一言進言

大丈夫か再開発?

~テナント集めは?買い上げ資金は?~

全国の地方都市が再開発に挑戦してきた。商店街も様々な試みをして再生を図ってきた。しかし、成功例は少ない。まずは商店主たちが本気で生き残りを決意、業態を変えてでもの気持ちがないと消費者は反応しない。全国的な有名店の出店はほぼ望めない。四国の丸亀商店街が再生例として知られているが、そこには相当の工夫と、商店街の本気さが見える。

いよいよ旧徳山市の中心市街地の再開発組合が発足した。理事長の小野嘉久さんは面識もなく、どんな人か知らない。知る人も少ないだろう。中心市街地活性化協議会を立ち上げた一人として、心配な事柄を今のうちに書いておこうと思った。なんとしても成功させないといけない事業だけに、期待も大きい。

マンション棟や、山口銀行や徳山商工会議所が入居する駅前棟などは問題ない。マンションもすぐに売れるだろう。組合員へのリスクは無いに等しい。一番リスキーな部分が商業棟だ。約3000坪の商業スペースをどう維持するか、誰が責任者で運営するのか、当然、再開発組合が責任を持つのだろう。30億円の税金を使うのだから当然だ。

結局、商業スペースの土地は、徳山商工会議所を中心に作った買い上げ会社がお金を集め、買い上げる予定になった。これで組合員のリスクは相当解消されることになった。坪約100万円の買い上げ価格だ。今時、地方都市で3,000坪の市街地をこれだけの価格で買い上げる投資会社はそうざらにない。

昔、私がよく知る大手ゼネコンでデベロッパー部門のトップに頼んで診断してもらったことがある。ここに投資してもらえないかと。彼は調査を開始し、しばらくして「だめだ。この市にはグランドデザインがない。人口対策も含め、将来像がまるでない。こんな市に投資は無理だ」と、伸びる要素がないとのことだった。「ここはポテンシャルは高く、潜在的にはまだまだ力を引き出せる」と反論したが、外部からの一つの見方だと当時思った。

土日は特に閑散となる今の中心市街地に、新しい商業棟の出現で賑わいを少しでも取り戻せるか。余程のテナントを集めないと持続は難しい。今、周南市で一番集客しているといわれるゆめタウン徳山だが、私が見る限りこの1年でも数店のテナントが入れ替わった。かくも厳しいものかと驚かざるを得ない。

土地の買い上げへの投資は誰がするのか、テナント集めはどこがするのか、まだまだこれからだ。できうれば市民がこぞって参加し、協力できる仕組みはないものか。市民が盛り上がらない限り商店街の再生は難しい。地方都市の悲哀は痛いほど目のあたりにしてきた。

(中島

軽薄病が蔓延する日本

~伝染を食い止める治療薬は?~

19世紀末、中国を起源とするペストが世界中に広がり、1,000万人ともいわれる死者を出した。北里柴三郎はペスト菌を解明、後に治療薬抗血清の開発につながった。様々な伝染病が世界で流行し、人類の歴史は伝染病との戦いだった。それは今でも続いている。

昨年末からここ周南地区でもインフルエンザが流行。学級閉鎖などが急増した。そんな中、今度は新型コロナウイルス感染症の大流行が襲ってきた。単に疾病者が急増しただけでなく、株価の下落など世界経済にまで影響してきた。エイズの時もそうだったが、今は人の移動が頻繁で、世界中にあっという間に広がるのが怖い。

しかし、人類も大したもので、ほとんどの伝染病の治療薬を開発してきた。新型コロナウイルスも近いうちに治療薬が出てくるだろう。それまではマスクと手洗い・アルコール消毒ぐらいしか防御策がないというから厄介だ。徳山港も中国からの船が入ってくる。しっかりとした水際作戦が肝要だ。

伝染病と言えば、今、政府も、忖度、言い訳、不規則発言などが大流行だ。まるで伝染病にかかったかのようだ。とにかく軽い。軽薄病とでも言おうか。「募っていたが募集はしていない」総理の答弁の軽さに唖然とする。それがまかり通る国会になってしまった。何人もの大臣が辞任し、次々問題になる発言が連日報じられている。問い詰められると個人情報だと逃げる。それにだんまりだ。軽薄病の感染源がどこかと探す必要もない。

東大出の高級官僚にまで伝染してしまった。公文書を改ざんしたり、勝手に破棄してしまう。この伝染病はいったい食い止められるのか。国民と言えば投票にも行かず、無関心を決め込んでいる。鼻から国を信用していないのか。野党と言えばメンツかなんだか、一向にまとまる気配もない。程度がすこぶる落ち込んだこの国の有り様は、改善する治療薬が当面見当たらない。

民主主義の基幹は選挙制度だ。激しい戦いをしている地方の市長選でも、投票率は30%台が少なくない。小学校や中学校では民主主義の大切さを教えているはずだ。誰か日本中に蔓延したこの軽薄病の伝染を食い止める治療薬を見つける人はいないものか。北里柴三郎はもう現れないか。


(中島 

NGO活動に敬服の念を。

~有馬実成住職を思い出す~

アフガニスタンで中村哲医師が射殺された事件は世界中が悲しんだ。NGO活動でどれだけの活動をしてきたのか、うわべぐらいしか知らないが、アフガンの人々の嘆きようを見ると、偉大な人だったのだと感動した。引っ込み思案な日本人らしからぬ日本人だったのだろう。


同じくNGOで思い出したのは、ここ周南市櫛ケ浜の原江寺住職だった有馬実成さんだ。1980年代には既に東南アジア、特にタイやカンボジアの難民支援活動に乗り出し、衣服を集めて送ったり、現地の言葉に訳した絵本を贈ったり、実に多様な支援活動を展開していた。当時「NGOの有馬」と言われていた。


25年前の阪神淡路大震災の時には、真っ先に現地に入ってボランティアの先頭で活躍し、震災現場で知らない人はいないと言われていた。話は聞いていたが、実際、有馬住職のすごさを実感したことがある。


有馬住職が亡くなってしばらくしてだが、わが社は当時長野県知事だった田中康夫さんを招いて講演会を開催した。時の人で大層忙しくしていた御仁だけに、東京まで出向き、電車の中で口説いた思い出のある講演会開催だった。こんな名もない小新聞の願いをよくぞ聞いてくれたと感激したものだ。


その理由の一端が分かったのは、田中康夫さんが徳山入りしてからだ。彼は阪神淡路大震災で初めてボランティア活動に参加したそうだ。その時リーダーとしてボランティア集団を率いていたのが有馬実成住職だった。温かく、優しく、抜群の決断力に圧倒されたという。


有馬住職を恩師と慕う田中さんの願いで、講演の翌日、原江寺に有馬住職の墓参りに出向いた。有馬住職との出会いが彼の人生を大きく変えたのかもしれない。小説家として脚光を浴びていたのが、政治の世界で破天荒と言われる存在になった。ちなみにNHKの「ニュース9」のキャスター・有馬嘉男さんは有馬住職の長男だ。


世界中に困窮している人々がいる。その人たちへ手を差し伸べ、少しでもましな生活と活動するNGO活動家たちにもっと理解が必要だ。ここ周南ではベトナムに401台もの車いすを贈り続けているNPO国際ボランティアIMAYAの理事長の岩本功医師もその一人だ。新興国の発展に寄せる熱く優しい思いには頭が下がる。

(中島 

AIは人間を幸せにするのか?

~感性が大事な世界へ~

年明けの新聞などの特集に必ず登場するのがAI(人工知能)時代の到来だ。何もかも便利になることが最優先時代だ。車の自動運転から始まり、婚活までがAIで決める時代になった。そのため多くの企業が希望退職者を募り、中高年社員のリストラを始めているという。AIが理解できる若者を高額で採用するためだという。

25年前、携帯電話が出始めたころ、かかってきた相手に「おう!ようここにおるのがわかったの」と応えている仲間に、一同大笑いしたのは大昔の話のようだ。そのうちスマホが登場、電話と言えない機能が満載で、パソコンを持ち歩くことと同じ状態になった。

確かに企業は将来的にも収益を上げることが一番の目的だ。AIの波に乗り遅れることがあってはならない。だが、そこに人間の感性を求めない企業は本当に楽しいのか。便利さだけを追求する世界は本当に人間を幸せにできるのか。遺伝子操作で食べ物を作ることが素晴らしいことなのか。

カフェでカップルが、目の前の相手とラインなどで会話しているのを見て、楽しさを共感できないのは、アナログ世代の悲哀なのか。確かに機械は発達するが、人間力は同時に発達するとは思えない。家に帰って「テレビ」と言えばテレビが点く、何もかも自動だ。ニュースだって勝手にスマホに入ってくる。家の明かりもたまには暗くしたいときもある。

「日刊新周南」のような小新聞は、アナログ世界が主流だ。パソコンで編集しているが、取材は全て人間が出向いてする。取材先の選定も感性の赴くとこで決まる。もちろん記事も記者の感性が大きく左右する。配達も人間の足でしかできない。配達する人も人の子、たまに入れ忘れたりする。お叱りを受けて購読中止になったりもする。

孫が載っていたとおじいちゃんが新聞をと来社する。行政、政治のここがおかしいと指摘する。そのうち是正され市民が喜ぶ。感性だけが頼りの新聞づくりは楽しみ方が違う。AIでは味わえない世界がある。手間ひまが膨大にかかり、儲かることがない仕事だが、アナログ世界は不滅だ。


(中島 進)

新年あけましておめでとうございます

~ささやかな初夢を~

さて今年はどんな年になるのか、様々な評論家などが予想をする。バブル全盛期のころ、ほとんどの経済評論家が、もっともっと株は値上がり続けると語っていた。一部の人が警告を発していたが、バブル崩壊を予想する専門家はきわめて少数派だった。想定外が当たり前のように使われだした。

災害の多くは想定外の規模で起こるようになった。防災にここまで力を入れるようになったのは極く最近だ。だんだん人々の中に想定内の意識が強まった。南海トラフなど、数十年以内に必ず起こると予想も出ている。想定できる規模も大きくなった。

地方自治体の人口減少や、高齢化率の上昇は想定内だ。しかも30年前から想定できたはずだ。国は少子化対策の大臣を作ったり、地方創生担当大臣を置いてきたが、その効果が見られることは無かった。本気でなかった。国家の一大事だとの認識もなかった。つけ焼き刃的な対策で目をそらしてきた。

しかし、全国の市町村の中には人口を増やし、出生率を上昇させている自治体が、少しだがあるのも事実だ。そこには工夫と、リーダーの確固たる信念が見える。金太郎飴的な施策では流れを変えることはできない。日本人的な横並び主義の弊害は、こんな時代には特に衰退を加速させる。

所得制限を緩和して、若者夫婦が生活できる公営住宅を増やす。そこには必ず車2台が駐車できる。人手不足も深刻だ。夫婦共働きができやすいように、保育園を待機児童ゼロまで充実させる。移住する若者には気軽に引っ越しできるように助成金制度を設ける。医療費はせめて中学校卒業までは無料とする。この程度で成功している自治体がある。

若者一人がこの地で働き生活してくれると、生涯で所得税をはじめガソリン税、消費税なども含めると5千万円近くは税収として入ってくる。少々の投資など確実に回収できる計算だ。商業も潤うし、企業も生産があがり法人税も増加する。地域経済の振興に役立つこと確実だ。これは想定内だ。

私の初夢は周南地区どこに住んでも、前記した内容の生活ができることだ。保育園は3市どこでも利用できるようになって。職場か自宅の近くか、自由に選べるようになったら素晴らしい。正月に公園に行ったら子ども2人しか遊んでいなかった。

(中島 進)

今年1年ありがとうございました

~常に変化する周南地区を願う~

「令」が今年の漢字なら「新」がわが社の漢字だろう。高齢化社会に突入して、65歳以上が成人の半分以上になった。AIとか何とかで、世界は総デジタル化を目指している。しかしシニア世代はアナログの中で育ち、老いてきた。情報過疎化がどんどん進んできた。行政情報も、店舗情報もみんなホームページ見てくださいとなった。


今年7月、わが社のスタッフと外部のスタッフが集まりR70プロジェクトを立ち上げた。そして9月末、「R70」をついに創刊した。多くの地元企業、大手企業からの支援も受けた。全国でも珍しいシニア世代向けのフリーペーパーだ。財政も緊迫、地方自治体も高齢者に今までのような対応はできない。お金で助けるのが難しい。「R70」をもって、情報でシニア世代を応援することにした。


この新たな企画に、行政も、警察も、医師会も、社会福祉協議会も、老人クラブも賛同し、実に多彩な情報をペーパーで届けることが可能になった。近鉄松下百貨店が無くなり、シニア世代が街中を歩くことがめっきり減った。街中のイベントも若者対象が多かったが、これからは一部シニア世代向けも投入できることになった。


もう一つ新しい出来事は、周南市長が新しくなった。藤井律子市長誕生で変化が生まれる可能性が出てきた。望むべきことは行政の体質を変えてくれることだ。合併によっていびつな人事が16年間続いた。副市長はほとんど旧新南陽市出身者が占め、幹部は全てと言っていいぐらい旧新南陽市組が握った。長く地方自治を取材してきた身からは、確かに弊害が加速度的に発生した感はいなめない。


副市長も県職員出身で、しがらみが無い。新しい風が吹くことは間違いない。周南地区で最も大規模な組織の周南市だけに、一挙に変えることは難しいが、仕事ができ、頭がシャープな人物が管理職につく、当たり前のシステムになれば、職員の意識も変わるだろう。


令和元年も終わる。平成の30年間で最も変化したのが下松市だった。地域格差は顕著だが、人口を増やした変化はあっぱれだった。しかし、周南地区で言えば、毎年1,500人もの人口減であえいでいる。常に変化し続けることが大事だ。これからの30年間で、周南3市が画期的な連携を組み、周南地区で働きたい、生活したい市民を増やすために大胆な改革ができれば、と願うばかりだ。合併騒動から16年。2万人を超える市民が消滅した。特に若者が。


今年1年、「日刊新周南」ご愛読ありがとうございました。私たちも常に変化して、生活に必要な情報を提供し続けます。よろしくお願いいたします。

(中島 

シティープロモーションより先に

~実情をしっかり把握せよ~

シティープロモーションが大流行(はや)りだ。全国の自治体が「シティープロモーションを」と言い出した。中身を聞くと、もともと各自治体が取り組んできたことをカタカナに言い換えただけで、別に目新しいことではない。誇りが持てるわが町を、もっと認知度を上げることが大切だ、などを「シビックプライド」「シティープロモーション」と言っている。カッコよさを狙ったのか。

周南市は前市長時代に「しゅうニャン市」キャンペーンで大金を投じた。しかし市民の間で賛成派と、市の誇りを馬鹿にしたとの反対派に分かれてしまった。この時点で「シビックプライド」を語れなくなった。専門家によれば「シビックプライド」はシティープロモーションの欠かせない大切な要素だ。

下松市も光市も負けじとシティープロモーションに取り組んでいる。光市は「おっぱい宣言」で愛情いっぱいの子育ての大切さを訴えたり、市民ぐるみのウエディングで街を盛り上げた。下松市は日立の英国向け車両を日中に公開出荷して3万5千人もの見物客が訪れ、ものづくりの市として全国的に名を広めた。

皮肉にも周南市は野犬がのさばっている街として有名になった。民放各局が取り上げて、全国版になって、猫のように自由に歩ける街として展開した「しゅうニャン市」キャンペーンは、今春の市長選と共に消滅した。しかし、周南市の認知度は上がった。テレビの持つ力を改めて思い知らされた。逆に、上手なパブリシティの使い方で、シティープロモーションできることも示された。

地方都市の課題は明白で、若者定住と少子化対策だ。そのためのシティープロモーションはどうあるべきか考えることだ。1歳になる子どもを抱えた人から嘆きの声が届いた。新南陽地区だが、職場復帰しようにも保育園はすでに8人待ちで入所できる可能性は薄いという。たちまち生活に困窮すると訴える。これでは若者にふるさとに帰れと言えない。窓口職員のつれなさも怒りの対象だ。

待機児童ゼロと言うのはどこの根拠から言えるのか。庁舎の豪華さを競うより、目の前の子育てに悩む若者を救うことが先決だ。熊毛地区の保育園では雨漏りが激しく、父母の悩みは大きい。誇りの持てる故郷にすることが肝要だ。それが「シビックプライド」を育む。働くこともままならない現実に行政の壁は厚すぎる。先ずは実情をしっかり把握することだ。シティープロモーションはそれからだ。


(中島進)

突如「花の乱」

~「驕(おご)る平氏久しからず」を忘れないように~

「桜を見る会」がえらく問題になっている。政策の失敗より重大なようだ。ワイドショー的な話題で、テレビも新聞もノリにノっている。行った人によるとあまりにも人が多くて、芸能人を探しては記念写真を撮ったと話していた。

お祭り騒ぎで、有名人に会えるということで人気があるそうだ。吉田茂首相時代からの行事だそうだが、当時は品格がある大人の集まりだっただろう。名目は各界で功労があった人たちを、時の首相が招待して慰労し、感謝を示すことだった。

それが田舎のおばちゃんやおじさんを集めて、いわばお上りさんの大集合の会になったようだ。招待状を配った議員は、有名人に会わせてくれたと感謝され、次の選挙では、多少の戦力になってくれるに違いない。

実にのどかな景色だ。首相をはじめ、国民みんなが平和ボケして、写真を見るとひとり残らず良い笑顔をしている。こんなことが国を挙げての大事になること自体、平和ないい国かも知れない。香港や韓国の荒れ様を見ると月とスッポンだ。

それにしても藤井律子周南市長まで引き合いに出されて、取り上げられ、いい迷惑だ。昨年の見る会に招待されたそうだが、当時は自民党山口県連の副会長で、県連唯一の女性県議。党県連の総務会長までやった人だ。おばちゃんやおじさんの招待とはちょっと違う感じだ。芸能人も出た出ないで話題になっている。ほんとにいい迷惑だ。

「驕る平氏久しからず」、令和になって「驕る安倍首相久しからず」にならないといいが、ちょっと調子に乗りすぎた感はある。この会を段取りした人たちが軽い。取り巻きが軽いのだろう。安倍首相の人気の高さに有頂天になっているのだろう。あくまで税金を使っていることをしっかり意識しないと、三流国家になり下がる。

いっそ野党の国会議員たちもみんな招待すればよかった。国を挙げての桜を見る会にすればよいのだ。桜の花の下、国民上げて平和な日本を確認しあい、日本の良さを見直そうと叫べば良かった。それなら首相だから、少しぐらいは招待客数の割合を増やしても文句は出ないだろう。「花の乱」はしばらく続きそうだ。

(中島

山間の町に年間90万人が訪れる

~A級グルメの町を創る~

周南市長穂の旧翔北中に年間1千万円、4年間で4千万円を援助、使ってない校舎などの管理を名目にデザイン会社を誘致した。実態はひどいものだった。ほとんどそこで働く人を見ることもなく、最近では校庭は草ぼうぼうだと聞いた。あげくに年間1千万円もの補助金を出しているその会社に、長く地元で活動している会社と競わせて、市広報のデザインを委託した。

クリエィティブな地域が掛け声の事業だったが、担当者にそれを理解する人がいなかったのか、淡々と事業は進められた。4年が過ぎようとしているが、残ったのは古くなった校舎だけに終わりそうだ。若い人が少なくなった地区の草刈りを手伝う社員はほとんど現れなかった。

島根県の山間地域に位置する邑智郡邑南(おおなん)町の町役場に務める寺本英仁さんが、NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」で取り上げられたことがある。「AJIKURA」というレストランを成功させ、その後次々と町内にレストランが出店、今や人口1万人の町に、年間90万人が訪れるという。

寺本さんはまず町の特産品を東京で売ろうと試みた。デパートなどへの売り込みに奔走するが、全国の市町村がそうであるように、売り上げとかけた経費が同じと、悲惨な現実を見た。そこで、売り込みに行くより、町に来てもらう発想に切り替えた。レストラン「AJIKURA」は一流のシェフを雇用して、町内産の食材を使って料理を提供、瞬く間に有名店になった。そこに「地域おこし協力隊」などの国の補助金制度をうまく使って、町からの持ち出しを極力抑えた工夫が面白い。

結局、何年か後には、減価償却費を払ってもらって民間に譲渡したが、最初町内に20店舗しかなかったのに、訪れる人が増えてきたことで、40店舗を超えたそうだ。その他「食の学校」「農の学校」など人を育てる仕組みを巧みに作るなど、寺本さんの工夫と努力はまだ続いている。

A級グルメの町として有名になった邑南町に一度行ってみたいが、一人の行政マンが、反省とチャレンジを繰り返した結果、町に変化をもたらした。行政組織の固苦しさは知られているが、やる気のある行政マンに権限と寛大さを与えた町長はじめ行政幹部の英断は、どこから生まれたのだろうか。周南地区でもまだまだいろいろな試みはできる。旧翔北中のような失敗はもうなしだ。(中島 進)

被災者の生の声を聞いてみたら?

~体験者しか恐怖はわからない~

いは忘れたころやって来ると思いきや、忘れる間もなくやって来た。昨年は西日本大豪雨、今回は千葉県中心に襲った台風15号が後遺症を残したまま、19号で東北一帯が大惨事になった。九州は熊本地震に始まりいたるところが被害を受けた。枚挙に困らないほど全国で痛い目にあった。自然の猛威に日本列島は疲れ切っている。
水温度が上昇し、水蒸気が空にたまり、一気に雨となって降り注ぐ。わかりきった話だが、世界が一致して温暖化対策に取り組むことにならない。米国のトランプ大統領に遠慮してか、日本もそのグループに属さない。温暖化対策を最重点にするのではなく、まだ原発に望みを残しているようだ。中国など10億人をはるかに超える人々が車に乗り出し、地球上の排気ガスはうなぎ上りに増えている。確かに日本だけが頑張っても地球はきれいにならない。
間の営みが、この大災害の大きな原因とすれば、輪廻転生と言うべきなのか。世界中の異常気象は止まることを知らない。便利さとお金に目がくらんだ人間の所業は、自然への挑戦状だった。応えて自然は闘いを挑んできた。勝てるわけがない戦いに挑戦している。堤防を高くしたり、地下にとてつもない排水路を作ったり。
と昔前、日本列島は公害で揺れていた。光化学スモッグ情報が連日話題になった。水俣病が引き金になって、公害は社会悪として認知された。地球温暖化は目に見えにくかったが、災害で初めて体験することになった。地球規模だけに厄介だ。夏の猛暑だけでは意識が高まらない。未だに温暖化は問題ないと言う国家があるから、余計厄介だ。社会悪に認定されるまで、この現象はひどくなるばかりだ。
ゃあどうすれば良いのか。仕事を終えて車で帰宅途中の妻は、必死で夫に助けを求めるが、濁流にのみこまれた車に近づくこともできない。「もう危ないから来ないで」を最後に妻は流されていった。かって経験したことがないことには人間は無力だ。戦争の語り部のように、罹災した人たちの経験談を聞くことでしか、我がことのように災害を受け止めないだろう。
ザードマップももちろん大切だが、これだけの災害を経験した人がいるのだから、その恐ろしさを伝える語り部を呼ぶことだ。生の声を聞くことで、わしらは大丈夫だ、と安全を疑わない多くの人たちの意識を変えることだ。「命を守る行動をしてください」懸命に呼びかけるアナウンサーの声に反応しない人がいかに多かったか。生の声を聞いたことがないからでは。(中島進)

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