コラム・エッセイ
往く秋・逝く秋
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子今日は令和1年11月11日と1が5つ並ぶ日。そんな日があることは当たり前のことだし、今日が月曜日だったことはたまたまのことで、それ以外何の意味もないだろうが、5つ重なると何か特別の日のように思えてくる。そう言えば平成11年にもこんなことがあって、11時11分まで、1が10個並ぶ瞬間に歓声を上げたのを思い出す。
今年も残りわずか。酷暑と災害に翻弄された夏も終わり、いつの間にか秋深まり、冬支度も気にかけなければならない頃になった。地球温暖化・異常気象と気持ちの落ち着かない中にも、暑さの夏の後には秋の涼しさが続き、寒さの冬はやがて春の暖かさに繋がって行くという四季の巡りは変わることなく保たれていて、大きな安心を与えてくれる。
日に日に涼しさを加えながら日の短さと夜の静けさを実感させてくれる秋は私の一番好きな季節だが、我が家にとって秋のこの時期は特別な季節になっている。天に召されて息子が逝って丁度3年。巡ってきた命日に今年もまた、生前親しく付き合ってくれていた友人や近しい人達が集ってくれて、思い出を語り、在りし日の思い出をめいめいが心に浮かべながら手を合わせ、お墓参りをした。墓前には多くの方から寄せられた花々に加えて、今年は一冊の冊子も供えられた。所属していた学会の年次大会の講演要旨集。息子が亡くなった後、その名を冠して学会に設けられた研究助成制度の第1回目の対象となった研究の成果が、1カ月前に東京で開催された年次大会で発表され、その要旨が掲載された冊子なのだ。
2日間開かれた大会には夫婦揃って招待されていたのだが、腰痛で乗り物に乗れない私は動けず、つれ合い殿に託すことになった。学会の諸先生方や恩師にお目にかかり、ご挨拶や思い出話とともに、この研究助成制度が、故人が目指し探求しながら途上にあった研究の、同じ道を歩む研究者たちの支えとなっていい成果に繋がることを期待し、またそれが故人にとっての何よりの供養となると語り合ったということだ。
第2回目の募集があった今年も何件かの応募があったと聞いている。繋がって広がって、故人の目指した、いや、思いもよらなかった方向でもいい、着実な研究成果が得られ、周囲社会との繋がりを築こうとしながら果たせず苦しんでいる若者たちが自立するための支えとなることが出来たら、逝ってしまった息子も残された私たちもどんなにか嬉しいことだろう。外出もままならなくなり、一人過ごすことの多くなった晩秋の午後、差し込む日ざしの柔らかさを感じながら、往く秋を思い、逝く秋を偲んだ。
(カナダ友好協会代表)
