コラム・エッセイ
マラソン・人生
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子9月15日敬老の日の前日は、東京オリンピックマラソン日本代表を選出するMGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)が行われた日だった。
幼い頃から運動とは無縁で、中でもマラソンへの関心は最も薄く、まだまだ暑い盛りのこの時期に、何が面白くてひたすら走り続けるのかと思ったりするのだが、一方、今の姿からは想像できないが、若い時は陸上部に籍を置き駅伝の選手でもあったという我がつれ合い、マラソンや駅伝の観戦は大好きで、男子・女子民放とNHKで同時進行の放送に忙しくチェンネルを切り替え、食い入るように画面を見ながら解説してくれる。
数年かけてあちこちの大会でふるいにかけられ,選りすぐられた少数精鋭による決勝戦のような大会だということだから、それぞれが心に期すところはありながらも、緊張に体がこわばるような思いでスタートに臨んだことだろう。どの選手も幾つかの選考レースを経た強者ばかりだから、誰が勝ってもおかしくはないのだろうが、どんなレースにも本命・対抗馬と挙げられる有力選手がいて、レース中の解説も画像もそれらの選手を中心に展開されて行く。
男子のレースではその本命の一人がスタートから抜け出し、終盤近くまで独走状態となった。あまりの差に、後の選手は優勝は早々と諦めて2位狙いかと、テレビの解説者も我が家の解説者も口にしていたのだが、結果は本命には挙がっていなかった選手の優勝で、途中まで独走していた本命は14位に終わった。
「途中まであんなにリードしていたら、そのあと少しくらいゆっくり走っても大丈夫だと思ったのに、分からないものね」と言うと、つれ合いの解説が始まる。
「レースで優勝するのは誰か。それは前半飛び出す者でも、ラストスパートで追い上げる者でもない。平均速度が一番速かった者だ。」「前半を相手の2倍の速度で走っても、後半が1/2の速度では勝てない。前半1/2、後半2倍でも同様だ。」「よく、人生はマラソンに例えられるけど、そういうことを言っているのかな?」と言うと「一生という行程を様々なペースで進み続けるということではマラソンに似ている。
だが、人生はレースではない。レースは同じルールの中で優劣を競うものだが、人生は自分一人のもので、他人と競うものではない。だから、ゴールに達した時、勝者も敗者もありはしない。」「そもそもコースの長さも条件もそれぞれに違うのだから、比べて優劣をつけることは無意味だろう。」と、ぽつぽつと語った。
そうね、確かにそうね。42.195kmのマラソンにはあまり興味はないけれど、自分の人生マラソンは楽しんでみたいと思う。
(カナダ友好協会代表)
