コラム・エッセイ
No.12 神様と日本酒と私
ねえ、ちょっと聞いてよ! 予備校講師 長谷純子こんにちは。このエッセイも今回で書き始めてから12回目、一年が経ちました。「やっとの一年」です。『動的平衡』の著者である青山学院大学理工学部教授の福岡伸一先生によると、年を取るにつれて一年の経過が速く感じられるのは、老化で体内時計の進行が遅くなるからだそうです。体内時計の進行が遅くなって、体内時計では一年経っていないのに現実では一年が経っているので、「もう一年が経ったの?」と思うのだとか。ですから、ここは敢えて「やっとの一年」と言っておきましょう。ささやかな若さアピールです(笑)
さてさて。毎年3月に遠石会館で開催される、県内の日本酒の蔵元さんが新米で醸した新酒を供する「新酒を楽しむ会」に行ってきました。多くの酒蔵で醸された日本酒を頂くことができる上、中にはこの会だけの限定酒なども用意されることもあって、周南地区の日本酒好きの私には外せないイベントの一つになっています。
日本酒の原料はお米です。米作りは天候等の自然に左右されますから、当然、日本酒も自然と関わりが深いです。開催の挨拶をされた山口県酒造組合の会長さんも、酒米の一つである山田錦の今年の出来が「硬い」ので蔵元さんはお酒造りが難しかったのでは、とおっしゃっていました。お酒とお米、自然との関係に言及されていました。
このお話を伺いながら、私は来るときに目に入った、遠石八幡宮に奉献された菰樽(こもだる)を思い浮かべていました。菰樽とは、結婚式等の際、木槌で丸い蓋を叩いて割るときの酒樽です。この菰樽が神社に奉献されるのも日本酒がお米の出来に関わり、お米の出来が自然に左右されるからかなと思ったからです。神様へお酒やお米の出来に感謝し、翌年のお米、延(ひ)いてはお酒の出来を祈願してのことなのかな、と。多分、日本酒はそういう意味で神にとても近い飲み物なんですね。
この菰樽繋がりですが、今年2月に京都の八坂神社に行ったときにもこの奉献菰樽を目にしました。京都の神社ですから多くが「京都の酒蔵」のものでした。ですが、京都の友人に言わせると、「八坂さんにあるのは『伏見』のお酒で、『京都のお酒』ちゃう。『京都のお酒』って言えるのは佐々木酒造さんだけや」なんだそうです。
つまり、「京都のお酒」と言えるのは洛中(旧京都市内)というごく狭い地域にあるお蔵にしか言わないと言うのです。京都の中心地に住む京都人(洛中人?)の矜持を垣間見た気がします。もう、へえ、という言葉しか出ません。山口県出身の私には伏見も京都市なので、伏見のお酒も「京都のお酒」なのですが、洛中人には違うのですね。100年続いたお店は東京では老舗になっても、京都では子ども同然というお話を聞いたことがありますが、京都は基準がいろいろ他と違うのですね。ちなみに、佐々木酒造さんは俳優の佐々木蔵之介さんのご実家です。
話は戻りますが、「新酒を楽しむ会」では抽選で蔵元さん提供のお酒が当たります。御朱印をせっせと集める、自称「信心深い」私は抽選に当たるのでは?と期待していたのですが、見事に外れてしまいました。まだまだ信心が足りないようです。
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