コラム・エッセイ
No.122 老境1…忘れられてしまいそうな言葉を思い返してみる 忘れられてしまいそうな歌を歌い返している 昭和ははるかになる
独善・独言77歳になった。「老境」である。老境とはどんな状況なのかと《広辞苑》をひもといた…否、ネットで調べた。広辞苑を最後に開いたのはいつか。本棚のどこかにはあるはずであるが…。以下、私の言葉の老境ロマンである。
㊀歌好きな私が歌えなくなったと嘆くA表《船頭》《夜汽車》《たばこやのおばあさん》…これらは今では絶滅状態にある。同様《蠅たたき》《赤チン》《蓄音機》《ルンペン》などと聞くと様々懐かしい場面がよぎらないか。
㊁伝統競技由来の言葉⇒弓道《矢継ぎ早や》、相撲《揚げ足をとる》、剣道《鎬をけずる》、柔道《活を入れる》、将棋《高飛車》、囲碁《死活問題》、農事から生まれた⇒《水掛け論》《たわけ》《馬脚をあらわす》、和装由来の⇒《辻褄が合わない》《胸襟をひらく》《襟を正す》などは語源、由来を超越してナゼか生き残っている。
㊂《ラブレター》とか《文通》とか㋥や㋭の60年前の歌詞に示された切ないロマンを、同じ年頃になった孫に語るすべはない。《三尺さがって師の影を踏まず》とか《女三界に家なし》、さらに㋬の《窓が開く汽車》とかも説明する気にもなれない。
㊃意識しないで使っているが不思議な言葉⇒《太鼓判》《めくじら》《おはこ》《ねんごろ》《ひもじい》《さっぱり》《めりはり》…語源を調べてはみるが、判ったようでそんなものかと忘れてしまう。忘れやすいと自省すすることさえ昨今しなくなった。
㊄多用してはいるが書けない漢字。《矜持》や《忖度》は書けと言われれば書けたかもしれない。《誤嚥》は私の身近な悩みであるが通常筆記は「ゴエン」である。《憔悴》《躊躇》《逡巡》《齟齬》などの心理表現熟語が、いずれもマイナーな言葉ばかりなのはナゼなのだろうか。
㊅山口弁である。岡山生まれの妻は《はぶてる》《やねこい》《かばち》《じら》などを使いこなす。《しろしい》を妻に教えたの誰なのかと恨めしく思うが《おおくじをくる》をまだ知らないらしいことに救われている。ただ、これらにあてはめる漢字はなにか、語源はなにかと考えだすと……やはりやめておく。
方言に関して昔話しをひとつ…動くを《いごく》と発声して憚らない大顔の部下に「パソコンでイゴクと打っても動くに変換できるのかい」と茶々をいれたが「好きにさせてほしい」と聞く耳を持たなかった。
㊆本来とは違った意味で使われていると指摘される言葉がある。ネットで探すと《うがった見方》や《浮足立つ》《敷居が高い》《役不足》《破天荒》などが並んでいる。そのすべてを誤用してきた私は憮然とする思いになるが、まあ、フツーに通用すれば御の字だと開き直る。なお、《憮然》とはムッとすることかと思ったら、失望してぼんやりする様子が本来の意味とある。また、《御の字》とは正しくは「これ以上ないほど満足で極上の状態である」ことという…どちらでもよくなる。
㊇これからなくなる言葉。歌で示した㋣の《公衆電話》や㋠の《タバコ》の寿命はいつまでか。『これから淋しい秋です時折手紙を書きます 涙で文字がにじんでいたならわかってください』…涙で文字がにじむ《便箋》が歌にできる時代はいつまでと思われるか。
以上、失った言葉もあれば、語源や由来を超越した言葉もある。戦後80年、革命的な価値の変化に思いを寄せていると…老境ロマンが胸に迫ってくる。
東ソーが生み出す多種多様な製品は、社会インフラや耐久消費財など人々の生活に役立つさまざまな最終製品に使われています。総合化学メーカーだからこそできる、化学の革新を通して持続可能な社会に貢献していきます。
来院者の方へもっと目配り、気配りをしたい。物品の補充や搬送に時間を取られる・・・
サマンサジャパンでは医療従事者の方がより医療に専念できるよう、コンシェルジュ、受付、看護助手、清掃、設備など様々な業務を行っています。
