一言進言

怒りの矛先は首長に?

~高齢者のイライラが大増幅か?~

大体、齢を取ると気が短くなる人が多い。役所のカウンターなど窓口で大きな声で叱責しているのはお年寄りの男性が多い。長時間待たされるのが我慢できないようだし、ちょっとしたミスが許せなくなる。もちろん若いころは気性の激しい人が、逆に年を重ねて温厚になる人もいる。

全国で高齢者向けワクチン接種が始まった。光市ではわずか690人分をめぐって多くのお年寄りが応募した。先の東京都の八王子市での模様が全国で評判になったが、同じように朝から電話をかけ続けた高齢者が続出した。1時間もしないうちに締め切られたが、接種予約できなかった高齢者の不満はたまった。

光市在住の知人から電話があった。「中途半端な応募者募集には頭にきた。次の予定もあてにならんし、年寄りを馬鹿にしている」怒りの声は話すほどに大きくなる。こんな光景が全国で起こっているだろう。ほんのわずかなワクチンをめぐってお年寄りの気持ちをもて遊ぶかのような状態だ。

テレビで見る河野太郎ワクチン接種担当大臣の顔つきが悪くなってきた。思うように入らないワクチン担当になって、さぞや気持ちもつらいのだろう。「入る、入る」詐欺のような発表で国民もあきれている。先進国と威張っていたら、欧米に比べて数%しかワクチンを入手できない日本の有様に、日本が置かれている世界の中の立ち位置が思い知らされた。

全国でお年寄りはつながらない電話にイライラした上、ネットでの応募がままならないことでますますイライラは増幅していることだろう。怒りは政府に対してより、窓口の地方自治体に向かう。全国の首長へ怒りの矛先は向いていく。これから本格的な接種が始まるが、5月に充分な量が確保できるのだろうか。

報道の怖さも今回は際立つ。私の周辺でも接種を拒否する人が何人かいる。何万人に1人か2人の重い副作用が出たら、副作用が強調されて確率には力を入れない報道が多すぎる。女性に副作用が多いと報道されると、怖がる女性が少なからず現れる。予防接種には必ず特異な例が出る。ことさら強調しない報道が大切ではないか。私は血糖値が高いが、必ず接種する。

(中島 

接種は高齢者施設から

~順番を守る仕組みを~

各市で新型コロナウイルスワクチンの接種券の発送が始まった。いつ接種できるか皆目わからないのに届いた。だから封を開けることもなく置いたままだ。何人からかたずねられた。「券が届いたけどいつ接種できるん?」「わからんね。そのうち案内が来るよ」。多くの高齢者がワクチン接種に期待しているが、ワクチンの供給数は未だにわからないようだ。

ニュースで問題化していたが、東京都の八王子市ではわずか千数百人分しかないのに、12万人もいる高齢者に先着順で受け付けて1時間足らずで締め切ったとあった。ある高齢者はずっと電話をかけ続けていた。役所まで歩いて行って結局断念した。想像力の欠けた担当者では、高齢者の不安を想像できなかったのだろう。

一番の原因は中途半端な供給しかできない政府のやり方だが、もう少し地方自治体もくふうしても良かった。接種の順番をどうするかは最初にどう決めるかが大切だ。世田谷区ではクラスターが一番多い高齢者施設からと決めている。今までのデーターから、飲食店のおよそ倍近く高齢者施設でのクラスター発生が多いそうだ。ここ周南でもそれは実証された。

できれば高齢者施設を優先して、まずはクラスター発生を防ぐことだ。その後は整然と年の順番を守ることだ。重篤化率が高いと知れ渡り、若い人より恐怖心が強い高齢者には、細かいルール設定が大切だ。1カ月でも年の上の人からの接種でないと不安が増す。

政府は6月になれば十分供給できると言うが、1カ月、2カ月が高齢者には長いのだ。順番が少しでも狂うと疑心暗鬼になる。それにしても世田谷区は対応が細やかだ。抗体を持った保育園児が多いのを探り、保育園でのPCR検査を綿密に実施、クラスター発生を防止している。もちろん高齢者施設でも定期的にPCR検査を実施、クラスター発生を最小限にとどめている。

高齢者施設に働くある介護士は「一時期、訪れる高齢者が減って、私たちの収入も減った」と嘆いていた。もちろんPCR検査など受けたことがない。長期滞在の老人施設で働く介護士も「もし、感染者が出たら私たちの誰かが原因。すごく怖いです」。彼女もPCR検査は一度も受けたことがない。ワクチンが届くまで、県や市は高齢者施設で働く人たちのPCR検査をできないものか。接種前のクラスターは何としても防がなくては。

(中島 

感染源は都会から

~もしロックダウンしていたら?~

新型コロナウイルスの猛威は止まらない。非常事態宣言は人々の気持ちを揺るがすことができなくなった。都会では気にする人が特に激減したようだ。毎日、テレビや新聞で何人感染、何人死亡と出るが、慣れとは怖いものだ。

若い人は無症状と言いすぎた。重症化し亡くなるのはほとんどが高齢者で、若い人は自宅謹慎程度だと伝播しすぎた。感染した人がネット上で叩かれるが、ほとんどが地方での話だ。都会ではだれが感染したか情報もほとんど入らない。ちなみにここ山口県では県が発表する前に情報が入ってくる。会社名、個人名がほとんど瞬時にわかってしまう。

地域コミュニティーがまだまだ残っているから厄介だ。家族に感染者が出ると子どもまでその影響がすぐさま出てくる。住んでいるところも知られるから、肩身の狭い思いで何カ月かは暮らすことになる。子どもを抱えた親たちは、会食も旅行にも出づらくなる。

地方になればなるほど自粛生活をする人が増えてきた。島根県知事が怒るのも無理はない。都会の感染拡大は一気に地方の飲食店などを直撃した。ここ周南地区でも市中感染はほとんどなかったが、子どもや家族のことを気づかって飲食を控えている。

感染が発生した原因は、ほとんどが東京など都会に行ったり、都会から帰ってきた人からだった。感染経路がわからない人は極めて少数だった。東京や大阪を1カ月、いや2週間ロックダウン(都市封鎖)していたら台湾のように収まっていたかも知れない。

ある飲食店の店主が嘆く。「ここも非常事態宣言を出してくれればいいのに。個人営業で月に180万円入ればなんぼでも店を閉められる」と。8時までの時短なんかでお茶を濁しているから感染は広がるばかりだ。結論的には都会で感染拡大を防ぐのはもう無理だ。田舎の人たちとの意識が違いすぎる。

皮肉なことに、誹謗中傷を恐れる田舎だから爆発的な市中感染を防げたという哀しい現実をどう解釈するべきか。隣、近所との関係がほぼない都会での暮らしは、どれだけ気が楽か。都会と地方とのギャップをとことん思い知らされたのが今回のコロナ騒動だった。感染を恐れるより、人の目を恐れた田舎の人たちに軍配は上がったのか。それにしても都会の人たちの身勝手さは悔しい。

(中島 

これで良いのか優先順位?

~何よりワクチン確保を~

2021年度が始まる。新型コロナで明け、暮れた20年度だった。目に見えないウイルスにおびえ、恐怖した1年間だったが、収束は一向にまだ見えない。医療従事者へのワクチン接種が始まった。一般の人たちへの接種の見通しも立っていない。

高齢者から優先的に接種が始まる。周南市は大津島の島民が最初らしい。100歳以上の人も優先順位が高い。感染した場合の重症化や死亡する率が高いからだ。難しいテーマだ。誰から接種するかを決めるのは。一人親の人に聞くと、「私たちは感染するとたちまち子どもの食事も作ってやれなくなる。働かないとたちまち生活もできない」近くに子どもの世話ができる人がいないと、子どもはどうするのだろうか。

インフルエンザで死んでいく高齢者は減少していると聞く。命を守る順番はつけられない。子どもを飢えさせることを我慢して、高齢者を救うことを優先する。誰も文句を言えない。ある派遣社員は「私たちは感染すると同時に雇い止めになる。経済を動かす人が働けないとどうなるのか」と聞いてくる。

ある零細企業の経営者は言う「大企業は1人2人感染者が出ても大丈夫だが、うちんとこは感染者が出ると仕事すべてが止まって倒産じゃ」。悩みは尽きない。それでも重症化する確率が高い高齢者が先だ。インフルエンザで死ぬ確率より低くてもだ。先の一人親家庭が言う「お年寄りは出かけることも少ないのに。感染する率が高いのは圧倒的に若い人たちでしょ」。

ある医者が言う。「百歳以上の人を感染させるのは子どもからだ。風邪をひいても死ぬ確率高いから、接種でむやみに外に出さない方が良いかも」。なんとも百人百様思いがある。しかし、数が無尽蔵にあるワクチンではない。優先順位を付けざるをえない。高齢者から順番に、が無難なところだろう。しかし、たちまち子どもの世話をする人がいなくなる一人親家庭には、数があるなら並行して接種してあげて欲しいものだ。

と言う私は社内で接種優先順位1番だ。正直譲れるものなら子どもにでも譲りたい気持ちだ。私の周囲にも同じことを言うお年寄りは多い。いろいろな思いが交錯するワクチン接種だが、今でも予定が決まらない状況はどうなっているのか。ワクチン開発が進んでいない日本は情けない。優秀な研究者はどこに行った。国を守る基本を捨てて何にお金を使ってきたのか。次回はどんなウイルスが襲うのか。

(中島 

あれから10年!頑張れているか私たち

~日常で薄れる記憶~

「あーーっ」テレビ画面から流れる悲痛な叫び声と、妙にゆっくり感じる家や車が流されている映像は、未だに記憶が鮮明に残っている。あの日、珍しく周南市議会の記者席で、これまた初めての経験の百条委員会を傍聴していた。記者席がどよめき始め、東北で大変なことが起こっていると知った。あわてて車に戻り車中の小さなテレビを見た。どれくらい見ていたか記憶にないが、大変長く夢中で見ていた。

それから1カ月は毎朝、新聞をむさぼるように読み、夜はテレビの前から動けなかった。それはまだ記憶に強く残っていた17年前の阪神・淡路大震災の光景と比較する必要もないが、強烈さは異常としか言いようがなかった。震災から数日後たまたま徳山商工会議所で議員総会が開かれ、すぐに現地へ救援物資を届けようと決議された。当時の会頭は徳山海陸運送社長の藤井英雄さんだった。さっそくその徳山海陸の大きな倉庫を開放し、あっという間に倉庫いっぱいの救援物資が集まった。

救援物資を満載したトラックが出発したのが3月19日だった。被災から1週間余りで準備完了した。運転は現会頭の宮本治郎さんと現副会頭の原田康宏さんだった。現地ではガソリンもないだろうと山田石油の協力でタンクローリーも一緒だった。2人は一昼夜寝ずに運転を続け、寸断された道、がれきの山の中、翌日の夜に福島県の会津若松商工会議所にたどり着いた。もちろんタンクローリーの運転していた人も大変危険な思いをしていただろう。

戊辰戦争以来、宿敵と言われたこともあった長州から、いち早く救援物資が届けられて、会津の人たちは心から喜んでいたとの報告を聞いて、歴史を乗り越える多少の手助けができたのかと思ったことを思い出す。

あれから10年。日本中が悲しみに沈み、思いを寄せた東日本大震災だが、次々起こる各地での災害や、事件で日常の中から忘れないまでも、記憶の片隅になりかけている。災害も少ない、穏やかな瀬戸内の一角で生活している私たちは、もう少し踏ん張って良い地域にすることが、東北をはじめ災害をこうむった人たちへの応援歌になるのではないか。気持ちを新たにする3月だ。 

(中島 

県民と接触がない県庁マン

~戦前より怖い国家公務員?~

多くの国家公務員を志望する人たちは、青雲の志を持っていたに違いない。いつの間にかそのころの気持ちを忘れていくようになって、上司の顔色をうかがいながらの業務に追われるようになった。以前は国家公務員の不祥事は主に贈収賄がらみが多かった。最近はモリ・カケ問題始め、時の権力への忖度(そんたく)した結果の不祥事になっている。

昔、城山三郎作の「官僚たちの夏」という小説がよく読まれた。当時一人の男が夢を持ち、政財界の思惑や利害に左右されてはいけないと気概を持ち、次官まで昇っていく官僚の物語だ。映画にもなりヒットした。権力者のため人間一人が死んでもお構いなしに、公文書を改ざんした佐川宣寿元国税庁長官に是非この映画を見てもらいたかった。

もっとさかのぼれば、戦前はもっとひどかったと想像できる。軍部に逆らうことはご法度だったに違いない。日本人がこぞって戦争にまっしぐらに向かっていただけに、国家公務員の非力化はいかほどであったか。戦争が終わり、解放された公務員たちは大張り切りで仕事をしていたに違いない。しかし、ある意味、軍部への恐怖から服従した戦前よりも、今の自らの判断で権力者に忖度して、事実までをねじ曲げている公務員の方が怖い。

一方、地方公務員はどうだろうか。市役所の職員と、県庁の職員と違いが大きい。日ごろ県民と接触する機会がすこぶる少ない県庁マンたちは、実感として県民の存在を意識する度合いが少ない。知事を守るために県会議員にはやたら丁寧な対応をする。「先生」「先生」と持ち上げ、疑問を発する与党議員には即刻説明に伺う。決して議会で追及するような質問をしないように。新人県議の中には、何か錯覚して自分がえらく偉い人になった気になる議員も出る。

今回「県民不在!」と県の市民を全く無視した対応を取り上げた。徳山ポートビルの完成を、市民が見ることもないホームページに載せただけの処置に驚いたからだ。そこにはフェリーの乗客を一人でも増やし、経営を助けよう、観光客をもっと増やそうなどの発想はかけらもなかった。業者以外の県民と接する機会のない県庁マンたちの実態が如実に出た案件だった。

コロナで連日悪戦苦闘する保健所の職員を想うと、同じ公務員とは思えない県庁マンだが、すべての県庁マンではないことが救いだ。なぜ周南地区では期待の大きかった徳山ポートビルが、何の変哲もない物件になってしまったのか、周南市も含め、大いに反省すべきことは後日触れよう。やれやれと疲労感しか残らないポートビル騒動だった。

(中島 

オリンピック精神は日本では無理?

~自民党県議団で女性は1人だけ~

1998年、当時の二井関成知事は山口県初の女性副知事を迎えた。「現代好色5人女」と言う小説も書いた女性、大泉博子さん(71)だった。東大出身でユニセフや政府の役人を歴任してきたキャリア豊富なやり手だった。そのころ県庁にもしばしば出入りしていたので彼女と話す機会も何度かあった。初対面でいきなり「なぜ山口県はこんなに後れているの?」と聞かれた。専業主婦の割合がこんなに多い県はだめだ、と彼女は熱く語っていた。社会参加する女性の少なさに驚いていたのだ。

その後大泉さんは、山口県で2回国政選挙に出馬、落選した。驚いたのは、次に茨城県で見事当選を果たしたと知った時だ。しかし、その次は落選、今度はつくば市の市長選にチャレンジ、これも惨敗した。何ともバイタリティーあふれた女性だ。20年前、山口県のような完全な男社会の中では、彼女のような存在は受け入れてくれる余地はなかったろう。

森喜朗さんの発言で、今やマスコミは上や下への大騒動だ。「性差別」発言は、今は流行語だ。山口県の中年以上の男性のほとんどが驚いただろう。日頃自分たちが平気でしゃべっていた内容でこれほど世界中からもバッシングを受けるなんて。先日、食事をしていたら、隣の年配夫婦の会話が耳に入ってきた。「ねえ?なんで森さんの言うたことにあんなに騒ぐん?」「それいのう、わしもわからんにいや」。これが山口県の一般的な会話なんだろうか。

かつて、山口県は弘兼憲史の漫画「課長島耕作」を採用、株式会社山口県の代表取締役を島耕作とした。聞いたときは耳を疑ったが、県のえらいさん達は自慢げに発表の場に並んでいた。「課長島耕作」は数々の女性を踏み台にして出世した男性の漫画だ。案の定、観光客は一向に増えず、掛けた大金を数年後には水に流した。

今もそうだが、何十人もいる自民党県議の中で唯一ひとりだけの女性議員だった藤井律子周南市長は、「なんで女性の敵のような主人公を社長にするのか」と注文付けたが、男性県議たちは一応にニヤっとしただけで、とりあう県議も、役人も現れることはなかった。聞くと議事録からも削除されたという。

これが山口県の実体だ。未だに、数多い自民党県議団の中で女性議員は1人だけ。周南3市で保守系市議の中、女性議員は何人いるだろうか。森喜朗さんも世間から叱られて、「なんで?」と思ったに違いない。コミュニティー組織のトップ、安全協会や、体育協会、実に地域でも多くの団体、組織があるが女性のトップは何人いるだろうか。日本でオリンピック精神を広げるのは至難の業だ。

(中島 

議会制民主主義守れるか

~若者よ社会参加を~

40年前、こちらにUターンしたころは、国会議員と言えば地域の人たちにとっては別格の人で、地域の中では国会議員と親しくしているのが自慢の種だった。我が家の結婚式に出席してもらえれば鼻高々で、一族の誇りになる感覚がまだ残っていた。国会議員とのツーショット写真は家宝のような扱いだった。

県会議員も市会議員もみんなが「先生」と呼んでいた。地域の行事でもみんな上座に座り、「先生」に市民たちは頭を下げていた。それは選ばれた人の特権のようなありさまで、議員たちも泰然と座っていた。就職も仕事も「先生」のところに頼みに行く人が多かった。当たり前の風景だった。

いつのころからか議員と言う人たちから権威が薄れていった。並行して投票率は下がり続けた。地方議員に「先生」と呼ぶ人も少なくなった。地方も封権的な空気が薄れていった。一方で利己主義的な人が増え、地域の行事に対しても、常に批判的な人が登場してきた。朝のラジオ体操一つとっても騒音クレームで廃止せざるを得ない地区が続出した。

そんな中、若者たちの社会参加が急激に減少した。もちろん人数が減少したのが大きな要因だが、青年団など若者たちが学び活躍できる場所がなくなった。潜在的に若者はボランティア精神が高い。青年団には企業で働く若者、郵便局で働く若者など多様な職場の若者たちが集っていた。今は若者たちが集う場所が限定的になった。

社会と関わらない若者が増えるにつれ、投票率も急激に低下していった。ほとんどの地域で20代の若者の投票率は20%台ではないだろうか。健全な議会制民主主義を維持するには、これからは大変な時代を迎える。地方選挙で投票率が50%を切ってきたが、この調子だとあと10年後には40%を、20年後には30%を切るかも知れない。これで市民から選ばれた市長、議員と言えるのだろうか。民主主義の土台が崩れかかっている。

この1年間でも実に不細工で汚い生態を見せつける国会議員の多さに、若者たちが自分の1票が役立つなど思いもしないだろう。自民党の公認や推薦さえ受ければ当選するという今の政治家の生きざまに、若者たちが社会へ参加しようとは思いもしないだろう。地方でも1票ではなんら変わらないと思う若者が急増した。

震災などであれだけ多くの若者がボランティアに参加した。まだまだ捨てたもんじゃない。若者の社会参加を促すために何ができるか、大人たちは若者と真剣に向き合う時だ。地方選挙で40%を切ったら無効にするぐらいのことは考えなくては。

(中島

周南市内の中高生の部活しばらく休もう

~教育委員会として的確な判断を~

周南市を中心にコロナ禍の波は収まりそうにない。高校の剣道部でのクラスターはその中でも深刻だ。一生懸命練習に励んでいた高校生たちが感染した。彼ら彼女らに何の責任もない。かなりの防護策をしていた上での拡がりと聞いた。学生の親たちは総じて働き盛りの年代だ。職場など関連する場所が多い。

周南市は早速対策会議を開き、教育長は、部活は基本的に継続すべきと発表したが、判断を各校長に委ねた。市内中学校の校長会は全ての部活を一時中止すると判断した。県教委は、高校の部活はしっかり対策をして実施するとしている。同じ地域の中での取り組みがバラバラになった。何が問題かと言うと、知事や市長は教育の現場に物が言えないことになっていることだ。市の教育委員会は協議でもしたのだろうか。

感染者の多いところと、少ないところと県内でも地域差が激しい。この1カ月、周南市は他の地区に比べてかなりの数が出ている。今回でも20世帯以上に濃厚接触者が存在する可能性があった。一体最終的には何人の検査が必要になるのだろうか。不安の中、600人の検査を実施した。休校でもないのに、部活を一時休む決断を校長一人一人に委ねることは酷としか言いようがない。

県教委も地域によって判断を変える柔軟性がないと、このコロナ禍の中、適切な対応にはなるまい。まるで国と地方自治体の関係のようだ。そもそも全国一律の対応は適切ではなかった。関東地区だけでも早く隔離し、ロックダウン並みの対応していれば、かなりの拡散を防げたと思うが、間違いか。年明けになってようやく地域を限って宣言を出した。

先日、周南市の65歳以上の市民に2万円補助する制度を使ってPCR検査をした。総合スポーツセンターの駐車場に向かうと、広い駐車場にぽつりと検診車が止まっていて、私以外の車は1台もなかった。係員4、5人が手持ち無沙汰のように立っていた。早速問診票に記載、すぐに鼻に検査棒を突っ込まれ、あっという間に検査は終わった。その日検査に来たのは5人と言う。確かに検査を受けるのは恐怖心がある。

無心に竹刀を振って練習していた高校生たちの気持ちを想うと胸が痛くなる。なぜ自分が感染したのか?大切な家族への想いもつらかろう。「部活を継続するのが基本」だと教育長は語るが、せめて全体像が明らかになるまで市内の中高生の部活は休んでもよかったのではないか。ちなみに私の検査は陰性だった。

(中島 

伝え方はもっと工夫を

~心に響く表現を~

菅(すが)内閣の評判がガタ落ちしている。気のせいか菅首相の目がうつろになった感じがする。たまたま惨事の時の首相はある意味、気の毒だ。阪神淡路大震災は村山富市首相、東日本大震災は菅(かん)直人首相だった。村山首相は自衛隊への出動要請が遅すぎたと随分責められた。菅(かん)首相は原発事故対策など自民党からこっぴどく攻撃され、しばらくして政権を明け渡した。その時その時の政権は必死で対応していただろうが、国民の目からは不十分だと感じることは必至だ。

直接聞いたわけではないが、ドイツのメルケル首相の演説はやたら人気がいい。人々の心を打つ演説で、あれだけ感染が広がっても、批判はメルケル首相に向いてこない。ニュースでその場面を見たが、誰かさんのように台上の原稿を読み上げている姿と大違いだ。映画のワンシーンを見ているようだ。

菅首相は、給付金であれだけ世間を騒がすほど多額の税金を使った電通がお友達だ。なぜ電通に頼まないのか。ショービジネスを知り尽くした電通なら、首相の話し方、目のやり場、顔の表情、いくらでも指南してくれるだろうに。内閣府のまわりにプロデューサーはいないのか。政治家は発する言葉も大きな武器だ。国民の痛みを共有している言葉、態度が今こそ大切なことはない。

私はこの地方選挙でもボイストレーニングに励んでいた立候補者を何人か知っている。安倍前首相は当初「アベノミクスで国の経済を再生させる!」と台本なしで熱く語っていた。国民の心を引き付ける力があった。高い支持率は政策の中身より、語り掛け方だったような気がする。大平正芳首相の時代は新聞全盛の時代だ。「アーウー」と何を言っているかわからず、ぼそぼそと語っていたが、信頼は強かった。活字では話し方は伝わらなかった。

もちろん、語り方より政策の中身が一番大事なのは当然だ。しかし、政策の中身を詳しく知る有権者は少ない。新聞を読む人が激減して、わずか100文字程度の情報で判断する。誠に残念な状況だ。批判する側はよりそのあたりを研究すべきだろう。れいわ新選組が注目されたのは、代表の山本太郎氏の表現力によるところも大きい。だから街頭演説中心で全国を回る。政策だけで国民を説得する時代は終わりかけている。伝え方を工夫する時代だ。地方もそうだ。

(中島 

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