一言進言

タイムスリップした河井夫妻

~政治倫理を守れ~

金権選挙が公然とはびこっていたのは、かれこれ30年以上前か。保守系の国会議員の陣営は当たり前だったが、社会党も国会議員の秘書たちはお金の問題で頭を抱えていた。何しろ年頭の各労働組合の旗開きのセレモニーに呼ばれていたが、必ず金一封を持参しないと話をさせてもらえないと嘆いていた。一か所50万円が相場だった。

もちろん保守系はもっと露骨で、ある県議は前回より票を減らして悔やんでいた。話を聞くと「あの町長に渡すのを100万から50万へ半額にしたからのう」と、きっちり半分の票しか出なかったと言うのだ。思わず大笑いしたのを覚えている。国会議員や県議が工事や、公務員採用などで口を利くことは常態化していた時代だった。

田中角栄時代を頂点に、様々な疑獄事件が続出、世間は金権政治に厳しい目を浴びせるようになってきた。全国の地方議会が政治倫理条例を制定、徐々に厳しい世論が形成された。鹿野町議選の取材で鹿野町を回っていたころ、交番の前の家を1軒1軒お酒を配って回っているので、お巡りさんに注意したら、「あんなことで取り締まっていたら鹿野で交番勤務はできなくなる」と言われて、妙に納得したことが嘘のようだ。

それにしても、広島の河井克行、案里夫妻の愚行は一挙に30年以上前にタイムスリップしたようだった。官邸主導で進んだ選挙戦だったが、かけるお金も膨大なら、配った人数も想像を絶する。しかも安倍首相は河井克行衆院議員を法務大臣にまで任命した。第一次安倍内閣の時はあれほど身体検査をして大臣起用をと言われていたのに、同じ自民党の地元の地方議員から情報収集は一切しなかったんだろうか。お金をどう使ったか、想像力が働かなかったのだろう。

周南地域の地方政治家には今のところ表面上は目立った動きはない。しかし、噂話としては、ちらほらと入ってくる。県がらみで多いのは昔からだ。市議レベルでも、特定の業者との密接度を問題視する話も入ってくる。公共工事で言えば、建物的な話はあまりないが、上下水道や道路などのインフラ整備はこれから最も注目されるだろう。疑いをもたれることがないように、くれぐれも。

(中島 

来年には14万人を切る!

~新市議会議員たちに期待する!~

ずいぶん長くこの仕事に就いていると、今まで数えきれない政治家、特に市議会議員を見てきた。記憶に残るのはそんなにいないが、未だに覚えている人は何人もいる。多くが鬼籍に入っていて、いまだに付き合いがある人は殆どいなくなった。

農村地区から出ていた旧徳山市議のK市議もその一人。本紙から「4年間無言の市議」と揶揄されたが、顔を合わせても平気の平左で、我関せずの風だった。一般質問も4年間一度もないし、委員会での発言は「おい、もうそろそろ飯にしよういや」が定番だった。夏になると軽トラックいっぱいにスイカを積んできて、市役所でも会う人会う人みんなに配っていた。しかし、地元では絶対的な人気を誇っていた。農村が抱える問題を議場外で解決して回っていた。

出光出身のK市議は、こよなく多くの市議に好まれていた。言葉を荒げた場面は一度も見たことがなかった。何期も市議をしたが、最後の最後に総務委員会で委員長をした。企業出身の市議が役職に就くべきではないとかたくなに拒否し続け、市議最後に受けた。国からの表彰を受け祝賀会が開かれたが、共産党の市議までがお祝いに駆け付けた。

言い合いもよくしたが、よく一緒に飲みもした。仲がいいのか悪いのかわけがわからなかった。派閥争いも激しかったが、埋め立て問題など、一度議決されると、反対していた議員であっても懸命に地元の説得にあたっていた。市全体の一体感は確かにあった。さて新議員が誕生した。30人の市議たちはどんな活躍を見せてくれるだろうか?。

願わくばもっと研鑽を積み、多くの知識を身に着けて欲しい。引き出しが多いほど、有効なアイデアは生まれやすい。このままでは周南市は、あっという間に14万人を切る。来年にはそうなる。旧徳山市ほどの人口にすぐなる。旧新南陽、鹿野、熊毛がそっくりなくなるほどの人口減少だ。

議会も、行政も危機感を共有すべきだ。これから何をなすべきか?言い合って、仲良く。

(中島 

「何か困ったことは無いですか?」

~市議選への投票を!~

選挙があることさえ知らない人がいた。コンビニの入り口で若者たち3人の会話。「なんか車が走りよるが、あれはなんかいの」「選挙じゃあないんか」「ほんとか?誰が出とるか知らんし」「くじで決めたらええんじゃろう」「金かからんしの」特別変わった若者3人ではない。

以前、新人の市議が訪ねてきた。「どんな活動をしたらいいですかね?」と。「とにかく、会う人に必ず何か困ったことないですかと聞きなさい」とアドバイスした。市民の悩みや、課題を知ることが市議の活動の第一歩ではないかと話した。解決するために役所に出向き、どこに聞けばよいのか、どんな法律があるのか、どんな矛盾が起こっているのか、勉強することが入り口だ。

行政は申告、申請制度で成り立っている。ほとんどが市のホームページを見て下さいだ。課題が生じたとき、自ら解決策を見つけ処理できる人がどれだけいるだろうか。市議の果たすべき役割も多い。老人福祉から若者定住、子育ての問題など、市政の取り組むべき課題は膨大だ。

市議の役割は何か。行政官と最も違うのは選挙で選ばれた公人であることだ。市民から負託を受けた「公選公務員」だ。市政調査権もある。だから、年間700万円前後の税金が費やされる。単なる就職活動とはわけが違う。市政のプロとして問題解決にあたることができる人材と思って投票するのだ。選挙公報や「日刊新周南」の候補者アンケートなどでしか候補者の人物が見えない。今回は判断材料が乏しい。

いびつな選挙戦しかできない市議選になったが、候補者の選別は誠に難しい。地縁、血縁が多い候補ほど優位な選挙になった。新人候補者には苦しい戦いだ。ポスター掲示板の前で、じっとたたずんで丁寧にポスターを見ている年配の女性の姿が目に焼き付く。

今回は各候補者が街宣車から降りて、どんな周南市を思い描いているか、何を市議としてやりたいのか、熱い心情を語って欲しいものだ。材料が足りないかもしれないが、市民一人一人の投票で向こう4年間の議会の有様が決まっていく。何としても投票に行って欲しい。切実な願いだ。


(中島 

どこで市役所は汗をかくのか?

~市民に寄り添う行政を求める~

宣言解除直後、街の居酒屋の前に10数人の若者が集っていた。もう本格的に外出をしているのかと思ったが、まだまだ一部の居酒屋だけで、ほとんどのお店には客の姿はまれだ。街に出ない習慣は定着しているようでもある。テイクアウトを始めた店は周南市だけで200店近いというから、生き残りをかけて懸命なのがわかる。

理美容はもちろん、自動車、印刷、石油、あらゆるところにコロナ禍は襲っている。そんな中、特別定額給付金の本紙の記事は、大きな波紋を投げかけた。「周南市は県外業者に丸投げ」と報じた。何人もの読者から本紙にも驚きの声が届いた。開封作業から、市民からの問い合わせも業者がすべて応じる内容だった。「こんなにみんなが困窮しているのに、どこで市役所は汗をかくのか」と辛辣な反応が圧倒的だった。

下松市や光市は多くの職員が懸命に申請書郵送の袋詰めをして、一日でも早く市民に届けたいと頑張っているとの記事があっただけに、周南市の対応は奇異に感じる人が多かった。特に、書類に不備があれば、委託を受けた印刷業者が直接市民に連絡するとあった。これはまずいと思った。印刷、発送を一括して業者に託す自治体は全国でも多少はある。市民は今回の業務の煩雑さや、難解さはわからない。せめて市民への窓口は行政スタッフが担うべきだ。

光市や下松市ができるのに、職員の数もはるかに多い周南市がなぜできない、と市民は単純に思う。いかに早くできるかを考えて発注したのだろうが、そこに市民の感情を想う想像力が欠如していた。説明も市民感情を害するだけになっていた。今回の件で、あの大きな災害になった時の、災害対策本部を立ち上げなかった周南市の体質を思い出した。対策本部があっても災害は防げなかったかもしれないが、市民の感情を感じ取る感性がなかった。

市長の発案ではなかったと議会でわかったが、行政マンたちと市長の思いが一致する難しさも感じた。サービス業などにせっかく他市より数段と手厚い給付をいち早く進めてきた周南市だけに残念だったが、何とか修正して、3市ともに給付のめどがつきそうだ。

何もかも初めての体験で、事務方の苦労も大変だが、市民にとって頼れるのは行政だけだ。そのために市役所がある。火災の時に消防署だけが頼りなのと一緒だ。市民に寄り添うということは、今回のような事案の時にくっきり現れる。保健所の職員の残業が総じて100時間を超えて、中には200時間を超える人もいた。よくないことだが、戦争時と言われるほどの事態だ。市役所挙げて取り組む姿勢に、市民は全幅の信頼を置く。

(中島 

地方議会の役割は?特別委員会も作らず

~苦しむ市民にどう対応したか?~

コロナ禍は止まるところを知らない。サービス業が主たる産業の地方都市では、その打撃は想像をはるかに超えて悲惨だ。飲食業はもちろんだが、理美容業、印刷業、訪問介護などの老高齢者福祉に携わる人たち、生活用品、食料品などを除いた販売業、酒蔵や酒販店、学習塾、針きゅうマッサージ業、ガソリンスタンド、代行運転やタクシー業界、悲痛な叫び声は街中に満ち満ちている。

日中には車の往来も目に見えて減少している。テレワークを実施できる企業は数少ない。外出を自己規制している市民がいかに増えたか明らかだ。1カ月を超えて状況はますます悪化している。母国に帰れない留学生の悩みも深刻だ。バイト先を失い、日々の生活費にも困窮する学生たちを少しでも救おうと立ち上がる人も現れてきた。家に引きこもっているお年寄りたちも心配だ。

誰が感染者かわからない中、医療や介護に従事している人たち、スーパーでレジに立つ人、タクシー運転手など不特定な人と接する人たち、感染の恐怖と隣り合わせで働く人たちには頭が下がる。特に男性が多いが、マスクもせずレジの前に堂々と立っている人を見かける。感染をさほど気にしない無神経な人がいるのも、パチンコ屋にあれだけの行列ができるのを見るとがっかりする。

周南市は何とか対策案を進めることになったし、下松市も光市も対策を次々に発表。一方、ほとんど動きがないのが市議会議員たちだ。これだけの事態でコロナ対策特別委員会ぐらい立ち上げてもよかろう。日頃から市民の声を吸い上げて行政に訴えるのが仕事と言いながら、こののんきさはどうしたものか。市議会議員として各委員会から集まり、今緊急に手助けすべき課題を討議すべきではなかったか。報酬を下げて痛みを分かち合うのはもちろんいいが、議員の仕事はどこにあると考えているのか。

この「一言進言」が出る時には立ち上がっているかもしれないが、遅くとも4月の初めには議論をスタートすべきだった。行政が発表した対策案にケチをつける資格は今時点では市議会にはない。自分たちで議論を深めることがないまま、文句だけ言うのは筋違いだ。

県会議員も一緒だ。知事が発表するだけで、県議会で議論を重ねた証が見えてこない。人々の苦悩を受け止め、施策に反映させる当たり前のことが地方議会で止まったままだ。前代未聞のこの事態に議会の姿が見えないと、議員を選ぶ市民も選びようがない。

(中島 

ネット社会の怖さに驚愕

~感染者は被害者だ~

東京はじめ全国で空襲があり、いたるところが焼け野原になった。今まさにコロナ爆撃による大空襲がやって来た。どこに逃げたら良いのかみんなわからないまま右往左往している。コロナ爆弾が落ちたところは不幸としか言いようがない。夜は光を消して、出歩くこともできなかったが、街の灯りが消えて、空襲に襲われた街の状態になった。

いつどんな時に爆弾が落ちるかわからない。スーパーのレジで感染するかもしれない。電車に乗り合わせて感染するかもわからない。東京、大阪に行くなと言う。向こうから来る人はごまんといる。たちまちこれから始まる各工場の定期修理には、全国から人々がやってきて周南地区に滞留する。食事も必ずするだろうし、買い物も必要だ。

政府はテレワークや、8割接触を減らせと言うが、生きるために働く人々はそうはいかない。結局誰しもが感染の可能性はある。そんな中、不幸にも周南地区で感染者が出た。驚いたのは感染したのは犯罪者と言わんばかりのバッシングが多かったことだ。テロリストなどと書き込むバカもいた。

それでも社名を公表、謝罪とコロナと戦う決意を発表した勇気は、多くの市民の共感を得た。県も各市も大いに助かった。感染者はすべからく被害者だ。あんなことをして、あんなところに行ってなどのバッシングは後出しじゃんけんのようなものだ。密閉、密接、密集の三密を守らず起こすと多少の批判は覚悟すべきだが、数人の行動で発生した感染はコロナ爆弾に当たったようなものだ。

感染騒ぎの最中、小中は延期したのに、すべての県立高校はみんなを集めて入学式を挙行した。もし感染者が出席していたらどう言い訳するのだろうか。8割接触を減らせの政府方針と整合性があるのか。保育園に預けたくない親も、生活のため仕方なく連れて行っている現実は哀しい。

矛盾はどこにも出てくる。今回不幸な感染者たちを想うと、ひどい誹謗中傷の多さに心が痛む。明日は我が身なことを忘れている人がこれほどいるのか。ネット社会の怖さを痛いほど知らされた。あの空襲時代、被害にあった人に「逃げなかったから仕方ない」と言う人はいただろうか。

(中島 

市民目線の職員に

~職員の人間力が地域を創る~

異動の季節は公務員にとってドキドキの瞬間だ。人はだれしも好き嫌いがあって、事務処理の得意な人、折衝ごとが好きな人など向き不向きもある。しかし、公務員は技術職はともかく、どこに配属されるかわからない。より良い公務員とは、どこに行こうが常に勉強する姿勢と、より良い施策を考え出す作業ができることだ。

昨年1年以上かけて「杜は見ていた」というシティーケーブル周南の番組制作を手伝った。旧徳山市の戦前戦後の移り変わりを追いかける番組だ。黒神公直遠石八幡宮名誉宮司が語り部の長編となった。

先人たちの回顧録や、資料に目を通しながらの制作だったが、そこに見えたのは、地域を創るのは市役所と言う組織ではなく、当時生きていた人間力だったことが分かった。長谷川藤七市長、黒神直久市長、高村坂彦市長、河野通重市長、小川亮市長と、希代まれな市長に恵まれたのもあるが、その下で形にしていった幾多の市職員の苦悩と葛藤が生み出したものだと確信した。

黒神市長時代、当時の担当者は市長命令といえど、よくぞ見たこともない競艇場を作り、動物園を作った。単に小学校を作るのとはけた違いな代物だ。高村市長時代、わずか16年で、60万坪を超える周南団地を作り、15kmのバイパスを通し、新幹線を街中に走らせた。部下たちの奮闘ぶりは単に苦労話ではすまない。用地確保に最後まで抵抗する住民の説得や、国からの予算確保に確約をもらえるまで帰れなかったり、全職員が必死で仕事に打ち込んだ。

私の父も黒神、高村両市長に仕えたが、住民課長時代、全国に先駆けて日曜窓口を開設した。のちに聞くと労働組合の大反対で大変だったそうだが、全国紙の社会面を飾り、大学生だった私も友に見せて胸を張ったものだ。当時の職員の武勇伝には事欠かない。

当時我が家には父の同僚などが常に集まり、口角泡を飛ばしての大激論をしていた。どうしたらもっと徳山が良くなるかがテーマだった。古き良き時代と言ってしまえばそれまでだが、みんなの目線は確実に市民だった。3市にも新人職員が多く入った。彼、彼女たちが10年後、20年後に初心を忘れないままで頑張っていてくれたら。

(中島 

明治維新がいまだに残る進路指導

~県内の大学説明会ようやく~

激しい選挙の後は少々しこりが残る。熱心に応援すればするほど気持ちの切り替えが難しい。島津幸男市長誕生の時も激しかった。最後には百条委員会まで設置して続投させなかった。藤井周南市長誕生でも反発は残った。夫の故藤井真県議からずっと自民党が支えてきたが、その自民党の仲間たちからの反発が激しかった。立候補までの過程が気に食わなかったのか、徳山大学校友会が藤井市長を応援したからか、自民党長老市議2人が珍しく語気を強めて藤井市政を攻撃した。

最終的には藤井市長最初の予算案は、共産党を除いた全員の賛成で可決された。徳山大学公立化への調査費は、最後まで長老2人から反対意見が出たが、中では、コンサルタントへ依頼することへの不信はもっともだった。何でもかんでも地方自治体はコンサルタントへ頼む。中央のコンサルタント業者の金太郎飴的なまとめ方へは私も反発する。この地方の特性をよく理解したコンサルタントはそうそういない。調査の方法は大切だ。

前回も触れたが、徳山大学が変革し、地域の重要な「知の拠点」になることは、お金もかからず、若者定住に最も有効な手段の一つだ。5、6年前から提案してきたが、ようやく端緒についた。当時県議だった藤井市長にも手伝ってもらって、県の教育委員会に何度も足を運んだ。県教育委員長だった山縣俊郎氏も一緒だった。山口県の公立高校では県内大学の説明会も開かれなかった。広島県では他県の大学案内すら置かせてもらえなかった。県内の高校生が県内の大学に進学することが、どれだけ大切かを説いた。

驚いたことに、県教委は「現場がなかなか難しい」だった。とにかく上に上り出世することを目標にした進路指導が主流で、地元に残れとはよう言わない、とのことだった。幾度かの会合を経て、ようやく次の年から県の方針で地元の高校で、地元の大学の説明ができるようになった。明治維新の気概がここまで山口県教育に残っていたかと3人で嘆いたのを覚えている。

藤井市長は多分そのことが、頭の中に残っていたのだろう。公立化はその延長線上の発想だ。私たちの時代は当然のように、山口大学などを進める進路指導は聞かなかった。そういえば故藤井真県議は子どもの進学に山口県にこだわっていた。山口県以外は行かさないまで言い切っていた。

(中島 

検査キット大量に作れ

~国防と思って取り組め~

マスクが店頭から姿を消して久しい。人々もあきらめた感もある。トイレットペーパーは並び始めた。マスクは感染予防には大して効果が無いと繰り返し報道されても買い求める人が絶えないようだ。群集心理の怖さを垣間見た感じだ。マスクを買い求めて並んでいる女性に1枚のマスクを渡して立ち去った男性の話がネット上で話題になっていた。素敵な人だとの評価が多かった。

いつ収束するか誰にもわからない事態で、私たちはどうすればいいのか。ひたすら家にこもることしかないのか。もしこの状態が4月いっぱい続いたらと考えると空恐ろしい。4月は始めることが多い月だ。入学式、入社式、年度の初めで様々な行事が目白押しの季節だ。移動する機会も多い。

休校になって、近くの公園に男の子たちがサッカーをしている姿を連日見るようになった。家にこもれと言っても我慢できない。体が運動することを要求している。屋外での感染例がどれくらいあるのか明白でない。花見の季節になるが、桜の下で花見をすることへのリスクがどれくらいあるのかわからない。

素人考えでは、求める人がみんな検査できる状態をどれだけの速さで実現できるかにかかっている。全国で一日10万人、都道府県で言えば2千人、地方自治体で言えば150人平均検査ができれば不安はなくなる。検査キットを大量に供給できる体制を作るのに一体いくらかかるのだろうか。簡易検査キットの開発はどうなっているのだろうか。いつ頃出回るのだろうか。記者会見でもさほど話題にならない。

我が国の技術力を結集、生産力をフル稼働して検査キットを大量に作ることができれば、一気に不安は減少するはずだと素人は考える。発生して1日4千人可能と言っていたが、実際は1千人足らずだった。今度8千人可能と言っている。この程度の国力だったのかと、がく然とする。国を守る戦争と思えば10万人ぐらいは可能ではないか。東ソーでも開発している。すべてのメーカーが力を合わせればできる。

(中島 

公立化は若者定住に効果大!

~高校生に続け~

周南地区の工業高校などに進学した若者は恵まれている。沿岸にずらりと並ぶ大企業の工場群とそれを取り巻く企業群が、毎年大量の若者の受け入れ先になっている。多くは自宅から通勤、若くして家庭を持ち、近くに親が住み、早い段階で自宅を所有、親も子供も幸せな家庭環境を構築している例が多い。

それでも大量の若者が毎年域外に流出している。特に専門学校や大学進学で出ていく例が圧倒的に多い。周南市と光市で毎年1,500人以上の若者が出て行っている。これをどう食い止めるかが、周南地区の大きな課題だ。

山口県東部で唯一の大学が徳山大学だ。数年前から私たちは徳山大学に提案してきた。周南市の職員と、徳山商工会議所の職員と一緒に出向き、どうしたら地域の高校生が徳山大学に進学するようになるか、課題と解決策を共に考えようと働きかけた。結果は今でも立派な大学でその心配はない、とかたくなな態度でその作業は断念した。

しかし、理事長が池田和夫氏になり、任期半ばの学長も退任させ、昨春高田隆氏に代わり、大学の姿勢も一変した。一気に大学を変えようと動き出した。

地方大学の在り方を根本から考え直し、地方自治体の役に立つ研究者、地方の中小企業の商品開発、販路の拡大をはじめ、企業に役立つ研究者、地方の福祉向上に役立つ研究者など、教授陣の再構築に乗り出し、教育もキャリア教育に力を入れるなど、学生のレベルアップに相当の力を注入することになった。当然目的は地元の高校生が地元の大学に通い、地元の企業で活躍することだ。

公立大学になると、政府から所在地の市に交付金が出され、授業料が最低でも20万以上安くなる。年間50万円台の授業料で大学に行けるようになる。通学圏域に住む若者は、アルバイトをしながら大学に行けるようになる。所得が低い母子家庭でも大学進学の可能性が高まる。ある企業では県外出身者はほとんどが中途退社するという。数人の若者を県外から定住させるため県や市はいったいどれくらいのお金を費やしているだろうか。1人1千万円は下らない。

徳山大学にも課題は多い、解決すべき問題に真正面から取り組み、役立つ人材を送り出すことが緊急の課題だ。公立化は改革への大きな後押しができる。応募者が増え、偏差値も上がり、そして、懸念の経営安定以上に、大きな利益を上げることも可能だ。ここに大学があって良かったと思える日は近い。

(中島 

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