2026年10月09日(金)

コラム・エッセイ

No.04 8月22日(土)①

〜ベトナム一人旅の記録〜 医療と福祉の国際協力の原点を求めて 記者・NPO国際ボランティアIMAYA理事 山上達也

「極寒」か「猛暑」か究極の選択を迫られる

 線路の路盤の状態が悪いのか、車両が古いのか、ベトナム国鉄の寝台列車「SE19」は本当によく揺れた。四六時中、上下、左右、前後に揺れまくった。

 さらに空調にも参った。空調のスイッチはONとOFFだけで、温度調整はおろか強弱の調整すらできない。ONだと冷房がききすぎて「極寒」の世界に陥り、OFFなら「猛暑」の世界に突入だ。さあ、どうする!

 筆者は迷わずに「極寒」の世界を選択した上で、日本から持参したパジャマを着込み、備え付けの毛布にくるまって寝た。「猛暑」を選択すれば裸同然で寝るしかないからだ。どうせ使うこともなかろうと高をくくっていたパジャマだったか、持参して正解だった。

ベトナム戦争の最激戦地に平和の恵み

 午前5時を過ぎると窓の外が明るくなってきた。車窓から人や家畜の気配のない草原や畑、水田を静かに眺めていると、広い世界の中で生き延びる自分の存在の小ささを感じる。

寝台列車の早朝の車窓から.jpg〈動画〉寝台列車からの朝の車窓風景(ドンホイ付近)

 だれだって一人の人間だ。そんな一人ひとりの人間が作る今の社会、過去の歴史、未来の希望はどんな国にもあるのだと、日本ではとても思わないようなことが脳裏をよぎる。

 かつてIMAYAの活動で訪れたことのあるドンホイの駅に午前6時23分に到着し、15分間停車。次のドンハ駅には8時15分に着いた。ドンハはベトナム戦争当時、米国が後ろ盾の南ベトナムにとって最北端の都市で米海軍の基地があった。ソ連や中国が支援する北ベトナムとの交戦の末、戦争終結の3年前に北ベトナムの支配地域になったという。

 そんなドンハだが、車窓からは平和な街並みしか見えない。平和の恵みをどの都市よりもドンハは享受していることだろう。

IMAYA支援のフンさんと再会を喜ぶ

 筆者が下車するフエ駅には午前9時29に到着。改札口を出ると日本語で話しかけてくる人物がいるが、なぜ筆者が一目で日本人だとわかるのだろう。

 フエ駅はフランス植民地時代の1906年に完成したレンガ造りで、フランス建築の美しさを誇っている。築120年たった今も古さを全く感じない。

 筆者から声をかけたタクシーに乗ると、この運転手も「日本から来た人ですか」と日本語で話しかけてきた。聞けば彼は岡山で技能実習生として水産物の会社に勤めていたようだ。彼は「また日本に行きたい。運転手で働いてお金を貯めたい」と話していた。

 タクシーで到着したのは、IMAYAの協力者の一人のゴ・バ・フンさん(42)が経営する補聴器店。フンさんは足が不自由だが、いつも笑顔を絶やさない好青年だ。

 彼はIMAYAのカウンターパートの国立フエ医科薬科大学のOGCDC(遺伝カウンセリング・障害児支援センター)のスタッフを経て独立し、世界シェア2位のデンマークの補聴器メーカー「オーティコン」の代理店を開き、顧客開拓も順調で成功している。

 タクシーから降りた筆者を、フンさんは不自由な足を使いながら笑顔と握手で迎えてくれた。久々の再会を喜び合う2人に、長いあいさつは不要だった。

寝台列車内で出た「車内食」

フランス植民地時代の建築を伝えるフエ駅

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