コラム・エッセイ
No.42 ポロシャツから愛
ねえ、ちょっと聞いてよ! 予備校講師 長谷純子こんにちは。9月下旬に、前々回の最後に書かせていただいた徳山高等学校への出張授業に行ってきました! 朝9時からの開始です。最初に訊いてみると、参加者の6割かな? 7割かな? くらいが理系の生徒さんでした。みんな目をキラキラさせて、楽しそうに授業を聴いてくれたので、こちらも気持ちよくお話できました。
で、今回、生徒さんの何人かがポロシャツを着ていたことに目がいきました。多分、去年も着ていたのかもしれませんが、授業中は生徒さんの表情に注意がいって、首から下の制服にまで注意を向けていなかったので気づきませんでした。今回、私のすぐ近くに座っていた男の子たちが数人、団体さんで紺色のポロシャツを着用していたので気が付いたんですね。
調べてみると、ポロシャツは去年からの導入のようです。いいなあ。私の在学中にぜひ欲しかった。夏場は大汗をかくので、セーラー服を毎日洗濯して、毎日アイロンがけをしていました。当時、自宅にはエアコンがなく、扇風機前でのアイロンがけなので、とにかく「暑い」のと「熱い」のとで、本当に地獄でした。それでも、セーラーの襟はアイロンを当てないと張り感が出ないので、アイロンがけに精を出していました。今の私なら、少々生地がよれていようが気にしないんですけどね。若い頃っていろいろなことが気になるお年頃だったんでしょう。必死でした。それだけに私の在学中にポロシャツがあれば、あの苦労もなかったはずなので、羨ましい限りです。地球温暖化は深刻な問題ですし、様々なところに影響を及ばしているのは知っていましたが、よもや制服にも影響するとは。思いもよりませんでした。
制服つながりなんですが。先日、高校3年間ずっと同じクラスだった友達と博多で一緒に食事をしてきました。彼女とは徳山駅までよく一緒に下校していたのですが、その彼女と今のみずほ銀行(当時は第一勧業銀行ですね)の前を歩いていた時のことです。知らない、お二人連れのおばあちゃまに唐突に話しかけられたんです。多分、腰の曲がり具合から推測するに70代から80代くらいだったかなと思います。そのうちのお一人が「それ、徳高の制服よね。私も若い頃に着ていたのよ」と懐かしそうにおっしゃったのです。徳山高等学校の前身の一つに戦前の旧制高等女学校があるので、もしかすると制服はその頃から変わっていないのかもしれません。70歳や80歳という年代は自分からはるか遠く離れたものとして感じていた当時の私(今となっては10代のほうがはるか遠いのですが)は、おばあちゃまのその言葉で徳高の長い長い歴史と伝統の一端に触れたような気がして、ちょっと感動したことを覚えています。
今度は徳高つながりなんですが。もう10年くらい? もしかするともっと前? の予備校の男子生徒に、毎日、徳高の白ジャージを着て授業を受けている子がいました。確か、毎朝、着ていく服を考える時間がないという理由でしたが、なんにしろ、当時の私は毎週懐かしの徳高ジャージを見るのを楽しみにしていました。今この文章を書きながら思うに、これはセーラー服を見て声をかけてきたおばあちゃまたちと同じ気持ちかな、と。
3年間着続けた制服やジャージは卒業した後でも母校愛を喚起する有効なアイテムなんですね。今回の出張授業で見た、新しい制服のポロシャツをきっかけに思わずあれこれ記憶の引き出しを開けて、母校愛を確認してしまったのでした。
