コラム・エッセイ
17年間のお勤め
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子令和3年の年が明け、新型コロナウィルス禍は収束どころか再度の緊急事態宣言下にあり、いつ終わるか目途も立たない。いつもの年なら、大晦日、新年と時が移ると何もかもが一新された気分になって、肺に吸い込む空気までも新しい味わいを感じるのだが、そんな気配は一向に感じられず、「本日の感染者数」が途切れることなく報じられる毎日が続いている。
全てがコロナの暗雲に覆われて、その下の日々の営みが分かりにくくなっているが、それでもめいめいの近くでは去年と今年を分ける出来事が起こっている。
我が家にもそんなことが幾つかあった。その一つが昨年暮れのこと。設置以来17年、我が家の屋根を窮屈に覆う太陽光発電パネル。日差しさえあれば水も肥料も燃料もやらずともせっせと発電してくれて、一部は電力会社に販売して些少ながら稼いでくれる。年を経るに従って、さすがにパワーは低下するが、それでも最初の80パーセントくらいの発電力は維持していて、これまで2度あった故障は保証期間で無料修理だったから、自分では全く手を出すことはなく、まことに従順な働き手となっていた。
そんな発電パネルの働きぶりをほとんど欠かさず記録していたのが我がつれ合い。毎日の終わりにその日の発電量を記録用紙に書き込むのが日課となっていて、発電量はその日の日照量・日照時間も表しているから、お天気ノートにもなっている。ファイルに蓄えられた膨大な記録は、我が家に集う中学生の夏休みの課題研究の材料にもなった。
そのパネルに異常が生じたのが昨年末のこと。数日雨が降り続き、当然のことに発電量は0が続いていたが、雨が上がり晴れ間の続く中でも発電量は「0」のまま。ああ、これはと得心し、点検と修理の見積を依頼した。
保証期間内だったらためらいなく修理を依頼するのだが、既に2年前に期限切れでは修理費がどの位かかるか、わからないから、急いでは危険。まずは見積りとなったのだが、額を見て驚いた。発電量の10年分くらいの金額が記されている。
1年前までは発電した電気は電力会社からの電気料金の倍くらいの値段で買い取られていたのが、今では6分の1ぐらいに買い叩かれているからこんなことになるのだが、10年もかかってはその間にまた故障するのはほぼ確実だから、修理して発電を継続しても永遠に修理費に追いつかない。
二酸化炭素排出削減の気概に燃えての長期覚悟の取り組みだったが、この辺りが潮時と修理を諦め、年の暮れと共に回路を切り離した。17年間のお勤めご苦労さま。もう記録をとることもない。あとはこの屋根の上で静かに休んで下さい。
(カナダ友好協会代表)
