2026年09月29日(火)

コラム・エッセイ

上司受難時代

新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子

 一部地域では解除された緊急事態宣言だが、まだまだ予断を許さないコロナの先行きを案ずる中で春本番。季節の変化だけでなく、人間関係も大きく変わるこの季節。家族・友人達と共に過ごした、強い絆の社会を離れ、競争社会という荒波に突然放り込まれるような新入社員達を、荒海の泳ぎ方を身につけた先輩社員達が迎え、暖かく時に厳しく指導する。そしてその上には全てを知り尽くし、殺生与奪の絶対権限を持って全員を指揮する上司がいる。

 新入社員にとって、先輩達はまぶしく輝き、上司は神に見え、先輩や上司にとっては自分の存在が充実感を以て意識されるというのが、壮年から高齢者年代にとってのこの季節への記憶だった。会社社会の中では、知識・経験・技量が武器で、そのどれをとっても新入社員は先輩にかなわないから、先輩、上司は必然的に敬意と尊敬の対象だった。

 しかし、今は随分様子が違うようだ。会社社会の武器となる知識・経験・技量は今ではパソコンを通してやり取りされるから、パソコンの操作ができなければ、有力な武器も鍵のかかった武器庫に納められているようなもので、鍵が開かなければ役に立たない。

 しかも鍵となるパソコンの操作は先輩・上司よりも新入社員の方が圧倒的に技量が上というケースが多く、先輩・上司は形無し。敬意も尊敬も消え去り、威厳の衣もはぎ取られて悔し涙にほぞを噛むの図が描かれることになる。

 先輩・上司の威厳が薄れるのにはもう一つの理由がある。かつて職場は、上司を中心に互いに助け合い、力を合わせて成果を挙げ、果実を分かち合う、「みんな仲間」の世界だった。業績不振で苦境になっても、まず物と時間の無駄を省いて経費節減、人員整理は最後の最後というのが共通の思いだった。

 しかし今は業績低下対策の経費削減は人員整理から始まる。整理されるのは誰か、周囲の誰もが敵に見えてくる。他人に手を貸すことは明日の自分を危うくするという人間関係が支配する職場で、成果を上げるために全体を指揮して行かねばならない上司の立場が苦しくなっていることは想像できる。

 職場がこんな人間関係になったのは、働き方の選択を広げるという美名のもとに派遣労働の範囲を広げ、一旦採用すれば解雇は困難な雇用関係を、いつでも首切りの出来る非正規雇用に拡大させた政策を進めた政権があったからだ。上司を悩ますパソコン操作の問題は世代が変わればいずれ解消するだろう。

 しかし敵同士の人間関係での上司の悩みはAI化されたパソコン上司にならないと解消されないのではないか。そんな世界は、想像するだに恐ろしいことだ。(カナダ友好協会代表)

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