コラム・エッセイ
No.18 ちょっとセンチメンタル…かな?
ねえ、ちょっと聞いてよ! 予備校講師 長谷純子こんにちは。今回は少しだけいつもと色合いの違う内容です。生徒たちから「教室内で年齢が一番上なのに、一番元気なのは先生だよね」と笑われるほど元気印の私でも、秋という季節のせいか、ちょっとセンチメンタルになっているのかもしれません。
毎年、9月から10月は総合選抜受験のために必要な書類の準備をする子の数がピークに達します。「総合型選抜」とは以前にあった「AO(アドミッションオフィス)入試(分かりやすく言えば自己推薦型入試)」に学力選抜などを加えた形の入試で、これに必要な書類には「志望理由書」や「自己推薦書」などがあります。志望理由書は受験希望の大学と学部に進学したい理由を、自己推薦書は、自分がいかに受験大学に進学するのにふさわしい存在かのアピールを書くものです。今の時季はこの志望理由書や自己推薦書の添削で大忙しになります。
で、毎年、志望理由書を添削する時期になると必ず思い出す生徒がいます。もう10年くらい前に現代文を教えた生徒です。この生徒は出身県の山間部から出てきて寮生活をしながら予備校に通い、出身県の国立大学の医学部へ、当時のAO入試の地域枠(大学のある県で卒業後何年か医師として働くことを条件づけた募集枠)が第一志望でした。この生徒の志望理由書には、近くに医師がいない山間部出身であること、両親が共働きだったため同居の祖父母に面倒を見てもらっていたこと、近所に子どもがいなかったので近所の高齢者に将棋などの相手をして遊んでもらっていたこと、医師になったら自分の出身地域で医師として働き、お世話になった高齢者に医師という立場で恩返しをしたいことなどが素直な言葉で綴られていました。
添削は基本的に本人と対面していろいろ訊きながら行うのですが、書かれている内容は確かにそうなんだろうなと納得させる人柄が伝わってきます。こういう子が僻地の医師になってくれたらいいなあと思わせる生徒でした。この生徒は「うちは裕福でないから、私立の医学部もいけないし、もし二浪することになっても予備校には通えないんです。一浪目の今回も近所のおじいちゃんたちが少しだけど学費を出し合ってくれたから予備校に来れたんです」とも語っていました。地域の期待を一身に負って予備校に来たのでしょう。しかし、残念なことにこの生徒はAO入試でも一般入試でも不合格でした。
センター試験の歴史や国語の文系科目が足を引っ張ったようです。二浪目は自宅で勉強するとは聞いたのですが、その後どうなったのかは分からないままです。実はこの生徒は私立大学の医学部であれば模擬試験でA判定やB判定という高評価を出していましたが、学費が負担できないため受験していません。ですが、私は彼が出身地域の医師になれていたらいいなあと思ってしまいます。
実はごく最近、仕事の関係で知ったことなのですが、山口県は2020年の医師の高齢化率が日本一なんですね。つまり、若い医師が少ない、と。山口大学を卒業しても県外に行ってしまう人が多いようです。ワイン関係で知り合ったお医者さんからも周南市は小児科の高齢化が進んでいる、と伺いました。周南市にも地元で医師として働きたいけれど、私立の医学部は学費の関係で行けないという子がいるのでは、と想像してしまいます。新潟県では私立大学の医学部に進学した子で、新潟県で医師として働くことなどの一定の条件を満たす子には、人数制限はありますが、県が奨学金を貸与しているらしいです。
この時期は毎年、どんな形であれ、子供たちが学費を心配せずに希望する大学・学部に行ける制度が充実するといいなあと願う気持ちが強くなるのでした。