コラム・エッセイ
歌姫健在
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子あれからもう1年以上。突然の緊急事態宣言で日本中が緊張状態になり、最初の頃は異常に思えた顔面一杯のマスク姿が、今ではしていない方が異常になっている。とは言え1年以上。
ひたすら続く自粛生活には、運動量が低下し行動範囲も狭まっている高齢者と言えどもうれしくないことが多い。外歩き大好き、うたごえ大好きの我が連れ合いにとっては尚のこと、うたごえの集いや音響設備つき個室への出入り制限の中で過ごす1日1日は、1年数カ月前までの数倍にも長く感じられるらしい。
夜間営業の居酒屋と並んで感染症蔓延の元凶と名指しされた昼カラオケ。互いに寄り添って肩を触れあいながら歌うのが楽しいうたごえの集い。してはいけないと言われることが大好きなのだから、その心中のストレスは推察できる。少しくらいはいいのではないか。黙っていれば分からないだろうと、こらえきれずに行動に移ろうとしたらしいが、今度は変異株。
感染力は強力、重症化のリスクも高く、これまでのレベルの用心では防御は覚束ないということだから、万が一感染でもしようものなら命の危険のみならず、年ばかり重ねて何と自覚のないこと、生徒達にはコロナ用心を説きながら、どこかの医師会会長と同じ、何と示しのつかない無様なことかと、口を極めた非難・嘲りが集中しそうで、はやる気持ちも萎えたようだ。
そう言えばあれほど頻繁に訪れていた東京にも2年近くご無沙汰。行けば必ず足を運び、毎日数時間を過ごすのを楽しんでいたうたごえ喫茶の雰囲気も肌感覚が薄れ、記憶もおぼろになったと愚痴ることも多くなった。そんなある日、思いがけない出来事が。
初めて目にする番号からの着信にいぶかりながら受話器を取った我がつれ合いの耳に「ともしびの小川です」という声が弾んだ。
東京のうたごえ喫茶「ともしび」のプリマ・ドンナ小川邦美子さんの聞き覚えのある肉声に驚くと、コロナウィルス蔓延で休店を余儀なくされた同店に贈ったささやかなカンパへのお礼だった。
ネットバンク経由だったため、住所もメッセージもなく、一体どこの誰だろうと一同いぶかる中で「これは山口のあの人ではないか」と確かめの電話をしてみたのだそうだ。懐かしさが一気にあふれ、受話器を通じて互いの近況を語り合う。
店は閉じているがうたごえリーダー達の意気は軒昂で、ライブやコンサート、出前うたごえも続けているそうだ。話し終わって安堵の表情のつれ合い殿。これでストレスも解消し、しばらくは平穏な日々を送れることだろう。
コロナ禍が終息し、ふたたびともしびのマイクの前で歌える日が復活することを夢見ながら。
(カナダ友好協会代表)
