欲しい」と話していた。この日は出生届2件も提出された。

【きょうの紙面】
(2)遠石八幡宮で新帝陛下御即位奉祝祭
(3)稲穂祭・きつねの嫁入り、70周年へ実行委
(4)永源山公園つつじ祭りに2万7千人
(5)花岡八幡宮で子ども角力(すもう)大会

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村谷さん(下松出身)の小説

『ふしぎ荘で夕食を』
メディアワークス文庫賞受賞

 下松市出身の村谷由香里さん(31)のライトノベル『ふしぎ荘で夕食を~幽霊、ときどき、カレーライス~』がKADOKAWAの第25回電撃小説大賞のメディアワークス文庫賞を受賞した。古アパートの住人と幽霊の交流を描くファンタジーでメディアワークス文庫から発刊された。

村谷由香里さん

村谷由香里さん

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 物語の主人公は大学生の青年。家賃4万5千円の夕食付きアパートに住む。建物は古びていて幽霊がすみついている。住人は個性的な人物ばかりで幽霊の存在を意に介さず、食卓に招き入れる。
 村谷さんは華陵高を出て山口大人文学部に進んだ。小説で描かれる大学や街は山口大と山口市がモチーフになっている。
 メディアワークス文庫賞は電撃小説大賞の部門賞で、日本で最大規模の小説の新人賞に位置付けられている。村谷さんの小説は「文章力があり、登場人物が個性的」と評価され、応募総数4,843作品の中から選ばれた。
 村谷さんは小学生のころから小説を書くのが好きで高校、大学では文芸部に所属した。大学を出てから販売店員やライター業で生計を立てながら小説を書き続けた。27歳の時に拠点を福岡市に移し、創作活動を本格化させた。ファンタジーを得意とし、今作品で作家デビューとなった。
 村谷さんは「小説に出る大学が山口大と同じように山のふもとにあるなど山口の雰囲気が色濃く出ているので地元の人なら身近に感じて楽しめると思う」と話す。
 文庫判304ページ。税別630円。県内では27日に書店に並ぶ。

【きょうの紙面】
(2)光、周南市が5月1日に婚姻届コーナー
(3)出光興産徳山事業所で新型分解炉起工式
(4)高・大生に周南市の企業ガイド、サイトも
(9)5月3、4日、永源山公園つつじ祭り

※次の発行は5月7日(火)となります。あしからずご了承ください。なお、本日は12ページとして、周南の「平成のあゆみ」を掲載しています。

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