コラム・エッセイ
終わりと始まり
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子あと4年以上続くのではないかとも思われていた長期政権が、あっけなく終わりを迎えた。ご本人の健康問題が理由だから、先ずは、お疲れさま、ご苦労さま、後は十分にご養生をと言うことになるが、権力者の周囲にとっては最早過去の人。彼等の目線は既に次の展開に注がれていて、過去の人は視野にはとどまっていないだろう。
権力バランスに至るお定まりの駆け引き・闘争が繰り広げられ、相応の決着がついて後、改めて過去の人の毀誉褒貶の整理、功罪評価が行われるのだろうが、功罪評価は得てして近い記憶・印象に左右されるから、ご苦労さま、お疲れさま、お気の毒にムードの中では、評価はとかく美化されがちになる。しかし、次の権力バランスが真に国民の利益を目指す方向に安定するためにも、長期政権の終りに当たって、その功罪評価を冷静に行い、次の政権の始まりに活かしてゆかねばならないだろう。
戦後75年の政治の動きを、理解の程度はさておき、肌で感じて来た世代として思うことは、国政に携わる政治家達が年を追う毎に小粒化しているということで、これは政権担当期間の長さや、政党の違いに関わりない。その原因は彼等の志向が「なすべき事を実現するために政権を用いる」ことから「やりたいことをするために政権の座に座る」ことに変わってきて、社会もそれを受け入れるようになったからだと思う。
やりたいことでも、やってはいけないことは出来ないはずだが、やりたいこと最優先の者は、やってはならないことを平気でやってしまう。例えば、現政権より前の長期政権の担当者。改革を標榜して登場し、従わぬ者を「反対勢力」として排除し、行動力のあるリーダーという評価を得たが、一方、多くの労働者の非正規雇用化を進めて格差社会を作った。
また、その後実現した政権交代で、新政権のホープとして登場した外務大臣は、担当した貿易交渉に反対した農業従事者層を「国民の1%に過ぎない農業従事者達が国益の邪魔をしている」と非難した。彼の役目は条約締結で不利益を受けることになる反対者を説得し、救済する手立てを考えて交渉を進めることのはずだがそうならなかったのは、彼が自分がやりたいことを優先していることの表れだと思える。
やりたいことをやるという行動基準が常に間違っているとは言えないが、やりたいことが欲望を満たすことに集中し、それを世論がチェックしなかった結果が為政者の劣化を招いたのだと感じる。今始まろうとしている権力の引き継ぎに「しなければならない事をし、してはならない事をしない」という行動基準がほんの少しでも含まれることを願っている。
(カナダ友好協会代表)
