コラム・エッセイ
75年目の夏
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子立秋はとっくに過ぎたといっても本番の暑さはこれからと誰もが肌で感じる中で、今年も終戦の日を迎えた。75年、4分の3世紀が過ぎ、日常生活の中ではほとんど思い出すことがなくなっても、夏の暑さと共に巡ってくるこの日は、沖縄地上戦終結、広島・長崎への原爆投下の日とともに、日本人が忘れてはならない日だと思う。
自分にとっては体験は1つだから、思い出すことも同じで、毎年の内容もほぼ同じことのくり返しになるのだが、それでも自分達の中に残る戦争の悲惨さの体験は、それを知らない周囲に語り伝え、人間の最も愚かな行為を繰り返させないようにするのが、最後の語り部としての、自分達の世代の務めだと感じている。
この世に生きる人間の愚かな行為は数え切れない中で、戦争が最も愚かであるのは、戦争を起こすのは軍備というおもちゃを持ち、それで遊んでみたい欲望を抑えきれない為政者と、戦争を莫大な利益を得る機会と見なす輩達で、自らは身の安全を確保した彼等が起こす戦争で、全ての被害は一般民衆が負うことになるのが例外のない図式だからだ。
そして、そのような愚かな行為が幾度となく繰り返されるのは、戦争の悲惨さは体験した者にしか残らず、一方、権力行使への誘惑や巨利獲得への欲望は、程度の差はあっても人の心の根底に常に存在し、語り伝え理解されることを必要としないからだ。
語り伝えるべき体験を持つ者が絶えることで悲惨さの記憶は途絶え、再びおもちゃを手にした為政者が、庶民を誘導して利益を挙げようとする勢力と結びついて愚かな行為を繰り返す、この連続に思えてならない。
終戦の年、まだ2歳そこそこだったが、頭から防空頭巾をかぶせられて避難した防空壕の中で灯るろうそくの炎を今も覚えているという我がつれ合い。幼い自分と姉を母に託し、戦地で逝った年若い父親の記憶は全くなく、その後の悲惨な生活 ― それは同世代の多くの人に共有されたものではあったが ― は二度と味わいたくはないと、折に触れ語り、様々に問題の種は抱えながらも平和のうちに今日を生き、明日を迎えられることの有難さを口にする。
我が家に集う子ども達に学習の合間、幼い日の体験を伝えながら、今、世の中で何が起こっているか、誰を自分達のリーダーにすべきか、よく見、よく考えて貴重な一票を投じるのだぞ、それを誤ると、私のような年寄りが鉄砲を担いで戦場に駆り出されることはないだろうが、君たちは本当にそうなるかもしれないのだからと、くり返し、くり返し語っている。いつもいつまでも語り伝える、それが私たちの世代の、最後の務めなのだろう。
(カナダ友好協会代表)
