コラム・エッセイ
No.126 《日本を知り尽くした韓国人張本勲氏》を悼む。偉大な英雄であった。私が最も注目する人物であった
独善・独言張本勲氏が亡くなった。38稿でも触れたがこの稿では少し別の視点で追悼をしたい。
㊀20年前、朝鮮人差別をテーマのひとつにした「風の外側」という映画を娘と観た。感想を訊くと『朝鮮人差別ってナニ」という答えが返ってきた。3点思いあたることがあった。
⑴我が家では差別的な会話がなかっという証左であると満足した、しかし、
⑵差別という歴史を子どもに伝えなくて良かったのかと反省もした、さらに、
⑶娘の世界には朝鮮人差別は存在しなくなったのだとうれしくなった。
㊁《朝鮮人の恨》に関して様々な意見がある。私は韓国併合は朝鮮半島の近代化に寄与した一面もあるという主張に組しない。もちろんヘイト的な言動にはウンザリしている。創氏改名や日本語の強要は、私なら死ぬまでウラミ続けるであろう。
また、私の故郷の集落には戦後多くの朝鮮人が貧しく住んでおり、その蔑視は極めて陰惨で、差別心が皆無であった父親のもとに育った私にも、悔恨に思う場面がいくらかある。
㊂しかし、最近の報道をみると韓国人の反日感情はどんどん和らいできておりホッとする思いになる。
要因は娘の例のように世代交代が大きいであろうし、経済や芸能面やツアーでの相互交流の進展もあろう。ただ、私には張本氏が果たした役割もかなりあるのではないかと思うのである。
㊃強烈に思い出すのは2023年の朝鮮日報のインタビュー記事…《いつまで日本に『謝罪しろ』『金を出せ』と繰り返さなければならないのか》との発言。これは日本人が韓国に向けたメッセージではない。自分は朝鮮人であると言い続けてきた人間の発言である。
朝鮮日報はこの発言をわざわざ社説にし、「張本氏だけの考えではないだろう。多くの韓国国民も……」と論じている。この通常では“裏切り者”と批判されこれまでの立場を失う可能性もあった(実際あった)張本氏の敢えての勇気、そして韓国一の発行部数を誇る朝鮮日報の敢えての踏込み…胸が熱くなるようなやりとりと思う。
私はこの強烈なエピソード以外を知らない。しかし、様々な場面で朝鮮人張本勲は日本と韓国の融和を模索し続けたのは間違いないであろう。
また、自身が受けた差別に対しても恨み言を語らないという筋を通した。
㊄現役の張本選手はいくらかダーティでバランスが良いプロ野球人とは思えなかった。
注目したのは引退後である。解説は乱暴であったし、コラムでの発言も一人よがりではあったが、野球愛があふれていた。なにより朝鮮人を隠さない張本氏が日本人の美徳や尊厳を日本人以上に主張することに好感を持った。初めは在日のアンタが云うかという意識もあったが、《日本人らしい態度》を何度も繰り返す熱意に引き込まれた。
㊅様々な発言のなかで一つ…相手を打ち負かしたときの雄叫びを『見苦しい、敗者へのいたわりが足らない、日本人の正しい形ではない』と批判した。
彼が3千本ヒットをホームランで達成したシーン…飛び上がって喜びを示しナインもお祭り騒ぎで祝福している映像を何度もみた。しかし、選手張本は翌日、打たれた相手投手山口高志を訪ね『昨日はしゃぎ過ぎてすまなかった』と詫びたという話しを最近知った。それが日本人魂か。確かに大相撲では小さいガッツポーズさえみせない。
㊆帰化せず在日を通した企業家から聞いた切ない話し…『故国韓国に行けば日本でそれなりの立場を得ていても歓迎されない。言葉の問題だけではない。歩き方が日本的だとまで言われる』…在日はツライ。日本人から差別されれて《ナニクソ魂》で成功しても故国からも評価されない。
㊇張本氏は朝鮮人の出自を持ちなが日本と韓国の双方から功績を認められた数少ない人物なのであろう。『日韓の距離が縮まった背景には、張本勲のような《日本を知り尽くした韓国人》の貢献があった』という評論を聞いて我が意を得た思いになる。
偉大な英雄と断じる。
(野球の話しは事項に送る)
