コラム・エッセイ
19年目の夏
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子今年も酷暑になるという。例年なら7月のこの時期は大忙し。毎年夏休みに海辺の施設で開く英語研修合宿に備えて、研修資料の送付に、研修会場の準備に休む間もない。だが今年は何もしていない。
研修の合宿生活は三密そのものだから、コロナ対策で今年は中止なのだと思われるかもしれないが、中止は去年から決めていた。理由は、ズバリ「寄る年波」。気持ちだけはまだまだ若いつもりだが、体は我が意に反して、思い通りには動いてくれなくなった。
研修初日には参加者の受け付けにてんてこ舞いになった後、合宿生活の説明に声を涸らす。合宿中は、朝6時半には、未だ白河夜船状態の子どもたちに「起きなさい!」と声を掛けて回り、せき立てて運動場に集合させる。ここまででも老骨の身にはもうかなりこたえている。
そして始まるラジオ体操。子どもの頃、夏休みの朝のラジオ体操が苦痛だと思ったことなどなかったが、実際にはなかなか激しい運動だということがよく分かる。跳んだりはねたり、前屈・後屈と、もうとてもついて行けない。それを全体の模範となる気概でやろうとするのだから、苦痛は年ごとに深まっていた。
もちろんこれで終わらない。体操の後は、人数を確認して食堂に誘導。食後に始まるレッスンに備えて講師達との打ち合せと教材の準備、夕食前には施設スタッフとの会議。夕食を終え、入浴を終え、2段ベッドの宿泊室での就寝に、いつまでも語り止まない子どもたちに「もう、そろそろ眠らないと、明日起きられないよ」と声を掛けながら見回り、一日を終える。最終日には皆で記念のカメラに収まり、迎えに来た家族に引き渡し、ああ今年も無事に終わったと、ひとりひとりの顔を思い出しながら充実感を味わう。
数年前までは思うに任せない体へのもどかしさをこの充実感が包んでいたのだが、もう包みきれなくなってしまった。物事には節目というのも重要で、9周年よりも10周年が、23周年よりも25周年の方が区切りもよく、どうせならあと1年、あと2年頑張って区切りをつけようという気持ちが強くなる。この英語研修の催しも昨年で18回を数え、来年まで続ければ記念すべき20周年となったのだが、がたついた我が身をそれに合わせること遂に叶わず、無念の終幕となった。
これまでやってきたことが一つ一つ終わりを迎えるのは寂しいことではあるが、ほっとすることでもある。とは言っても、過ぎ去ったあれこれへの想い出にふけるというのは余り好みではないので、体を動かすことを求められることからは距離を置いても、目と耳と舌の動きで適うことには、これからも大いに関わって行きたいと構えている。
(カナダ友好協会代表)
