一言進言

シティープロモーションより先に

~実情をしっかり把握せよ~

シティープロモーションが大流行(はや)りだ。全国の自治体が「シティープロモーションを」と言い出した。中身を聞くと、もともと各自治体が取り組んできたことをカタカナに言い換えただけで、別に目新しいことではない。誇りが持てるわが町を、もっと認知度を上げることが大切だ、などを「シビックプライド」「シティープロモーション」と言っている。カッコよさを狙ったのか。

周南市は前市長時代に「しゅうニャン市」キャンペーンで大金を投じた。しかし市民の間で賛成派と、市の誇りを馬鹿にしたとの反対派に分かれてしまった。この時点で「シビックプライド」を語れなくなった。専門家によれば「シビックプライド」はシティープロモーションの欠かせない大切な要素だ。

下松市も光市も負けじとシティープロモーションに取り組んでいる。光市は「おっぱい宣言」で愛情いっぱいの子育ての大切さを訴えたり、市民ぐるみのウエディングで街を盛り上げた。下松市は日立の英国向け車両を日中に公開出荷して3万5千人もの見物客が訪れ、ものづくりの市として全国的に名を広めた。

皮肉にも周南市は野犬がのさばっている街として有名になった。民放各局が取り上げて、全国版になって、猫のように自由に歩ける街として展開した「しゅうニャン市」キャンペーンは、今春の市長選と共に消滅した。しかし、周南市の認知度は上がった。テレビの持つ力を改めて思い知らされた。逆に、上手なパブリシティの使い方で、シティープロモーションできることも示された。

地方都市の課題は明白で、若者定住と少子化対策だ。そのためのシティープロモーションはどうあるべきか考えることだ。1歳になる子どもを抱えた人から嘆きの声が届いた。新南陽地区だが、職場復帰しようにも保育園はすでに8人待ちで入所できる可能性は薄いという。たちまち生活に困窮すると訴える。これでは若者にふるさとに帰れと言えない。窓口職員のつれなさも怒りの対象だ。

待機児童ゼロと言うのはどこの根拠から言えるのか。庁舎の豪華さを競うより、目の前の子育てに悩む若者を救うことが先決だ。熊毛地区の保育園では雨漏りが激しく、父母の悩みは大きい。誇りの持てる故郷にすることが肝要だ。それが「シビックプライド」を育む。働くこともままならない現実に行政の壁は厚すぎる。先ずは実情をしっかり把握することだ。シティープロモーションはそれからだ。


(中島進)

突如「花の乱」

~「驕(おご)る平氏久しからず」を忘れないように~

「桜を見る会」がえらく問題になっている。政策の失敗より重大なようだ。ワイドショー的な話題で、テレビも新聞もノリにノっている。行った人によるとあまりにも人が多くて、芸能人を探しては記念写真を撮ったと話していた。

お祭り騒ぎで、有名人に会えるということで人気があるそうだ。吉田茂首相時代からの行事だそうだが、当時は品格がある大人の集まりだっただろう。名目は各界で功労があった人たちを、時の首相が招待して慰労し、感謝を示すことだった。

それが田舎のおばちゃんやおじさんを集めて、いわばお上りさんの大集合の会になったようだ。招待状を配った議員は、有名人に会わせてくれたと感謝され、次の選挙では、多少の戦力になってくれるに違いない。

実にのどかな景色だ。首相をはじめ、国民みんなが平和ボケして、写真を見るとひとり残らず良い笑顔をしている。こんなことが国を挙げての大事になること自体、平和ないい国かも知れない。香港や韓国の荒れ様を見ると月とスッポンだ。

それにしても藤井律子周南市長まで引き合いに出されて、取り上げられ、いい迷惑だ。昨年の見る会に招待されたそうだが、当時は自民党山口県連の副会長で、県連唯一の女性県議。党県連の総務会長までやった人だ。おばちゃんやおじさんの招待とはちょっと違う感じだ。芸能人も出た出ないで話題になっている。ほんとにいい迷惑だ。

「驕る平氏久しからず」、令和になって「驕る安倍首相久しからず」にならないといいが、ちょっと調子に乗りすぎた感はある。この会を段取りした人たちが軽い。取り巻きが軽いのだろう。安倍首相の人気の高さに有頂天になっているのだろう。あくまで税金を使っていることをしっかり意識しないと、三流国家になり下がる。

いっそ野党の国会議員たちもみんな招待すればよかった。国を挙げての桜を見る会にすればよいのだ。桜の花の下、国民上げて平和な日本を確認しあい、日本の良さを見直そうと叫べば良かった。それなら首相だから、少しぐらいは招待客数の割合を増やしても文句は出ないだろう。「花の乱」はしばらく続きそうだ。

(中島

山間の町に年間90万人が訪れる

~A級グルメの町を創る~

周南市長穂の旧翔北中に年間1千万円、4年間で4千万円を援助、使ってない校舎などの管理を名目にデザイン会社を誘致した。実態はひどいものだった。ほとんどそこで働く人を見ることもなく、最近では校庭は草ぼうぼうだと聞いた。あげくに年間1千万円もの補助金を出しているその会社に、長く地元で活動している会社と競わせて、市広報のデザインを委託した。

クリエィティブな地域が掛け声の事業だったが、担当者にそれを理解する人がいなかったのか、淡々と事業は進められた。4年が過ぎようとしているが、残ったのは古くなった校舎だけに終わりそうだ。若い人が少なくなった地区の草刈りを手伝う社員はほとんど現れなかった。

島根県の山間地域に位置する邑智郡邑南(おおなん)町の町役場に務める寺本英仁さんが、NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」で取り上げられたことがある。「AJIKURA」というレストランを成功させ、その後次々と町内にレストランが出店、今や人口1万人の町に、年間90万人が訪れるという。

寺本さんはまず町の特産品を東京で売ろうと試みた。デパートなどへの売り込みに奔走するが、全国の市町村がそうであるように、売り上げとかけた経費が同じと、悲惨な現実を見た。そこで、売り込みに行くより、町に来てもらう発想に切り替えた。レストラン「AJIKURA」は一流のシェフを雇用して、町内産の食材を使って料理を提供、瞬く間に有名店になった。そこに「地域おこし協力隊」などの国の補助金制度をうまく使って、町からの持ち出しを極力抑えた工夫が面白い。

結局、何年か後には、減価償却費を払ってもらって民間に譲渡したが、最初町内に20店舗しかなかったのに、訪れる人が増えてきたことで、40店舗を超えたそうだ。その他「食の学校」「農の学校」など人を育てる仕組みを巧みに作るなど、寺本さんの工夫と努力はまだ続いている。

A級グルメの町として有名になった邑南町に一度行ってみたいが、一人の行政マンが、反省とチャレンジを繰り返した結果、町に変化をもたらした。行政組織の固苦しさは知られているが、やる気のある行政マンに権限と寛大さを与えた町長はじめ行政幹部の英断は、どこから生まれたのだろうか。周南地区でもまだまだいろいろな試みはできる。旧翔北中のような失敗はもうなしだ。(中島 進)

被災者の生の声を聞いてみたら?

~体験者しか恐怖はわからない~

いは忘れたころやって来ると思いきや、忘れる間もなくやって来た。昨年は西日本大豪雨、今回は千葉県中心に襲った台風15号が後遺症を残したまま、19号で東北一帯が大惨事になった。九州は熊本地震に始まりいたるところが被害を受けた。枚挙に困らないほど全国で痛い目にあった。自然の猛威に日本列島は疲れ切っている。
水温度が上昇し、水蒸気が空にたまり、一気に雨となって降り注ぐ。わかりきった話だが、世界が一致して温暖化対策に取り組むことにならない。米国のトランプ大統領に遠慮してか、日本もそのグループに属さない。温暖化対策を最重点にするのではなく、まだ原発に望みを残しているようだ。中国など10億人をはるかに超える人々が車に乗り出し、地球上の排気ガスはうなぎ上りに増えている。確かに日本だけが頑張っても地球はきれいにならない。
間の営みが、この大災害の大きな原因とすれば、輪廻転生と言うべきなのか。世界中の異常気象は止まることを知らない。便利さとお金に目がくらんだ人間の所業は、自然への挑戦状だった。応えて自然は闘いを挑んできた。勝てるわけがない戦いに挑戦している。堤防を高くしたり、地下にとてつもない排水路を作ったり。
と昔前、日本列島は公害で揺れていた。光化学スモッグ情報が連日話題になった。水俣病が引き金になって、公害は社会悪として認知された。地球温暖化は目に見えにくかったが、災害で初めて体験することになった。地球規模だけに厄介だ。夏の猛暑だけでは意識が高まらない。未だに温暖化は問題ないと言う国家があるから、余計厄介だ。社会悪に認定されるまで、この現象はひどくなるばかりだ。
ゃあどうすれば良いのか。仕事を終えて車で帰宅途中の妻は、必死で夫に助けを求めるが、濁流にのみこまれた車に近づくこともできない。「もう危ないから来ないで」を最後に妻は流されていった。かって経験したことがないことには人間は無力だ。戦争の語り部のように、罹災した人たちの経験談を聞くことでしか、我がことのように災害を受け止めないだろう。
ザードマップももちろん大切だが、これだけの災害を経験した人がいるのだから、その恐ろしさを伝える語り部を呼ぶことだ。生の声を聞くことで、わしらは大丈夫だ、と安全を疑わない多くの人たちの意識を変えることだ。「命を守る行動をしてください」懸命に呼びかけるアナウンサーの声に反応しない人がいかに多かったか。生の声を聞いたことがないからでは。(中島進)

消費税にも無関心?

~1億総ミーハー時代に~

「山が動いた」―社会党の土井たか子委員長は胸を張った。売上税導入をめぐり、社会党が一気に議席を伸ばし、参院選で自民党が過半数を割り、与野党逆転になった。国民は怒り、自民党にお灸をすえた。平成元年のことだった。あれから30年余りが経ち、国民は消費税で怒ることはなくなった。不祥事は後を絶たないが、怒ることはなくなった。
貧富の差が激しくなったとマスコミは書き立てるが、怒りの声が大きくなることがない。派遣が広がり、フードバンクが登場するなど低所得者は急増しているはずだが、怒りの矛先は政府に向かない。若者はいまの生活に満足しているとのアンケート結果もある。
だからか、あらゆる選挙の投票率が激減している。怒らない日本人は、現状で満足しているのか。国政選挙のみならず、地方選挙も投票者が少なくなった。関電の3億5千万円ものお金の還流事件にも無関心なんだろう。高い電気代を払っているのに、その一部が関電の偉い人たちに渡されていたが、怒る国民は少数なんだろう。
その結果、ざっとだが、最近は有権者の4分の1の人に選ばれた人たちが国会議員になり、県知事になり、市長になる。国や地方の最高権力者たちが、だ。前から1億総ミーハーになったか、と書いているが、大げさすぎるが歯がゆい状況に変わりない。
消費税増税で、巷は大混乱だ。カード決済すれば5パーセント戻るとか、お店によっては2パーセントだけがあったりでわけがわからない。確かなのはやたらレシートが長くなったことか。買ったものを店内で食べると10パーセントとか、従来の生活パターンでは理解できなくなった。試しにpaypayで買い物してみたが、店員さんも戸惑い、返金やら何やかんやで、1時間ぐらい騒動した。
でも国民は怒らない。お年寄りは鼻からカード決済をあきらめている、こんな複雑で小手先のサービスを振り回す政府になぜ怒らない。いつの間にか介護保険料も上がった。現場の介護士の待遇は改善されたのか。一体国の外郭団体はどれだけあって、どのくらいお金を使っているのだろうか。無駄はないのか。
長いこと地方紙を作ってきたが、こんなに地域に関心を持つ人が激減した現象は想定外だ。政治にも、行政にも興味を持たない。公務員そのものが、地域に関心を持たなくなってきた。淡々と目の前の仕事をさばくだけの行政マンがこんなに増えることも想定外だ。ラグビーワールドカップであれだけ熱狂できる日本人が、政治や地域には冷めきっている。やっぱり1億総ミーハーか?。(中島 進)

どうなる再開発

~地域一体で盛り上がれるか?~

周南市の中心市街地を元気にするため何が必要か。ずいぶん前から色々な場所で、様々な人たちが語ってきた。実際町が元気になったと実感できることはなかった。町中イベントもずいぶん増えた。マルシェなど多くの人たちの力で人を集めた。駅ビルもイベントを開催するたびに多くの人を集めた。だが、何もない土日の町中は、どんどん閑散としている。

若者は遊ぶところがないと言い、シニア世代は買い物するところがないと嘆く。近鉄松下百貨店がなくなって、シニア世代は町に出る用事が無くなった。北海道展などの催しがあると、多くのシニア世代が町に出た。もちろん県内の商店街は悲惨な状況だ。下関のシーモールも大改修、新たなスタートを切ったが、関係者に聞くと大変そうだ。H&Mも出店しているが、なんと家賃無料だそうだ。

全国の商店街復活の成功例は数少ない。物販は特に難しい。通販だけでなく、ネット社会が浸透、小売店の苦戦は著しい。成功例の多くが食べ物系だ。美味しいお店が立ち並ぶと消費者も集まる。ここ旧徳山市でも、テアトル18番街の洋食屋「アラスカ」やうどんの「くうかい」などは連日行列が絶えない。

高い駐車料金を払ってまで商店街に出向くには、相当の理由が必要な時代だ。町を歩いて楽しくさせるのは至難の業だ。旧態以前の商店を見に歩く人は少数になった。ネットでも手に入らないような品ぞろえが要求されている。パンマルシェなどが人気なのは、そういうことだろう。

そんな中、徳山駅前で再開発が進んでいる。それはとても良いことだが、これで失敗して「やっぱり町はだめだ」「やっぱり周南市はだめだ」と市民が感じたら、周南市に帰る若者もいなくなる。そうとうな緻密な戦略が要求されている。既存の商店街はどう取り組むのか、地域一体となって盛り返す動きになるのか。高い駐車料金を払ってまで出て行こうとなるのか。

問題は商業施設の運営だろう。果たして市民が喜ぶ店舗がどれだけ出店するのか。まだまだ白紙の状態だが、大手資本による再開発でないだけに、担当者の苦悩は計り知れない。35億円もの血税が投入されるだけに、市民の目も厳しいだろう。多くの知恵を借り、市民の絶大な協力を得ることも大事だ。再開発に踏み切った勇気はすごいが、背負うものも重い。商店街の今後を決める大事業だ。(中島 進)

地場地消を呼びかける

~地元のお店を応援しよう~

地産地消はいつごろから言い出したのか忘れた。10年前にはもう結構言われていた。地産地消の店の認定もひところ流行った。この度周南市議会が地酒で乾杯条例を決めた。これも地産地消運動の一つだ。日本酒で言えば、海外を含め出荷量は増えているが、地元での消費は伸びていないから面白い企画だ。

古い話だが、30数年前、徳山商工会議所の集まりに初めて出て驚いた。テーブル上のお酒は、日本盛など有名どころだけで、地元のお酒は皆無だった。早速事務局に苦言を呈しに行ったが、最近はさすがにそんな状態は皆無だ。

しかし、地産地消はそれなりに進むが、地場のお店で買い物しようと呼びかける運動は無い。いわば地場地消は言わない。周陽のたから、櫛ケ浜のスーパー周南はじめ。下松市、光市も多くの地元スーパーが姿を消した。周南地区のスーパーは、アルクかマックスバリュ、イオングループか、ゆめタウンか、地区外の資本系で大半を占めている。

近鉄松下百貨店が閉店して7年以上になった。多くの市民が閉店を惜しんだ。しかし、なくなると決まって存続を語る市民の多さに驚いた。何故、あなたたちはそれまで広島や博多に買い物にいそいそと出かけていたのか。地元の百貨店に見向きもしなかったのか?

地元のスーパーもそうだ。なくなって初めて不便だと訴える。日頃は新しいから、品物が豊富だから、と買い回り品でも外資本のお店を使っていたではないか。地元に愛着があるなら、なぜ地元のお店を大切に思わなかったのか。齢を重ね、車の運転も覚束なくなって、初めて周囲にスーパーの姿がないことに愕然とする。近所の米屋も、酒店も、八百屋も、魚屋もほとんどが姿を消し、スーパーまでもなくなった。

今や、幹線道路沿いの景色は、どこの町かわからないほど金太郎飴化した。車のディーラー、チェーン店のオンパレードだ。大半の消費者が便利さと安さに走り、地域を見直す余裕がなかった。老いて初めて無機質な街に心が沈んでいく。個人商店のおやじの講釈が懐かしいが、もうかなわぬ夢だ。

そんな中、東ソー生協はすごい。ドアからドアとお客を送り迎えしている。買い物難民となった旧新南陽地区の市民は助かっている。東ソーがバックについているからでもあるが、地元のスーパーあっぱれだ。みんなで東ソー生協に買い物に行こう。(中島 進)

笑顔あふれるお年寄りを

~「R70」創刊に向けて~

先日、日刊新周南で取り上げたが、96歳の女性が押し花で県から表彰された。なんと70歳から始めたそうだ。人生の楽しみ方としては素敵な女性だ。ここ周南も超高齢化社会に突入した。成人の半分はシニア世代になった。

粋で素敵な生き方をするお年寄りもいれば、ついこの間の事故は、原因はわからないが80歳の女性が運転していて73歳の歩行者の女性に衝突、73歳の女性が死亡した。アクセルとブレーキの踏み間違いで店舗などに突っ込む事故も度々になった。カウンター越しに受付の若者をどやしている暴走老人の姿を目にすることも増えた。

ネット社会は、すさまじい勢いで進むが若者たちは対応が早い。一方、キャッシュレス社会に突入するが、お年寄りは何が何だかわからない。何とかペイとかが氾濫する。アナログ社会で生きてきたお年寄りには無理難題だ。お年寄りの情報難民化は激しく進み、情報の嵐の中で孤立していく。窓口で暴走するお年寄りはますます増える。

不審電話は毎日のようにどこかにかかっている。被害にあっても恥ずかしいと相談しないお年寄りも多い。全国で何十億円もの被害が届けられている。隠れた被害はいくらになるかわからない。独居老人が増えれば増えるほど被害は拡大する。

買い物難民など課題はいっぱいだ。行政も子育て支援などで手一杯だ。高齢者福祉も限界に近い。財政支援は難しい。だとすれば情報でお年寄りの生活を守ろうと企画されたのが「R70」だ。まずは周南市で無料の情報誌を多くのお年寄りに届けようという作戦だ。ホームページで見つけないとわからない行政情報から、生活に役立つ情報まで、きめ細かい課題を見つけ、できるだけわかりやすく提供するつもりだ。

何よりも、周南市のお年寄りが、外に出て、近所の人、同じ興味を持つ人を見つけ、イベントに参加、仲間を増やすことが大事だ。それが暴走老人を増やさない最大の防波堤になると信じている。創刊号に向けて市、警察、医師会、社協、老人クラブなど実に多くの団体の協力体制も構築できそうだ。社会貢献に役立つならと多くの企業、団体からの支援も受けた。本当にありがたいことだ。周南市のお年寄りの笑顔が増えると約束したい。暴走老人がいない周南市を目指す。

今月末、乞うご期待を(中島進)

藤井新市長の評価は?

~反市長派市議の質問に疑義~

最近色々な人から「藤井市長はどうかね?」と聞かれることが多い。あれだけ木村市政を批判したから、藤井市政をどう見るか興味を持たれるのだろう。はっきり言えるのは、就任間もないこの時期に評価は無理だ。予算も骨格予算ではなく、前市長の本格的予算を引き継いだ新市長だ。議会でもどんな街を目指すのか、とプランのなさを追及するような質問があったが、本格予算を議決したのは間違いなく今の議員たちだ。

市長が交代するとは思ってもいなかったのだろうが、市長選を控えて、次の市長にほとんど裁量権を与えない本格予算を了承した議会の責任は重い。そんな中、唯一と言ってよいのが「しゅうニャン市」予算の削減だった。選挙戦の大きな公約だったから当然だろう。削減で市民の生活が変わることはない。グッズを作る業者の補償は?の質問には驚いた。あのデザインなどはすべて税金で作ったものだ。

商標登録も市がしている。儲けようと勝手に使ったものだ。パテント料でも納めていれば、いつまでの契約かが問題になる。さらに、2万8千人のサポーターや、250だったか多くの企業団体がパートナーになっていた、この人たちをどうするかと聞く。それだけのサポーターや企業団体が「しゅうニャン市」を残せと思えば、あんな選挙結果にはならない。

もっと言えばふるさと納税が増えたのは「しゅうニャン市」プロジェクトのお陰だと言い切る。どこにそんな根拠があるのか。扱う業者がJTBに代わり、取り扱い品目が大幅に増加したのも要因ではないか。根拠を明確にせず責め立てるのはいかがなものか。反藤井市長は当然で、藤井市政が市民のためにならないなら、どんどん追及すれば良い。

私は木村市政には発足から最初の5年間は批判らしいことは書かなかった。新人だし、自分の施策を打ち出すには、行政経験を少しは積んでからと思っていた。人事についても不満はあったが、我慢した。しかし、「しゅうニャン市」プロジェクトあたりからおかしくなった。次々と不祥事が起こり、行政内部の統制が取れていないと感じ始めた。唯我独尊的な運営が目立ち始めた。多くの人が忠告したが、耳を貸さなくなった。制御できなくなった市議会も少々責任があるのではないか。

藤井市政がどうなるか、今のところ未知数だ。若者がどんどん流出、子どもは減少の一途だ。ウルトラ・Cのアイデアはなかなかないかもしれないが、盗み取りでも良い、先駆的な市町から学ぶことは悪いことではない。

(中島進)

狂気と妄想の世界は隣り合わせ

~平和の誓いを永遠に~

NHKの「なつぞら」を観ている人は、京都アニメーションの炎上、死傷事件は、アニメの制作シーンを頭に思い浮かべて、胸が詰まる思いだろう。障がい者を多く殺害した事件など、このところ正気を失った事件が、度々起こる。どんな心理学者も犯罪者の心理を的確に言い表すことはできないだろう。狂気と妄想の世界で殺害事件は起こっている。

毎年8月になると、6日、9日、15日と、原爆と終戦をテーマに、あの悲惨な時代を振り返る。300万人を超える戦没者への鎮魂が続いてきた。よくぞまああんな悲惨なことが起こせたものかと、人間の持つ狂気と妄想に愕然とする。

戦争中ということで、大量殺戮の原爆も仕方なかったと受け入れられる。日常的な感覚では考えられない殺戮(さつりく)だ。当時は世界中が狂気と妄想の世界に入っていた。数知れない女性や子供たちが命を落とした。大戦終了時、世界中が鎮魂の世界で、二度とこんな惨事を起こさないと誓ったはずだった。

しかし、そんな惨事はすぐに忘れ、戦後74年経った現在も、世界のどこかで殺戮は起こっている。先日ある新聞に、がれきの中で妹を助け出そうと必死にもがく子どもの写真が掲載されていた。シリアでは今この時間にも、殺戮が続いている。何百万人もの避難民が世界中で苦しんでいる。

毎年8月になると、日本中が平和を守ると誓う。しかし、他国の女性や子供たちが、空爆や銃弾で倒れている現実には、まったく無関心だ。アフガン、イラクで数十万人の人々が、殺戮されても無関心だ。京都アニメーションにあれだけ反応する日本人だが、世界中の殺戮には興味を示さない。

狂気と妄想の世界は、かって日本にもあったように、世界中から無くならない。毎年8月に不戦の誓いを立てていても、いつ何時、狂気と妄想にかられた人が指導者になるかも知れない。またいつ何時、かっての日本のように、国民全体がその世界に入るかわからない。常に狂気と妄想の世界が隣り合わせに存在することを意識する8月だ。被害者を何より追悼したい。

(中島進)

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