コラム・エッセイ
「山川草木」「空奏歌唱」
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子年末といえば年賀状書き。もっともこの頃は文面はパソコンに任せ、手書きは宛名だけになっているが、それでもかなりの作業になる。でも、日頃疎遠になってしまっているあの人この人に、それぞれの顔と声を思い出しながら宛名を記してゆくことは、互いに人生の一部を共有していることを確かめるいい区切りになっている。そして、年賀状書きと対になっているのが喪中欠礼を知らせる喪中葉書。
その数は毎年次第に多くなってくるが、以前ならそれぞれの祖父母・父母の世代に関わるものだったが、この年になると親の世代に自分の世代―かつて共に学び遊びの思いを共有する友人―から配偶者の、配偶者から友人の他界を知らせるものが多くなってくる。
親の世代となるとほとんどが100歳を超え、天寿全うにも思えるのだが、友人の世代となると、この長寿社会に中ではまだまだ余命長らえてよい年で、本人の、家族の悔しさが伝わってくる。
先月末、一通の喪中葉書を受け取った我がつれ合い、中学以来の古い友人のSさんで、若い頃から波乱に満ちた経緯の後、経済ジャーナリストとして活躍していたが、数年前に脳出血で半身不随となり、記憶も朧となる闘病生活を続けていた。
新しい記憶は薄れ、日常のやり取りもスムーズに進まず、本人も周囲も穏やかに過ごせないことも多かったようだが、古い記憶は鮮明で、年に数度の上京に合わせて訪れるわがつれ合いとは中学時代の昔話を、まるで昨日のことのよう語り合い楽しんだそうだ。
毎回の訪問時には、知らせていた時間には不自由な体を車いすに移してベッドの横で奥さんと迎えてくれ、休むことなく語り合って過ごしたという。前回は丁度デイサービス施設の長期ステイ期間で、施設のベッドでいつものように語り合って別れ、その1カ月後帰らぬ人となったという。
我がつれ合いは、Sさんが生前会った最後の知人となったらしい。それとは知らず、今年最後の上京を計画していた我がつれ合い、急きょ遺影対面を組み入れ、遺影と位牌に向かって手を合わせることになった。
位牌には「山川草木清流居士」の文字。「珍しい戒名ですね」と奥さんに問うと、「自分で生前に決めていたんですよ。仏具屋さんでは『自作の戒名ではダメですよ』と言われたのですが、お坊さんに相談すると『それでもいいですよ』と言ってくれました」とのこと。
釣りが好きで、元気だった頃は暇を作っては渓流巡りを楽しんでいたあいつらしいと、もしかしたら自分も「空奏歌唱檄愛居士」などと戒名を考えているのではと思わせながら語る我がつれ合い。今年もいよいよ終りを迎えた。
(カナダ友好協会代表)
