一言進言

明治維新がいまだに残る進路指導

~県内の大学説明会ようやく~

激しい選挙の後は少々しこりが残る。熱心に応援すればするほど気持ちの切り替えが難しい。島津幸男市長誕生の時も激しかった。最後には百条委員会まで設置して続投させなかった。藤井周南市長誕生でも反発は残った。夫の故藤井真県議からずっと自民党が支えてきたが、その自民党の仲間たちからの反発が激しかった。立候補までの過程が気に食わなかったのか、徳山大学校友会が藤井市長を応援したからか、自民党長老市議2人が珍しく語気を強めて藤井市政を攻撃した。

最終的には藤井市長最初の予算案は、共産党を除いた全員の賛成で可決された。徳山大学公立化への調査費は、最後まで長老2人から反対意見が出たが、中では、コンサルタントへ依頼することへの不信はもっともだった。何でもかんでも地方自治体はコンサルタントへ頼む。中央のコンサルタント業者の金太郎飴的なまとめ方へは私も反発する。この地方の特性をよく理解したコンサルタントはそうそういない。調査の方法は大切だ。

前回も触れたが、徳山大学が変革し、地域の重要な「知の拠点」になることは、お金もかからず、若者定住に最も有効な手段の一つだ。5、6年前から提案してきたが、ようやく端緒についた。当時県議だった藤井市長にも手伝ってもらって、県の教育委員会に何度も足を運んだ。県教育委員長だった山縣俊郎氏も一緒だった。山口県の公立高校では県内大学の説明会も開かれなかった。広島県では他県の大学案内すら置かせてもらえなかった。県内の高校生が県内の大学に進学することが、どれだけ大切かを説いた。

驚いたことに、県教委は「現場がなかなか難しい」だった。とにかく上に上り出世することを目標にした進路指導が主流で、地元に残れとはよう言わない、とのことだった。幾度かの会合を経て、ようやく次の年から県の方針で地元の高校で、地元の大学の説明ができるようになった。明治維新の気概がここまで山口県教育に残っていたかと3人で嘆いたのを覚えている。

藤井市長は多分そのことが、頭の中に残っていたのだろう。公立化はその延長線上の発想だ。私たちの時代は当然のように、山口大学などを進める進路指導は聞かなかった。そういえば故藤井真県議は子どもの進学に山口県にこだわっていた。山口県以外は行かさないまで言い切っていた。

(中島 

検査キット大量に作れ

~国防と思って取り組め~

マスクが店頭から姿を消して久しい。人々もあきらめた感もある。トイレットペーパーは並び始めた。マスクは感染予防には大して効果が無いと繰り返し報道されても買い求める人が絶えないようだ。群集心理の怖さを垣間見た感じだ。マスクを買い求めて並んでいる女性に1枚のマスクを渡して立ち去った男性の話がネット上で話題になっていた。素敵な人だとの評価が多かった。

いつ収束するか誰にもわからない事態で、私たちはどうすればいいのか。ひたすら家にこもることしかないのか。もしこの状態が4月いっぱい続いたらと考えると空恐ろしい。4月は始めることが多い月だ。入学式、入社式、年度の初めで様々な行事が目白押しの季節だ。移動する機会も多い。

休校になって、近くの公園に男の子たちがサッカーをしている姿を連日見るようになった。家にこもれと言っても我慢できない。体が運動することを要求している。屋外での感染例がどれくらいあるのか明白でない。花見の季節になるが、桜の下で花見をすることへのリスクがどれくらいあるのかわからない。

素人考えでは、求める人がみんな検査できる状態をどれだけの速さで実現できるかにかかっている。全国で一日10万人、都道府県で言えば2千人、地方自治体で言えば150人平均検査ができれば不安はなくなる。検査キットを大量に供給できる体制を作るのに一体いくらかかるのだろうか。簡易検査キットの開発はどうなっているのだろうか。いつ頃出回るのだろうか。記者会見でもさほど話題にならない。

我が国の技術力を結集、生産力をフル稼働して検査キットを大量に作ることができれば、一気に不安は減少するはずだと素人は考える。発生して1日4千人可能と言っていたが、実際は1千人足らずだった。今度8千人可能と言っている。この程度の国力だったのかと、がく然とする。国を守る戦争と思えば10万人ぐらいは可能ではないか。東ソーでも開発している。すべてのメーカーが力を合わせればできる。

(中島 

公立化は若者定住に効果大!

~高校生に続け~

周南地区の工業高校などに進学した若者は恵まれている。沿岸にずらりと並ぶ大企業の工場群とそれを取り巻く企業群が、毎年大量の若者の受け入れ先になっている。多くは自宅から通勤、若くして家庭を持ち、近くに親が住み、早い段階で自宅を所有、親も子供も幸せな家庭環境を構築している例が多い。

それでも大量の若者が毎年域外に流出している。特に専門学校や大学進学で出ていく例が圧倒的に多い。周南市と光市で毎年1,500人以上の若者が出て行っている。これをどう食い止めるかが、周南地区の大きな課題だ。

山口県東部で唯一の大学が徳山大学だ。数年前から私たちは徳山大学に提案してきた。周南市の職員と、徳山商工会議所の職員と一緒に出向き、どうしたら地域の高校生が徳山大学に進学するようになるか、課題と解決策を共に考えようと働きかけた。結果は今でも立派な大学でその心配はない、とかたくなな態度でその作業は断念した。

しかし、理事長が池田和夫氏になり、任期半ばの学長も退任させ、昨春高田隆氏に代わり、大学の姿勢も一変した。一気に大学を変えようと動き出した。

地方大学の在り方を根本から考え直し、地方自治体の役に立つ研究者、地方の中小企業の商品開発、販路の拡大をはじめ、企業に役立つ研究者、地方の福祉向上に役立つ研究者など、教授陣の再構築に乗り出し、教育もキャリア教育に力を入れるなど、学生のレベルアップに相当の力を注入することになった。当然目的は地元の高校生が地元の大学に通い、地元の企業で活躍することだ。

公立大学になると、政府から所在地の市に交付金が出され、授業料が最低でも20万以上安くなる。年間50万円台の授業料で大学に行けるようになる。通学圏域に住む若者は、アルバイトをしながら大学に行けるようになる。所得が低い母子家庭でも大学進学の可能性が高まる。ある企業では県外出身者はほとんどが中途退社するという。数人の若者を県外から定住させるため県や市はいったいどれくらいのお金を費やしているだろうか。1人1千万円は下らない。

徳山大学にも課題は多い、解決すべき問題に真正面から取り組み、役立つ人材を送り出すことが緊急の課題だ。公立化は改革への大きな後押しができる。応募者が増え、偏差値も上がり、そして、懸念の経営安定以上に、大きな利益を上げることも可能だ。ここに大学があって良かったと思える日は近い。

(中島 

我が国に疫病対策機関は無いのか

~仲間で自粛は止めよう~

伝染病で世界中がパニック状態になる映画は数多い。代表的なのがダスティー・ホフマン主演の「アウトブレイク」だった。最後には血清を作り、なんとかめでたしめでたしになる。映画では大概ヒーローが活躍して人類を救う。


安倍首相はすべての小中高を休校、人が集まるなと警告を発したが、解決策はないままなのが現状だ。新型コロナウイルス対策に先はまだ見えない。何しろ感染したかどうかも検査機材が少なく、確認もできない有様だ。わが国には大規模な疫病に対する専門的機関もないのだろうか。首相が独断で休校を決断したと報じている。国家としての記者会見に専門家が登場することはないのか。厚生労働大臣に詳しい説明ができるわけがない。


各報道機関は、様々な研究者を登場させ解説させて見せる。責任ある人は果たして誰なのか。わからないから国民はマスクを求めて右往左往する。次にはトイレットペーパーを求めて長蛇の列を作る。疫病対策研究機関のトップは誰なのか。一番正しい対応はいったいどうすればいいのか。200人規模の感染者が出たが、これは国家的危機なのか。それとも検査すれば膨大な感染者がいるのか。


ここ周南ではほとんどの行事が中止になった。一つ言えるのは、中止にしろ、開催にしろ、決める人間が最も苦悩する。肝要なのは、参加者は一切文句を言わないことだ。粛々と決定に従うべきだ。怖ければ欠席すればよい。卒業式も価値観の違いで実施してもよし、中止にしてもよし、主催者の気持ちで決めればいい。マスクを求めてお店を探し求めている間に感染するかもしれない。これだけ狭い国土で人に接しないで過ごせるわけはない。感染すればその人の運命だ。


先ずは最新の検査機材を全国に配置することだ。疑わしい人が速やかに検査してもらえる体制を作ることだ。治療薬は必死で開発しているだろう。あのエイズだって今は死ぬ人が激減した。きっと何とかなるだろう。人間と伝染病の戦いは今始まったことではない。古来から新たな伝染病が次から次へと出てきた。その都度多くの犠牲を出しながら解決に向かってきた。


怖い人は家にこもればよいが、そうでもない人は日常の活動も楽しめばよい。今、飲食店は大変な状況になってきた。周南地区も例外でない。仲間内の集まりまでも自粛する必要はない。こんな混とんとした状況だけに、大いに楽しめばよい。ヒーローがいつか登場することを願ってコロナビールでも飲み干すか!

(中島 

大丈夫か再開発?

~テナント集めは?買い上げ資金は?~

全国の地方都市が再開発に挑戦してきた。商店街も様々な試みをして再生を図ってきた。しかし、成功例は少ない。まずは商店主たちが本気で生き残りを決意、業態を変えてでもの気持ちがないと消費者は反応しない。全国的な有名店の出店はほぼ望めない。四国の丸亀商店街が再生例として知られているが、そこには相当の工夫と、商店街の本気さが見える。

いよいよ旧徳山市の中心市街地の再開発組合が発足した。理事長の小野嘉久さんは面識もなく、どんな人か知らない。知る人も少ないだろう。中心市街地活性化協議会を立ち上げた一人として、心配な事柄を今のうちに書いておこうと思った。なんとしても成功させないといけない事業だけに、期待も大きい。

マンション棟や、山口銀行や徳山商工会議所が入居する駅前棟などは問題ない。マンションもすぐに売れるだろう。組合員へのリスクは無いに等しい。一番リスキーな部分が商業棟だ。約3000坪の商業スペースをどう維持するか、誰が責任者で運営するのか、当然、再開発組合が責任を持つのだろう。30億円の税金を使うのだから当然だ。

結局、商業スペースの土地は、徳山商工会議所を中心に作った買い上げ会社がお金を集め、買い上げる予定になった。これで組合員のリスクは相当解消されることになった。坪約100万円の買い上げ価格だ。今時、地方都市で3,000坪の市街地をこれだけの価格で買い上げる投資会社はそうざらにない。

昔、私がよく知る大手ゼネコンでデベロッパー部門のトップに頼んで診断してもらったことがある。ここに投資してもらえないかと。彼は調査を開始し、しばらくして「だめだ。この市にはグランドデザインがない。人口対策も含め、将来像がまるでない。こんな市に投資は無理だ」と、伸びる要素がないとのことだった。「ここはポテンシャルは高く、潜在的にはまだまだ力を引き出せる」と反論したが、外部からの一つの見方だと当時思った。

土日は特に閑散となる今の中心市街地に、新しい商業棟の出現で賑わいを少しでも取り戻せるか。余程のテナントを集めないと持続は難しい。今、周南市で一番集客しているといわれるゆめタウン徳山だが、私が見る限りこの1年でも数店のテナントが入れ替わった。かくも厳しいものかと驚かざるを得ない。

土地の買い上げへの投資は誰がするのか、テナント集めはどこがするのか、まだまだこれからだ。できうれば市民がこぞって参加し、協力できる仕組みはないものか。市民が盛り上がらない限り商店街の再生は難しい。地方都市の悲哀は痛いほど目のあたりにしてきた。

(中島

軽薄病が蔓延する日本

~伝染を食い止める治療薬は?~

19世紀末、中国を起源とするペストが世界中に広がり、1,000万人ともいわれる死者を出した。北里柴三郎はペスト菌を解明、後に治療薬抗血清の開発につながった。様々な伝染病が世界で流行し、人類の歴史は伝染病との戦いだった。それは今でも続いている。

昨年末からここ周南地区でもインフルエンザが流行。学級閉鎖などが急増した。そんな中、今度は新型コロナウイルス感染症の大流行が襲ってきた。単に疾病者が急増しただけでなく、株価の下落など世界経済にまで影響してきた。エイズの時もそうだったが、今は人の移動が頻繁で、世界中にあっという間に広がるのが怖い。

しかし、人類も大したもので、ほとんどの伝染病の治療薬を開発してきた。新型コロナウイルスも近いうちに治療薬が出てくるだろう。それまではマスクと手洗い・アルコール消毒ぐらいしか防御策がないというから厄介だ。徳山港も中国からの船が入ってくる。しっかりとした水際作戦が肝要だ。

伝染病と言えば、今、政府も、忖度、言い訳、不規則発言などが大流行だ。まるで伝染病にかかったかのようだ。とにかく軽い。軽薄病とでも言おうか。「募っていたが募集はしていない」総理の答弁の軽さに唖然とする。それがまかり通る国会になってしまった。何人もの大臣が辞任し、次々問題になる発言が連日報じられている。問い詰められると個人情報だと逃げる。それにだんまりだ。軽薄病の感染源がどこかと探す必要もない。

東大出の高級官僚にまで伝染してしまった。公文書を改ざんしたり、勝手に破棄してしまう。この伝染病はいったい食い止められるのか。国民と言えば投票にも行かず、無関心を決め込んでいる。鼻から国を信用していないのか。野党と言えばメンツかなんだか、一向にまとまる気配もない。程度がすこぶる落ち込んだこの国の有り様は、改善する治療薬が当面見当たらない。

民主主義の基幹は選挙制度だ。激しい戦いをしている地方の市長選でも、投票率は30%台が少なくない。小学校や中学校では民主主義の大切さを教えているはずだ。誰か日本中に蔓延したこの軽薄病の伝染を食い止める治療薬を見つける人はいないものか。北里柴三郎はもう現れないか。


(中島 

NGO活動に敬服の念を。

~有馬実成住職を思い出す~

アフガニスタンで中村哲医師が射殺された事件は世界中が悲しんだ。NGO活動でどれだけの活動をしてきたのか、うわべぐらいしか知らないが、アフガンの人々の嘆きようを見ると、偉大な人だったのだと感動した。引っ込み思案な日本人らしからぬ日本人だったのだろう。


同じくNGOで思い出したのは、ここ周南市櫛ケ浜の原江寺住職だった有馬実成さんだ。1980年代には既に東南アジア、特にタイやカンボジアの難民支援活動に乗り出し、衣服を集めて送ったり、現地の言葉に訳した絵本を贈ったり、実に多様な支援活動を展開していた。当時「NGOの有馬」と言われていた。


25年前の阪神淡路大震災の時には、真っ先に現地に入ってボランティアの先頭で活躍し、震災現場で知らない人はいないと言われていた。話は聞いていたが、実際、有馬住職のすごさを実感したことがある。


有馬住職が亡くなってしばらくしてだが、わが社は当時長野県知事だった田中康夫さんを招いて講演会を開催した。時の人で大層忙しくしていた御仁だけに、東京まで出向き、電車の中で口説いた思い出のある講演会開催だった。こんな名もない小新聞の願いをよくぞ聞いてくれたと感激したものだ。


その理由の一端が分かったのは、田中康夫さんが徳山入りしてからだ。彼は阪神淡路大震災で初めてボランティア活動に参加したそうだ。その時リーダーとしてボランティア集団を率いていたのが有馬実成住職だった。温かく、優しく、抜群の決断力に圧倒されたという。


有馬住職を恩師と慕う田中さんの願いで、講演の翌日、原江寺に有馬住職の墓参りに出向いた。有馬住職との出会いが彼の人生を大きく変えたのかもしれない。小説家として脚光を浴びていたのが、政治の世界で破天荒と言われる存在になった。ちなみにNHKの「ニュース9」のキャスター・有馬嘉男さんは有馬住職の長男だ。


世界中に困窮している人々がいる。その人たちへ手を差し伸べ、少しでもましな生活と活動するNGO活動家たちにもっと理解が必要だ。ここ周南ではベトナムに401台もの車いすを贈り続けているNPO国際ボランティアIMAYAの理事長の岩本功医師もその一人だ。新興国の発展に寄せる熱く優しい思いには頭が下がる。

(中島 

AIは人間を幸せにするのか?

~感性が大事な世界へ~

年明けの新聞などの特集に必ず登場するのがAI(人工知能)時代の到来だ。何もかも便利になることが最優先時代だ。車の自動運転から始まり、婚活までがAIで決める時代になった。そのため多くの企業が希望退職者を募り、中高年社員のリストラを始めているという。AIが理解できる若者を高額で採用するためだという。

25年前、携帯電話が出始めたころ、かかってきた相手に「おう!ようここにおるのがわかったの」と応えている仲間に、一同大笑いしたのは大昔の話のようだ。そのうちスマホが登場、電話と言えない機能が満載で、パソコンを持ち歩くことと同じ状態になった。

確かに企業は将来的にも収益を上げることが一番の目的だ。AIの波に乗り遅れることがあってはならない。だが、そこに人間の感性を求めない企業は本当に楽しいのか。便利さだけを追求する世界は本当に人間を幸せにできるのか。遺伝子操作で食べ物を作ることが素晴らしいことなのか。

カフェでカップルが、目の前の相手とラインなどで会話しているのを見て、楽しさを共感できないのは、アナログ世代の悲哀なのか。確かに機械は発達するが、人間力は同時に発達するとは思えない。家に帰って「テレビ」と言えばテレビが点く、何もかも自動だ。ニュースだって勝手にスマホに入ってくる。家の明かりもたまには暗くしたいときもある。

「日刊新周南」のような小新聞は、アナログ世界が主流だ。パソコンで編集しているが、取材は全て人間が出向いてする。取材先の選定も感性の赴くとこで決まる。もちろん記事も記者の感性が大きく左右する。配達も人間の足でしかできない。配達する人も人の子、たまに入れ忘れたりする。お叱りを受けて購読中止になったりもする。

孫が載っていたとおじいちゃんが新聞をと来社する。行政、政治のここがおかしいと指摘する。そのうち是正され市民が喜ぶ。感性だけが頼りの新聞づくりは楽しみ方が違う。AIでは味わえない世界がある。手間ひまが膨大にかかり、儲かることがない仕事だが、アナログ世界は不滅だ。


(中島 進)

新年あけましておめでとうございます

~ささやかな初夢を~

さて今年はどんな年になるのか、様々な評論家などが予想をする。バブル全盛期のころ、ほとんどの経済評論家が、もっともっと株は値上がり続けると語っていた。一部の人が警告を発していたが、バブル崩壊を予想する専門家はきわめて少数派だった。想定外が当たり前のように使われだした。

災害の多くは想定外の規模で起こるようになった。防災にここまで力を入れるようになったのは極く最近だ。だんだん人々の中に想定内の意識が強まった。南海トラフなど、数十年以内に必ず起こると予想も出ている。想定できる規模も大きくなった。

地方自治体の人口減少や、高齢化率の上昇は想定内だ。しかも30年前から想定できたはずだ。国は少子化対策の大臣を作ったり、地方創生担当大臣を置いてきたが、その効果が見られることは無かった。本気でなかった。国家の一大事だとの認識もなかった。つけ焼き刃的な対策で目をそらしてきた。

しかし、全国の市町村の中には人口を増やし、出生率を上昇させている自治体が、少しだがあるのも事実だ。そこには工夫と、リーダーの確固たる信念が見える。金太郎飴的な施策では流れを変えることはできない。日本人的な横並び主義の弊害は、こんな時代には特に衰退を加速させる。

所得制限を緩和して、若者夫婦が生活できる公営住宅を増やす。そこには必ず車2台が駐車できる。人手不足も深刻だ。夫婦共働きができやすいように、保育園を待機児童ゼロまで充実させる。移住する若者には気軽に引っ越しできるように助成金制度を設ける。医療費はせめて中学校卒業までは無料とする。この程度で成功している自治体がある。

若者一人がこの地で働き生活してくれると、生涯で所得税をはじめガソリン税、消費税なども含めると5千万円近くは税収として入ってくる。少々の投資など確実に回収できる計算だ。商業も潤うし、企業も生産があがり法人税も増加する。地域経済の振興に役立つこと確実だ。これは想定内だ。

私の初夢は周南地区どこに住んでも、前記した内容の生活ができることだ。保育園は3市どこでも利用できるようになって。職場か自宅の近くか、自由に選べるようになったら素晴らしい。正月に公園に行ったら子ども2人しか遊んでいなかった。

(中島 進)

今年1年ありがとうございました

~常に変化する周南地区を願う~

「令」が今年の漢字なら「新」がわが社の漢字だろう。高齢化社会に突入して、65歳以上が成人の半分以上になった。AIとか何とかで、世界は総デジタル化を目指している。しかしシニア世代はアナログの中で育ち、老いてきた。情報過疎化がどんどん進んできた。行政情報も、店舗情報もみんなホームページ見てくださいとなった。


今年7月、わが社のスタッフと外部のスタッフが集まりR70プロジェクトを立ち上げた。そして9月末、「R70」をついに創刊した。多くの地元企業、大手企業からの支援も受けた。全国でも珍しいシニア世代向けのフリーペーパーだ。財政も緊迫、地方自治体も高齢者に今までのような対応はできない。お金で助けるのが難しい。「R70」をもって、情報でシニア世代を応援することにした。


この新たな企画に、行政も、警察も、医師会も、社会福祉協議会も、老人クラブも賛同し、実に多彩な情報をペーパーで届けることが可能になった。近鉄松下百貨店が無くなり、シニア世代が街中を歩くことがめっきり減った。街中のイベントも若者対象が多かったが、これからは一部シニア世代向けも投入できることになった。


もう一つ新しい出来事は、周南市長が新しくなった。藤井律子市長誕生で変化が生まれる可能性が出てきた。望むべきことは行政の体質を変えてくれることだ。合併によっていびつな人事が16年間続いた。副市長はほとんど旧新南陽市出身者が占め、幹部は全てと言っていいぐらい旧新南陽市組が握った。長く地方自治を取材してきた身からは、確かに弊害が加速度的に発生した感はいなめない。


副市長も県職員出身で、しがらみが無い。新しい風が吹くことは間違いない。周南地区で最も大規模な組織の周南市だけに、一挙に変えることは難しいが、仕事ができ、頭がシャープな人物が管理職につく、当たり前のシステムになれば、職員の意識も変わるだろう。


令和元年も終わる。平成の30年間で最も変化したのが下松市だった。地域格差は顕著だが、人口を増やした変化はあっぱれだった。しかし、周南地区で言えば、毎年1,500人もの人口減であえいでいる。常に変化し続けることが大事だ。これからの30年間で、周南3市が画期的な連携を組み、周南地区で働きたい、生活したい市民を増やすために大胆な改革ができれば、と願うばかりだ。合併騒動から16年。2万人を超える市民が消滅した。特に若者が。


今年1年、「日刊新周南」ご愛読ありがとうございました。私たちも常に変化して、生活に必要な情報を提供し続けます。よろしくお願いいたします。

(中島 

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