コラム・エッセイ
テレワーク事始め
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子新型コロナの勢い止まず、最早対岸の火事でも他人事でもなく、我が身の危険を真剣に考えなくてはならなくなった。外出は出来るだけ控え、どうしても必要なときはマスク、手袋を着け、アルコールスプレーと除菌ティッシュを携え、人混みを避けながら動く。
手に触れる個所はティッシュで拭いてから、手すりやつり革は素手では握らず、帰宅すれば次亜塩素酸殺菌スプレー、「ハッピーバースデー」(我がつれ合いは「モモタロさん」とのこと)を2回唄う間丹念に手洗いしてと、これでウィルスにとりつかれたら諦めようと思うほどに気配りの生活を、3月以来送っている。
それでも迫り来る危険を身近に感じる話がだんだんと増えてきて、先日は東京の近県に住む、我がつれ合いの朋友Hさんの奥さんが38度の熱が2日ばかり続いたという知らせがあった。この時期それは危ないのではないかと言うと、PCR検査では陰性だったとのこと。それは先ず一安心だったのだが、大きな疑問が。
なぜそんなに簡単に検査が受けられたのか?最近の海外渡航歴はないし、感染者の濃厚接触者でもないのに。実はこちらの職場のKさんに発熱が続いていてひどく心配し、PCR検査をしてほしいと保健所や医師に相談しているのだが、自宅待機を指示されるだけで受け付けてもらえず、仕事にも出られず、悶々の日々を送っている。
「Hさんの奥さんはなぜしてもらえたの?」と聞くと、知り合いに地区の有力医師がいて、相談すると防護服に身を固めて検診し、検査手続きをとってくれたという。
同じ患者ではないから状態は違うのだろうが、もしも医師との繋がりが検査の機会を左右するのなら、この非常事態下にとんでもないことだと思う。
そんな中、いつもなら山口の自宅から毎週通勤している我がつれ合いだが、緊急事態宣言が出された状態で後期高齢者が通勤電車で通うのはあまりにも危険が大きいと、本人は至って呑気に「マスクと手袋を着けておけば大丈夫だろう」と言うのを叱りつけ、職場のテレワーク第1号に指定した。
本人の危険ばかりでなく、数百人の感染者がいて緊急事態にある所と、まだそれほどには汚染が進んでいない地元とのウィルスの運び屋になっては大変だから。
自宅から「これより本日の在宅勤務開始します」と職場に連絡してパソコンに向かい、電話とメールで連絡し合いながら、初めてのテレワークとなったが、これがなかなか快適らしい。
想像したようなやり取りの不便さはないし、何よりも長い通勤が不要で楽チンだ、これならコロナ禍収束後もずっと続けたいと言う。それもいいかもしれない。真剣に検討してみようと思う。
(カナダ友好協会代表)
