コラム・エッセイ
人に尽くして
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子アフガニスタンで現地の人達への医療支援と生活自立支援に長年尽くした中村哲医師が、未だに正体の知られぬ集団に襲撃され、その兇弾に命を奪われてから1年が経ち、テレビ各局で追悼の報道がなされていた。
中村医師の名や、活動を支えるNGOがペシャワール会であること、活動の場がアフガニスタンであること、医療支援や灌漑のための用水路建設の活動をされていたことは知っていたが、追悼報道で改めてその活動と現地の人々から慕われ尊敬されていた様子を知った。
中村医師の活動がいかに現地で受け入れられ評価されていたかは、氏の遺体を納めた棺を彼の国の大統領が自らその肩に支え運ぶ姿が、万言を尽くすよりも雄弁に伝えている。医療支援もさることながら、独学で習得した土木技術で、自ら重機を操作して数十キロメートルに及ぶ用水路を掘り水を引き、不毛の砂漠を緑の耕地に変え、数十万人が自立生活できる環境を作り上げたそうだ。
政府と反政府勢力とが終わりのない抗争を続けている現地での活動は困難なものであったに違いないが、いずれの勢力にもくみしない中村医師の活動には、タリバーンに代表される反政府勢力も危害を加えることはなかったという。国境や政治の枠にとらわれず、困難な状況にある人々のために尽くすという行為は、時代を超え民族を超えて多くの先人が実践し、恩恵を受けた人々に感謝され、記憶され、尊敬されて語り継がれている。
日本人に限っても、台湾で烏山頭ダムを建設し、不毛の地であった嘉南平野を大穀倉地帯に変え今なお感謝と尊敬をもって慕われている八田与一氏や、ブータンの農業改革を指導し成功させ、最も名誉ある「ダショー」の称号を外国人として初めて与えられ、現地で病没した際には国葬で送られた西岡京治(けいじ)氏等が知られている。
個人的利益や栄達を求めることなく人のために尽くしたこれらの諸氏は、凡人とは住む世界の違う存在に感じられるもするが、その行動の本質は、自分がやりたいと思い、やるべきだと思ったことを信念を持ってやり通したということで、その意味では志望校への進学を目指して受験勉強を続け、合格を勝ち取った受験生と変わるところはない。
しかし目的の対象と、目標の高さ、行動規模の大きさと困難さについてはやはり凡人に出来ることではない。凡人にできることはその目的と行動を理解し、求められればできるだけの協力をし、そしてその行動と功績を長く記憶し語り継ぐことで、それで十分だと思う。
余談ながら我がつれ合い、過年新山口の人気まばらな新幹線ホームで中村医師を見かけたことがあり、小柄だが精悍な印象だったと言っていた。
(カナダ友好協会代表)
