コラム・エッセイ
№56 人物考8・私が受けた上司からの珠玉の学び… 後輩にうまく伝えることができただろうか
独善・独言銀行勤務で私に染み込んだ4つの学び話しを紹介したい。いくらか伝わるものがあるかもしれない。
㊀A支店で朝7時半からの営業会議に係長ともう一人が遅刻した。二人は何度も入口のベルを押したが反応がない。二人は自分達が排除されたのに気づく。係長は自分が主催する会議が自分抜きで開催されていることに信じがたい思いになる。8時半にやっと入室を許された二人は真っ先にN支店長にお詫びに(怒られに)行ったが、N支店長からは「おはよう」との挨拶が返ってきただけであった。
N支店長は「約束した時間は厳守してほしい」と一度も発言したわけではなかったが、その後この店では約束の時間の5分前には全員が揃うことになった。N支店長は新たに赴任したこの店の風土が時間管理に甘いという悪習を是正するにはどんな手段が良いかと熟慮した結果の対応であったらしい。
何かを徹底する、そのための手法を考え抜いてきた営業管理の鬼というような人であった。私も1年直属の部下になったが『絶対に文句を言わせないぞ』とやみくもに働いて実績も出した。結局Nの術中にはまったのかもしれない。
㊁融資の申し込み時に応諾を迷う案件が10%、そのうちの50%はできたら断りたい案件…これは私の経験上の認識。しかし、永年のお客様に『他の金融機関に相談してください』と断ったケースはほとんど思い出せない。無理矢理でも対応してきた。その際『融資するときが勝負だよ』と私に教えたのはI支店長であった。
『今回はご融資させていただきますが』と告げると同時に、今後売上げ増加策、社内合理化、在庫の圧縮…等々が計画どおり進展しなければ『これ以上のご融資は受けかねます』と伝えるシナリオを私に教授する。事前に相手の経営改善のポイントをかんでふくめるように私にインプットする。そして、交渉後は『君はどう告げたか』『相手はどう反応したか』としつこく聞きただす。少しでもポイントをはずすと『君そこだよ、そこが大事なんだ』と迫ってくるのである。鍛えられた、くたびれた。
K社長はふたつある工場をひとつにまとめると私に告げてきた。『支店長からあんな最後通告を受け考えた結果だ』と普通でない決断の理由を語る。I支店長の思惑が最も通じた例であるが、その会社は娘さんが継いで今も元気であることがうれしい。
㊂大阪支店が新しい支店長を迎えての最初の全体会議、どのような方針を示すのか皆は発言を注視した。K支店長はただひとこと、『「売り家と唐様で書く三代目」という川柳があるが私はこの店の三代目支店長として店の実績が悪化しないように努めたい。皆、協力を頼む』とだけ話した。この川柳を知らなかったわけでないが、こんな場面で…なんという教養、なんという洒脱さ、なんというスマートさ、一度に我々の心を捉んだ。
Kは我が社のナンバー2まで出世したが、その経営管理における大局観は、それまでの役員とは一線を画すものであった。私は様々経営者意識を学んだ。そしてそれはKが85歳すぎに亡くなる半年前まで続いた。
㊃日銀から我が社のトップになったSは我々に『Something new Something different=何か新しいものを、何か違ったものを』を掲げて、⑴前例にこだわるな、⑵他社に倣うな、⑶重視べきは情報であると我々若手を鼓舞した。このことは別稿で触れた。
あるとき人事部長が『外国国籍の人物を採用してしまった』とSに謝って告げた(採用用件が日本国籍に限っていたかどうかなどの詳細は省く)。そのときSは『日本の学校卒業なのに何がまずいのかね』と問い直したと漏れ聞いた。我々はSは本物だと快い気分になった。Sの思想はその後他の銀行が取り組まない分野に飛び込んでいくスタンスのベースになる。
私はこれらの学びを後輩に伝える役目を意識してきたが。
…どうでしょうか。