コラム・エッセイ
いい汗流して
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子「若竹のような」という言葉がある。すくすくと成長する若者の姿を表現するいい言葉で、ついこの間までこんな小さかった子が、いつの間にか少し見上げなければ目が合わないように感じられるほどに成長している姿は、地面から芽を出したと思ったら数日気付かぬうちに幾節も伸びている竹の成長になぞらえてピッタリだ。
だが、少年の成長を比喩する言葉としては最適な形容詞(正しくは形容動詞?)「若竹のような」も「若竹」と名詞になるといつも好ましいとは限らない。
我が家の前の通りから玄関までの狭い通路の両側には元は数本の短木が生け垣になっていたのだが、何年か前から細い竹が芽を出し、今では密集竹林状態になってしまった。
太さはせいぜい2、3センチなのだが、それぞれすくすくと伸び育ち、4、5メートル。しかも左右に枝を張り、掃き出しのガラス戸から光も入らないくらいにの葉が生い茂る。格好の日陰は蚊の住み家となり、それを狙った蜘蛛(くも)が巣を張るという、良く言えば自然に任せた、普通に言えば荒れ放題の外観になっていた。
健康にも景観にもマイナス状態の現状を「何とかせにゃー」とつぶやきながら頭上高く覆い被さる笹の葉を見上げながら何も出来ない我がつれ合い。これが、まだ黒々の毛髪をとどめ、時には屋根に登って瓦のペンキ塗りをしたり、雨樋の掃除をしていた数昔前なら、鋸と鋏を手に節を切り枝を落とし、軽々と始末できたのだろうが、喜寿も過ぎ、金婚式も終えた身にはちょっと荷が重く「何とかせにゃー」とつぶやきを繰り返す日々が続いていた。
そんな我が家に救いの手を差し伸べたのが我が家に集う若竹達。彼等にとっても出入りの通路を覆い、時には蜘蛛の巣が遮る竹藪は邪魔物だったらしく、期せずして「何とかせにゃー」のつぶやきと「蜘蛛の巣、嫌だー」のクレームが同時発声されたのをきっかけに竹林伐採計画が立てられた。
梅雨明け猛暑襲来の中の日曜日、麦わら帽子、軍手、鋸、鋏、蚊取りスプレー、タオルに飲み物おやつは年寄りが準備して現地打ち合せの後、実労は中・高生部隊が担当して竹林皆伐作戦を敢行した。
切り倒した数十本の竹は枝を落とし、カットして縛る。熱中症を気にし途中休憩を挟みながら数時間汗だくになりながら作業を続け、ゴミ袋十数個に納めて作業を終えた。
全身汗びっしょりの姿を互いに見つめ合い、「疲れたー」と異口同音に声を発したが、冷たいタオルで汗を拭う感触は久しぶりに味わう爽やかさだったと我がつれ合いは語る。
時は今東京2020オリンピックの真っ最中。各競技に参加する選手達も、それぞれの思いを込めていい汗を流しているのだろうか。
(カナダ友好協会代表)
