コラム・エッセイ
三重苦の時
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子春を迎えると日増しに陽気がふくらみ、草木も萌え、心もウキウキしてくる、はずなのだが、実はこの季節、自分にとってはかなり気の重い季節。立春の声を聞く頃から目にシバシバと違和感が起こり、やがて痒みが襲ってくる。庭先の早咲きの桜が蕾を開く頃には間断なくクシャミを発することになり、ああ、飛んでいる、今年も花粉の季節がやって来たと、覚悟を定める。これから5月の声を聞く頃まではティッシュペーパーと時折の洗眼は欠かせない。
もう数十年の年中行事で、この病にとりつかれてから最初の十数年は、期間中ずっとひどい鼻づまりで夜も眠れないことも多く、寝不足で頭痛のすることもしばしばだった。近頃では鼻づまりはなくなって随分楽にはなったが、それでも目の痒みとクシャミは変わることなく、外出時はマスクが欠かせない。だからこの時期には、外出先の街中や車中でマスクをかけている人を見ると「ああ、この人も花粉症なのだな」とひとり合点で想像し、同病相憐れむの心境で、その人の日々の煩わしさを推し測ったりしていた。
しかし、今年は違う。昨年秋からの、例年より早めに始まったインフルエンザはまだ収束せず、あちこちで学級閉鎖のニュースも散見されていて、その予防のためのマスクも混じっていた中に訪れた決定打「新型コロナウィルス」。
2月初め頃までは電車の中でもまだ半数以下に感じられたマスク着用者が今では着けていない方が少数派で、老若男女、色・形様々な、まるでマスクの新作展示会のような光景を日々目にするようになった。着けていない方が逆に奇異と非難の目で見られるような環境だから、そんな中で咳やクシャミでもしようものなら、近辺の顔つきが引きつってくる気配を感じる。
先日も電車の中で我慢できずクシャミをしたら、マスクはしていたのだが、前に立っていた人がさりげなく場所を変えた。「いえ、これはコロナではありません。花粉症の、止められない症状です。まことに失礼しました」と心の中で述べて、「でも今の状況で、私がこの人だったら同じことをするかもしれないな」と思い、得心した。
本来ならこの時期にマスク姿といえば花粉症なのだが、今はコロナウィルスに主役を奪われ、マスク姿からは先ず新型コロナウィルス、次にインフルエンザで、花粉症は恐らく最後に連想されることだろう。花粉症患者にとってマスクは、コロナ・インフル・花粉と三重苦防御の砦となっている。何が何でもオリンピック無事開催をと必死の政府判断で始まった全国学校閉鎖。多くの困難・迷惑を越えて、この災難が無事収まることを祈るばかり。
(カナダ友好協会代表)
