コラム・エッセイ
うれしいお年玉
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子遅まきながら、明けましておめでとうございます。毎年同じ言葉を繰り返すのは月曜日のコラムの宿命とも言えて、第1月曜日は年始の特集版、第2月曜日は成人の日で休刊日。結局第3月曜日から掲載となる習いだ。
しかし、新年のあいさつなど必要なさそうなのが今年の新年。原因はやはり新型コロナ。勝負の3週間にあっさり惨敗し、昨年末から続いた感染爆発が収まらず、ついこの間までは300人台でも注目していた東京の新規感染者数が、今では3,000人でも驚かなくなってしまった。
急きょ発令の緊急事態宣言が効果を発揮してくれればいいが「出来る限りの手は全て打つ」と言いながらビジネス入国は認めるなど穴だらけに見えるから、どれだけ期待が持てるのか、庶民の冷めた目が注がれているのを感じる。
何よりも「国民の協力で難局を乗り越えたい」と、日常生活を規制する様々な行動自粛を一般国民には要請しながら、自らを含めた権力者達は従わないという、自分達にだけ都合のよい「ダブルスタンダード」であることがバレてしまった後だから、為政者への信頼がなければ成り立たない宣言の効果がどれだけ現われるか、疑問は尽きない。
日本が世界が新型コロナに翻弄されている年の瀬、私はもう一つのピンチに襲われていた。日頃あまり丈夫でない胃の調子が一段と悪くなり、食べられない。堅めのもの、塩気、油気、牛乳も砂糖も酢も受付けず、味気のないお粥と、野菜や果物もただミキサーにかけただけで少しずつ流し込む有様。年末年始で病院にも行けず、辛うじて年明けの胃カメラ検診を予約した。
両親共に癌(がん)で失っている身には、これだけ続く胃の痛みは悪夢と結ばれてきて、気持ちも萎えてくる。毎日あちこちから入る電話への応対だけが気力を保つという中で年が明け、胃カメラ検診の日を迎えた。
薬を飲むことにはさほど抵抗を感じないが、医療のためとはいえ見知らぬ機械に触れられることには異常に恐怖を感じ、MRI撮影でさえ麻酔が必要なほどだから、胃カメラの挿入など恐怖のあまり絶命しかねない程なのだが、知合いの医師から、胃カメラにかけては彼こそ名人上手とお墨付きのM医師に、それでも麻酔下に検診を受けた。
注目の結果は「大丈夫。異常ありません」。麻酔の醒めた頭でそれを聞き、一気に安堵の気持ちに包まれた。では何が原因だったのか、一日一日をたどり返してゆくと色々心当たりが浮かんでくるのだが、何はともあれ、最大の恐怖の種は不在だったことが分かり、付き添ってくれた娘共々胸をなで下ろし、新年のお年玉をもらったようなうれしい気分となった。皆様、本年もどうぞよろしく。
(カナダ友好協会代表)
